-第11訓- 女子は権力のある男に弱い

「バッチこーい!」


 体育の授業。

 4月、5月は陸上と器械体操だったが、今月からは球技四種の選択授業となる。

 俺はその中でソフトボールを選び、今は俺の所属するB組と隣のA組が合同の試合。


「引っ込めヘボピー!」


「ピッチャーびびってるぅ! ヘイヘイヘイ!」


 毎年そうだが俺らの学年はこの授業になると、必ずと言っていいほど野次合戦になる。


「岡田の鼻は! 豚の鼻!」


「新井が悪いよー、新井がー!」


「高田、やめちまえ!」


 ちなみにA組とB組に岡田なんて奴はいないし、新井も高田もいない。


「5位と6位が合併して、どないすんねん!」


「11位になってしまうやないか!」


 もちろん順位なんかもありはしない。つーか関西弁喋るようなやついない。ここは神奈川県だ。エセ広島弁喋るやつはいるけど。

 要はみんなプロ野球の有名な野次を言いたいだけで、本当に野次を言っているわけではない。元ネタ知らないでとりあえず言ってる奴がほとんど。要するに内輪ノリ。

 『女三人寄れば姦しい』と言うが、『男は三人以上集まるとアホなことしかしない』。二人きりだと割と真面目な話もするんだけどな。

 そんなことを思いながら校庭の隅で打順を待っていると、


師匠マスター! また何かご教示お願いしやす!」


 ……俺は弟子をとった覚えなどない。これも野次の一環ですか?

 同じく打順待ちをしておる和田塚くんに声をかけられた。


「和田塚くん、その呼称やめてよ……」


 先日、ちょっと話をする仲になって以来、俺はなぜか和田塚くんの恋愛相談の相手になってしまった。だからか、彼は俺のことをそう呼ぶ。

 まぁ相談相手とは言っても、あれから一度二度話しかけられただけだし、大したことは話していない。

 ともあれ、『俺、の女嫌いを直したい由比さん、を好きな和田塚くん』というよく分からない三角関係になってしまったのである。


「前にも言ったけど、俺も別にモテないからこれ以上のアドバイスなんてできないよ? 知ってることと言えば『小学校の時は足速い奴かドッヂボール強い奴がモテる』ってのくらいだ」


 いやしかし何であれ全国共通なのかね? 不思議不思議。


「またまた。由比に告られておいてそれはないよ」


「いやだからあれは勘違いみたいなもんで……」


 何度言えばわかるんだ。というかなんか恥ずかしいからそういうこと軽々と言わないで。


「じゃあさ、今までマスターは好きになった人にはどうやってアプローチしてきたの?」


 だから俺はバーの店長でもなければフォースを極めたジェダイでもない。

 好きになった人へのアプローチね……うぐ。死ぬほど思い出したくない……!

 それはあのクソ女と付き合う前。俺は彼女に恋をし、彼女のことばかり考えて顔を赤らめ、日々悶々としていた。

 そんな自分の姿を思い返すなど、吐き気すら催す。奴の顔が脳内にチラつくだけで死にたくなるというのに……。

 それでもなんとか和田塚くんに助言を言おうと頑張ってみた。


「いや、なんつーかこう……必死だった、かな」


 助言になってなかった。おい。

 でも、そう、確かに必死だった。

 当時はどうすればもっと仲良くなれるとか。どうアプローチすれば効果的だとか、そういうのはあまり頭になかった気がする。

 今思えばもっとスムーズな方法もあったのだろうが、いかんせん男は恋をするとバカになってしまう。

 だからそんな風に冷静になって「ああしてこうして」なんて計算高いことはなかなかできないのだ。恋愛経験が乏しければなおさら。


「……必死……かぁ」


 そんなことを呟く和田塚くんを見て、思った。

 ……ああ、そうか。和田塚くんって――――昔の俺に似ているんだ。

 好きな人ができて、そればっかで頭いっぱいで、バカになっていた俺に。

 そうなってしまうことはたぶん別に悪いことじゃないのだろう。人間バカにならなきゃやっていけない時もあるんだから。

 ――だが、俺は二度と御免だ。

 バカになったその先にあんな不幸があると知ってしまった俺はもう、彼のような純粋に恋ができる人間には戻れない。

 だから和田塚くんを見ていると、失ってしまった昔の自分を見ているようで、どこか懐古にも似た愛着みたいなもんが湧いてしまうのだろうか。


「必死かー。必死ねー。やっぱ冷静さは大事だよね。クールっていうか? やっぱクールなのはモテるよな」


 そう言う和田塚くんだが、自分が今現在無意識に恋愛によって色々と冷静さを欠いているなんてことには気付いていないし、忠告してもなかなか自覚できないだろう。俺もそうだった。

 あと、よく勘違いされてるけど、


「クールなのって意味ないからやめとけ」


「え? 何で?」


「クール系気取ってる奴って女子にはただの根暗だと思われて終わるでしょ」


 よく高校デビュー狙ってクール系気取り始める奴とかいるけど逆効果。

 あれは相当なイケメンじゃないと無理だ。顔よりもとにかく〝雰囲気〟がイケメンじゃないとダメ。

 顔はまだ髪型とか眉毛の手入れとかでカバーできる部分があるが、この〝雰囲気〟ってのは顔以上に持って生まれたものとそれまでの自分の育った環境で決まってしまっているから直しようもない。

 特に和田塚くんみたいなタイプがそれすると根暗だと思われるパティーンまっしぐらな気がするし。

 クールと根暗は紙一重。覚えておこう!


「うーん。でも少女漫画とかそういうの大人気じゃん?」


 それでも納得しない和田塚くん。ありゃフィクションだ。幻想だ。仕方ない、いい例を見せよう。


「あいつ見てみな」


 俺は丁度バッターボックスの左打席に立ち、足場を整える稲村を指差す。


「ふっ。今年のソフトは俺たちB組が全勝を戴くぜ……!」


 キャッチャーをやってるA組の野球部に向かってそう宣言する稲村。


「てめー稲村、何で高校で野球部続けなかったんだよ」


「だって坊主にすんの嫌なんだもん」


「おいピッチャー! こいつには全力投球でいいぞ! 海園ジェーンズ出身だからな!」


 稲村は結構有名なシニアのチームに入っていたらしい。こう見えて俺も中学まで野球でやってたんだぜ。彼とは違って普通の部活の軟式野球部だが。

 ……まぁそんなことはどうでもよくて。


「稲村のこと、どう思う?」


 俺は和田塚くんにそう問うた。


「え? 普通に……かっこいいよね?」


 そうだな。奴はイケメンだ。それに間違いはない。けれど、


「あいつ別にめちゃくちゃ顔がいいってわけでもないし、背は俺よりも低い。でもすんげぇモテる。それはなぜか」


 そう訊くと和田塚くんは思案顔になる。


「えーっと、何かこう……明るいというか、友達多そうというか、話しかけやすいというか……」


「そう、それが〝雰囲気〟だ」


 こと日本において、雰囲気というものは全てを支配する。

 特に女は雰囲気とか空気とかノリとか、そういうフワフワしたものに敏感だ。

 女の世界とは出る杭は打たれるどころか滅多打ちを喰らう世界。

 だから女子はみんなでおてて繋いで横並びに走るゆとり教育の徒競走みたいなことをして日々過ごしている。

 よくわからんがそうしないとあの世界は生きていけないらしいぞ。ほんとクソみてぇな世界だな。つまり女自身もクソということだ。うんうんほんとクソ。つまりうんち。

 ともあれ何が言いたいかと言うと、雰囲気というものを何よりも重要視する女が好む男ってのは実際『顔が良い男』よりも、『何かスマートで周りからの評価も高い男』なのだ。

 もちろん顔や性格がいいことに越したことはないが、これは意外と追加項目でしかない。そもそも周りからの評価が高い男は必ずと言っていいほど性格はいいし、自然と顔も良く見えてくる。

 だからこそ女はああいう〝雰囲気〟が出来上がっている稲村のような、かっこ良さが内面から滲み出て外面にまで解き放たれている男を好む。


 ――女は結局のところ権力のある男に弱い。


 女優やアイドルが社長やスポーツ選手と結婚するのは『金持ちだから』と揶揄されるがそれは違う。違うというよりそれはあくまで一部分にすぎない。

 社長やスポーツ選手の地位、名誉、金……などそれらを総合することで〝影響力〟を持つことができる。だから正しくは女優やアイドルが社長やスポーツ選手と結婚するのは『影響力があるから』だ。

 そしてこの〝影響力〟という代物は金持ちのように可視化されづらい。だからみんな金持ちが先行して『金持ちだから』という発想になる。

 その点に関しては俺たちティーンエイジャーの世界を見ると分かりやすい。

 先の〝雰囲気〟こそまさに〝影響力〟のことだ。その人物が持っているものの総合数がそのまま〝雰囲気〟と云う名の〝影響力〟となる。

 その〝影響力フンイキ〟こそ――――現代の〝権力〟。

 社長やスポーツ選手も権力者、白馬の王子様も国の権力者、ライオンやゴリラの群れのボスも権力者。

 とどのつまり女はいつまで経っても〝権力〟を持った男に弱いのだ。


「っしゃー!」


 気持ちの良い打球音を響かせ、稲村は塁を駆け巡る。結果はスリーベースヒットだった。

 そしてこの〝雰囲気〟が出来上がっている男というのはこういう風に、必ずと言っていいほど色んなジャンルにおいてもしっかり結果を出す。不思議なことにな。


「そしたら江島くんはもっとモテそうだけどなぁー」


 和田塚くんは次にバッターボックスに入った江島を見て言う。


「あいつは顔もいいし背ぇ高いし性格もいいからな。でもモテるっていうよりは『チヤホヤされる』って感じだ」


「……? 何が違うのそれ?」


「江島の場合は女子から直接『イケメーン!』とか『優しー!』とかよく言われてるんだけど、その割りにはモテてないというか、人気がないわけじゃないけど不特定多数の女子に言い寄られたりってことは少ないと思う」


「へー、そうなんだ。意外だ」


 これこそ〝モテる〟と〝チヤホヤされる〟の違い。

 他にも「エノってモテるでしょー」とか「エノの彼女になる子は幸せだよねー」とかまで言われていたりするが、そういった女子の言葉は全部下の句で、「私は別に」という上の句が抜けている。

 正確に言うならば「私は別になんだけど、エノってモテるでしょー」、「私は別にだけど、エノの彼女になる子は幸せだよねー」という意味なのである。


 ――これこそ女が男を褒める際に使う伝家の宝刀、〝上の句抜かし〟である。


 だから女に褒められた時はそれをそのままの意味で解釈するべからず。

 こういう誉め言葉は恋愛対象外の男に対して使う言葉なのだ。

 でも褒められたら普通に勘違いするよな男は。マジおっかねぇよ、女ってのは。

 嫌味だとか悪気があるわけじゃないんだろうけど、だったらそんな要らない褒め言葉使うなよと。

 まぁ、江島もその言葉をそのまま真に受けてるほどバカじゃないし、そもそもかなりの謙遜屋だから問題はないと思うが。


「なんとなく江島ってちょっと頼りないところあるからな。そういうのがちょっとアレなのかも。ま、それでもまったくモテないわけじゃないけどな。今は彼女いるし」


 確か最近できたんだよな。名前忘れたけど、うちの学校の子。


「そうなんだ。いいなー。あ、じゃあ長谷くんは……あんまりモテるイメージないなぁ」


 和田塚くんはセカンドゴロで稲村を三塁に置いたままにしてしまった江島に「エノー、今のは一点入れるとこだろー、マジどんまい!」と、諭してんだか慰めてんだかよくわからない声をかける長谷を見て言う。


「ああ、長谷? あいつはまぁ、そうね。でもまったくモテないってほどでもない」


「へー、そうなんだ」


「まぁモテるっていうか、俺らの中じゃ恋愛経験豊富っつうか、今まで結構彼女いたらしい。でもあんま長続きしないんだと」


 確か今はいないけど、あいつ気になる女できるとすぐ俺らに報告してくるからな。

 何か「やべぇ! 駅前のセブンでバイトしてる子可愛かった!」とか「うは! 今日一本早いバスに乗った時に乗り合わせた子マジぱねぇ!」とかうるさい。

 そしてその後はそれだけで終わらない。絶対にアプローチをかける。「とりあえず毎日コンビニ通って顔覚えてもらうわ!」とか「今日からバスの時間変えるぜ!」とかもいちいち報告してきたしな。

 実際それで付き合ったって話も聞いたことあるし、なによりダメでもへこたれず、次に切り替えられる。そこがあいつのすごいところだ。俺には到底真似できない。


「あと、長谷は面白いからな。いや、実際言ってることは大して面白くないんだけど、長谷が言うと何か面白く聞こえるんだよ」


 何て言えばいいんだろう。こう……「あー、まじセックスだわ」とか「頭痛がマジ痛ぇんだけど」みたいな意味わからないこと言ってるのに何か面白いやつ。っているじゃん? そういうの。


「そういうアホっぽい奴なんだけど、ポジティブでとにかく行動力がある」


 ネガティブ思考な俺からしたら、長谷のポジティブ具合は羨ましい。何があっても人生楽しく過ごしてそうだし。


「ってか長谷くんの体操着の腕の刺繍、『高橋』って書いてあるんだけど……」


 和田塚くんが長谷を指して言う。

「ほんとだ。いるいる、体操着持って来るの忘れて違うクラスの友達から借りるやつ」


 こういう感じな。よくあることなのに長谷がやると何か面白い。面白いというより愉快とか言った方が正しいか。

 一緒にいて愉快ってのはモテ要素として重要なのだろう。逆にイケメンでも一緒にいてつまらなければ何の意味もないのだから。


「……なんつーか、そう考えると女にモテるって難しいな」


 なぜかアドバイスを言う側であるはずの俺がついひとりごちてしまった。


「……だね」


 思わず、二人で仲良く溜息が出てしまった。

 今まで、というかこれからも、女子と距離を置くことに終始してきた俺だが、いざ女子とお近づきになる方法を考えるとなると、それはそれでいい案が浮かばない。

 ったく、あんな意味不明な生物、どうやって捕獲すればいいんだよ。UMAの中に『女』って入れてもいいレベル。無駄に未確認じゃないところが厄介だよなほんと。早く絶滅しないかなー。


「ってか俺次だ。ネクスト入らねぇと」


 そう言い残して俺はバットを持ってネクストバッターズサークルに向かう。


「ああ、ごめん。話に付き合わせて」


 いやぁ、全然お役には立てなかったけれども。


「あ、そうだ。お願いがあるんだけど……」


 俺はふと思い立って、和田塚の方に向き直る。


「今度さ、俺が由比さんに絡まれたら助けに来てくんない?」


 和田塚くんはそれにきょとんとした後、笑った。


「はは、絡まれるって。そんな不良にやられるみたいな言い方、ははは」


「な? 頼むわ。こっちは結構拒絶してんのにしつこくてよ」


「……やっぱりマスターのこと好きじゃんじゃないのそれ?」


 そう思うか。俺もそれはよぎったが違うと思う。


「いやそれはない。単純に俺の捻じ曲がった性格を治したいらしい。なんたって他の女と仲良くさせようとしてくるくらいだ。もしまだ俺のこと好きだったらそんなことしないだろ」


 そうそう。わざわざそんなライバル増やすような行為しないはず。まぁ俺が丸くなった程度でそんな急激に女子からモテはじめるとも思えないが。


「性格……捻じ曲がってるの? そんなことないと思うけど」


 和田塚くんは俺のことを買いかぶりすぎているフシがあるが、こう見えてとんでもなく性格が悪いんだ。ゆくゆく気づいていくと思うが。


「とにかく頼むわ。ほら、由比さんに話しかけるきっかけにもなるし。じゃ」


 それだけ言って俺はバッターボックスに向かう。

 あれ? これ我ながらに何気に良い作戦じゃね? 俺は由比さんからのしつこい更生プログラムから逃れられるし、和田塚くんは由比さんともっと仲良くなれる……WIN-WINだ。

 はっはっは。由比さんよ、女がこの俺様の性格を変えようなんて甘いのだよ。

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