-第10訓- 女子は年上の男に夢を見すぎている

「なぁ。女で一番可愛いのって誰だと思う?」


 昼休み、いつもの四人組で弁当を食っていると、長谷が冷凍食品のシュウマイを口に運びつつ聞いてきた。


「なんだそれ。そんなことより俺、前の休み時間の時に弁当半分食っちまったからマジ足んねんだけどどうしよう」


 俺がそう言うと「知らねーよ! くっそどうでもいい!」と長谷は笑う。


「ななさん、購買でパンでも買ってくれば?」


「……いま恐ろしく金がない」


 俺の懐が虚しいということで、江島の提案も虚しく終わる。そろそろバイト探さなきゃなぁ……でもめんどくせ。

 俺の場合、親父の現場を手伝うっていう手っ取り早い方法があるが、正直気乗りしない。俺の経験値見越してバイト以上のことやらされるし……。

 あー、腹減った。誰か飯くんないかな……と、あたりを見回す。いや、冗談だけど。

 視界にはクラスの様子が入る。当たり前だが、男子も女子もおのおの仲の良いメンツで集まって雑談交じりに自前の弁当やら購買で買ってきたパンやらをんでいた。


「うほー、あいつんの弁当、肉ばっか。ええのぉ……。他人ひとん家の弁当って何であんなに美味しそうに見えるんだろ」


 と言うと、長谷が眉をゆがめた。


「えー、マジ? それ共感できないわー。他人んちの母ちゃんが作った料理とかナイわー。特におにぎりとかほんと無理。小学生の時友達んちで遊んでる時に出されても一口も食えなかったわ」


 いるいるこういうやつ。逆に俺にはその感覚がちょっとわからない。


「それ寿司屋とか行けねぇじゃん。あれも他人が握ってんだぜ?」


 俺が聞くと長谷は「いや、プロなら平気」と答えた。

 なんだそりゃ。じゃあ調理師免許持ってる母ちゃんならいいのか?

 すると稲村が「あーでも長谷の意見ちょっとわかるわ」と声を上げた。


「俺も自分の母親以外の手作り料理ってちょっと苦手かも。最近ないけど彼女がデートの時弁当作るのハマってた時期あってさ、普通に嬉しいし別に不味くはないんだけど、正直いつでも食いたいかって言われたら……ね?」


 それに江島が「えー、羨ましい。俺の彼女そんなことしてくれないよ?」と言うが、


「いやーあれいちいち褒めなきゃいけないから大変よ? ぶっちゃけ味は普通の域を超えることないから一番感想に困る。むしろめちゃくちゃ不味い方が笑いに持っていけて楽かもってレベル」


 かー、彼女持ちは大変だな。料理一つでいちいちそんな気遣わないといけないのかよ。めんどくせ。

 と思いつつ俺はその話題に参加せず、また別の生徒の弁当にも目を向けた。

 するときゃっきゃと話に花を咲かせている女子集団の弁当に目が留まった。


「…………」


 ……いつも思うんだけど、女子の弁当ってマジ小さすぎね?

 高校生男子特有のご飯一合をぎゅうぎゅうに詰め込んだ弁当を食っている身としてはあれで体が持つのが不思議でならない。ご飯とか三口分くらいで全部食えるだろあれ。そのくせ甘いもんはバカみたいに飲み食いするんだから意味がわからない。


「っていうか! 俺の話逸らさないでくれねー?」


 と、長谷の声。


「あん? 他人んちの母ちゃんの弁当についてなら今してんじゃん」


「違ぇよ! どの女が可愛いかって話!」


「ああ、それか」


 まぁ野郎が集まって話す内容なんてのは酒か女かロックンロールの話のどれかだけれども。いやだからロックンロールって何。あと高校生程度じゃ酒については氷結とほろよいくらいしか知らん。つまり消去法で男子高校生が集まると女の話しかしてないということだ。

 すると江島が「うーん……」と唸る。


「一番可愛いと思う女の人でしょ? んー……女優さんかタレントの誰かじゃない? あと女子アナとか」


「いやー、アニメのヒロインだろ。ありゃ男の理想でできてるしな」


 江島の発言にかぶせて稲村が言う。

 こいつモテるくせにアニメとか好きなんだよな。というかそもそも趣味の幅が半端なく広い。だからどんな人間とも話ができるのかもしれない。

 たまに俺にもそのアニメとやらを勧めてくるのだが、観てみるとどれもこれもなぜかアホみたいにたくさん女が出てくる。しかもどのアニメを観ても同じようなキャラばっか。ましてやバトルものなのに主人公の男よりもヒロインの女たちの方が戦ってたりする。

 結局、俺はアニメに出てくるような女も嫌いだ。何か男に都合に良すぎて違和感しか覚えない。

 ――そう、基本的にミソジニストは、全ての女に拒否反応を示してしまう。

 それが女子アナだろうが女優だろうがアニメのヒロインだろうが同じこと。

 たまにリアルの女は嫌いだが、アイドルや二次元の女なら受け入れるとかいうよくわからないタイプの男がいるが、あんなのはミソジニストでも何でもない。

 偶像だろうが架空のキャラクターだろうが、〝女〟を心のり所にしている時点で単なる普通の男だ。

 そんな風に女にすがっているようなやつを、ミソジニストとは呼ばない。

 そもそもよ、ヒロインなんて基本的に1人でいいだろ。紅一点という黄金比を知らねぇのか? あんなたくさんいたらありがたみもクソもない。男はつらいよのマドンナとか007のボンドガールを見習え。アニメのことはよくわらんがルパン三世や銀河鉄道999なんかは紅一点だからこそあんなにヒロインが際立って輝いてるんじゃねぇの? ドラえもんでさえそうだ。

 すると長谷は「じゃなくてよー」と口を挟んだ。


「うちのクラスの女子で誰が一番可愛いと思う? ってことな」


 あぁ、そゆことだったの? どうでもいいなー。

 そう思う俺とは裏腹に、江島は「んー……」と大袈裟に考え込む。


「じ、自分の彼女、かな。やっぱ」


「「「……あ?」」」


 思わず三人同時に変な声をあげてしまった。

 うっわぁ……江島さんそういうこと言っちゃう感じですか……。

 すると案の定、稲村と長谷からも、


「エトうっぜ~。くっさ~」 


「何言ってんのキモッ! 引くわ!」


 集中砲火を浴びる。本人は本人で自分で言ったくせに恥ずかしがってるし。


「だ、だってこう言っとかないとあの子怒るんだよ!? 他の女子のこと可愛いって言うとホントに不機嫌になるんだよマジで!」


 いや、ここにおめーの彼女はいないわけだし別にいいだろ。常に聞き耳でも立てられてんのか? なにそれ怖。

 ってかめんどくせぇなお前の女。ナイわー。どうせそいつだってアイドルやら配信者やらにキャーキャー言ってんだろ? お互い様じゃん。


「まぁ、エトの彼女は確かに可愛いけどね。二人はお似合いだと思うよ俺は」


 ほほう。稲村のこういうフォローをさらっとできてしまう感じ、さすがですわ。いい奴だなー。俺なんて思いっきりディスっちまったわ。口には出してないけども。


「ってかそういうのマジ要らねぇから! 大体エトの彼女同じクラスじゃねーじゃん! で、イナっちはどうなん?」


 長谷は江島をさっさと飛ばして、稲村に話題を振る。


「俺? あー……坂本さんとか、何気にすごいいい子よ?」


 ……誰? と思っていると長谷も同じことを思ったのか、


「……誰それ? エト知ってる?」


「あぁ、えっと……あんまり目立たない感じの子……だよね?」


 おいおいおい。俺だけならまだしも長谷や江島まで知らない女子とかどんだけ目立ってねぇんだ。陰キャ系女子にもほどがある。

 これあれだろ、卒業アルバムとか見返して「……こんな子うちの学校にいたっけ?」ってなるパティーンのやつだろ。中学の時にもいたわそういう子。


「え!? どれどれ!? 今教室にいる!? ってか俺が把握してない時点でもう完全に可愛くないっしょその子!」


 長谷も大概失礼な奴だな。ま、俺ほどではないがな。何をドヤってんだ俺は。


「お前声でけぇよバカ。たまに話すんだけど、ほんと気ぃ遣えていい子なんだぞ? あんまり酷いこと言うなよ」


「えーじゃあなに? イナはその子のこと好きなん?」


「いや全然」


「……イナも割かし酷くね? 即答かよ。ってかそういうのも要らねんだよ! 可愛い子を言え可愛い子を!」


 長谷が発狂するが、稲村は「マジいい子なんだけどなー」とぼやく。

 普段から稲村は派手な女子のみならず、地味な女子とも気兼ねなくよく話をしている。

 だからか、そういうのを通じて男子があまり興味持たない、地味な女子たちの隠れた魅力とかを感じることがあるのだろうか。知らんけど。


「マジお前らつまんねーことばっか言いやがって。もういい。ここは最後の望みに賭ける……ななっちゃん、頼むぜ」


 長谷は俺に話題を振ってきた。そんなに期待されても困る。


「え、可愛いと思う女? 可愛い女……女の可愛い……女の可愛い部分。うーん……女のブスな部分ならいくらでも語れr」


「……は? 何言ってんの、ななっちゃん」


 無理やりに趣旨を履き違える俺に長谷は純粋な眼差しでそう言い返してきた。何か罪悪感。


「んーまぁ、俺はよくわからんけど……あのへんの女子とかは人気なんじゃねぇの?」


 そう言って俺は席を寄せて弁当をつつきあっている鵠沼グループを顎で指す。たぶん、長谷が欲しいのはこういう回答だろう。


「そうそれ! そういうこと! さすがななっちゃん! こいつらとは違うわー」


 褒められるのは悪い気がしないが、ちょっとウザいのはなぜだろう。

 鵠沼のグループはいわゆる〝イケてる女子グループ〟だ。

 そういうグループに属する女は明るく目立って見えるせいか、男子からも人気を集めやすい。

 そんな彼女らの会話に耳を傾けてみると……、


「ねぇねぇさくら、これ見て可愛くない?」


「可愛いー! ちょ、コシゴエ『あさげゆ』のLINEグループに送っといてー」


「ってか最近『あさげゆ』で出かけてないね。由比と楽寺は今バトン部忙しいんだっけ?」


「出かけたーい! あたしは部活よりどっちかってゆーとバイトがねー」


 と、女子高生特有のよくわからない会話を繰り広げている鵠沼グループ。あさげゆって何だ? 味噌汁? 銭湯?

 ……ともあれこのノリ、俺の嫌いなタイプの女の集団だ。というかどんなタイプの女の集団も嫌いだった。なんなら集団じゃなくても嫌いだった。

 すると江島が口を開いた。


「あー、あの子たち目立つしねー。確かにあのへんの女子はみんな可愛いって言ってるし。イナっちは楽寺と仲いいよね」


 うーん、俺からしたらお前ら全員あの子らと仲良いように見えるけど、その中でも稲村は特になんだろうか。

 楽寺さん――――鵠沼グループの一人。綺麗なブロンドに染め上げた髪を頭のてっぺんでお団子にして、耳にはいつもフープピアスなどの大きめのものをよく付けていおり、グループの中でも一番騒がしい典型的ミーハー系女子。

 この間俺を非常階段に呼び出した中の一人で、妙にヒスってた女だ。


「え? ああ、あの中だったら楽寺が一番付き合い長いかも。一年の時はクラス別だったけど元々絡みあって、今年の応援団で結構親しくなった感じ」


 応援団――――うちの高校では体育祭は毎年五月の半ばに行われ、赤、青、黄の各組には有志による応援団というものがあり、毎年ものすごい気合いの入れようで、数ヶ月前から準備や練習に入っている。

 体育祭と言えばメインは徒競走や騎馬戦、棒倒しなのだろうが、うちの高校の場合は応援団による演舞が圧倒的にメインとなっている。

 男は腹に、女は胸にさらしを巻き、代々引き継がれているという背中にド派手な刺繍の入った長ランや短ラン、ボンタンに身を包み、大太鼓の打音に合わせて演舞するというものだ。

 要はそんなイケてるやつらによるイケてるイベントで、それに集まった違うクラスや違う学年のイケてる連中とも練習等を通じてイケてる交流が生まれるイケてる奴らによりイケてるイベントだ。おい、日本語イケてないぞこれ。


「楽寺いいよな~。ちょっと発言キツい時あるけど可愛いしな~。ヤリて~」


 長谷が言う。んー、そうか? おっぱいなくね? たぶん本当はAカップなのに「あたしBカップはあるから!(生理前のみ)」って言い張る系女子だぞ。知らんけど。


「でも俺やっぱ腰越のがいいわ。ヤリて~」


 長谷が続けて言う。えー、あのギャルみたいのが? まぁエロさに関しては分からなくもないが。スカート短すぎるし。

 腰越さん――――ピンクがかった長髪をコテで緩やかに巻き、ばっちりメイクを施しているギャル系女子。最近減ったよなー、ああいうタイプ。


「長谷お前ギャル好きなのかよー。俺ギャルはちょっと無理だわ。腰越はいい奴だけど」


「自分もギャルはなぁ。でも腰越いい人だよね。ノリはめっちゃいいし、しっかりしてるし」


 稲村と江島がギャルを否定するが、口々に彼女の人間性は褒める。へぇ、意外。

 確かに腰越さんも俺を非常階段に呼び出した中の一人だが、楽寺さんとは違って打って変わって落ち着いた風で俺をたしなめていた感じはあった気がする。


「しっかりしてるかー? それなら鵠沼さんのほうがそうじゃね? 怖いし……」


 怖いんだ。ってかそれしっかりしてる理由にならなくね?

 鵠沼――――黒髪に一本のメッシュを入れ、耳にはイヤーカフ、威圧感のある目つきをしたヤンキー系女子。このクラスを我が物顔で闊歩かっぽする、言わずもがな俺が断トツで嫌いなタイプの女だ。


「まぁグループのおさというか、クラスの女子のキングって感じだもんな。怖いし……」


 そう、稲村の言うとおり、奴はクイーンというよりキングだ。いやもはや魔王だな魔王。クイーンなんて可愛げなどあいつにはない。あと怖くないから。


「ね。怖いし……」


 もう江島に限っては怖いしか言ってない始末。お前らどんだけ鵠沼のこと恐れてんだよ。

 ったく、女なんぞにビビりやがって情けねぇ。おめぇらがそんなんだから奴は調子に乗っちまうんだよバカ。


「ってかななっちゃん、こないだ鵠沼さんにイジメられてなかった? あれなんだったん?」


「それ! 俺も聞きたかった」


「あー、ね! 気になる」


 げっ、今そこ突いてくるのかよ……と思ったが、別に言ってもいいか。

 由比さんに告白をされたことは隠せとも言われてないし、もし言われたとしても女の忠告を聞き入れるなんて考えを俺は持ち合わせていない。


「ああ、それなー……」


 チラッと、俺は再び四人の女子の中の一人に目をやる。

 彼女は楽しげに他の女子たちと話に花を咲かせていた。

 何がそんなに可笑しいのか、小さな体を揺らしながらきゃははと笑って「ちょっとー!」とつっこみまで入れている。

 前にも思ったけれど、彼女はとても男に振られた後の女子には見えない。

 それくらい元気で、いつもどおりで、楽しげだ。


「…………」


 元気で、いつもどおりで、楽しげだった。


「あー……知らんところで何か鵠沼のしゃくさわることでもしたんじゃないかの?」


 なんとなく事実を語る気が失せてしまい、俺は茶を濁す。

 それによく考えたら俺は彼女に「あの告白はなかったことにしてくれ」と伝えたのだ。だったら俺とて、なかったことにするべきだろう。


「それより……お前ら的に由比さんってどうなん?」


 とりあえず話題を逸らすため、彼女がこいつらからどういう評価を受けているかを何の気なしに聞いてみた。先ほどの会話で楽寺さんは稲村と仲が良くて貧乳、腰越さんはギャルのくせにしっかり者、鵠沼はカス、ということはわかったので。


「あー由比! いいねぇ! ヤリて~」


 長谷、お前もう誰でもいいんじゃねぇかよ。


「いやー、ななっちゃん由比がお気に入りなんだ? ズリネタ?」


 ズリネタって……と長谷の言葉に俺が少し引いていると、他の二人もそれに反応した。


「ちょ、長谷ちん急に……」


「あはははは。いやまぁでも、身近な女子をネタにするのって何かこう、独特の興奮があるよな。うん。わかるわかる」


 へぇ。稲村でもそう思うのか。まぁ確かに俺も中学ん時は可愛いクラスメイト女子はほぼ全員妄想の中で裸にしたけれども……ミソジニストになってからはそんなもんは卒業したが。


「だろー? で、どうなんななっちゃん?」


 クソ最低なことを言っているにもかかわらず、長谷は他人の恋愛話を根掘り葉掘り聞く女みたいに目をキラキラさせ、俺に迫ってきた。やべぇめんどくせぇ……。


「いや別に……」


 そもそも一度思いっきり振ってますしね。あと長谷、顔近い。キモい。


「照れんなって! いや俺もいいと思うよ由比! な、エト!」


 そう言って長谷は俺の肩を抱いてきた。やめてよしてさわらないで。


「由比かー、確かにみんな可愛い可愛い言ってるよね。彼氏いないのかな?」


 江島が聞くと、稲村が口を開けた。


「そういやあいつのそういう話全然聞かないなー。少なくともうちの学校にはいないんじゃね?」


「いやいるでしょー。あの人気と可愛さで彼氏いないとかありえないありえない!」


 長谷の言うとおり、確かにありえないな。

 そもそも『可愛い女子=彼氏がいる』ってのは世界の真理であり、宇宙の法則で決まってんだよ。残念ながら世の中そういう風にできてんの。

 ただ彼女の場合……いないらしいんだけどね。今のところは。


「確かに不思議と誰も由比にいかないよね、人気あるのに」


 へぇ。てっきり引く手数多なんだと思ってたわ。あんなの男は大好きだろ。


「あいつ人懐っこいからなぁ。俺からすると彼女とか好きな人とかいう前に友達になっちゃうタイプ。今さら由比と付き合うとかちょっと考えられないわ。可愛いってのはわかるけど」


 稲村らしい考え方だが、なんとなくわからんでもない。いや、よくわからん。


「あとみんながみんな可愛い可愛い言ってるからいきづらいんじゃね? 男ってそういうとこあるじゃん?」


 あー、男子ってクラスで人気な女子を恋愛対象ってよりアイドル化する傾向にあるしね。


 それには長谷も同感のようで、


「あるある! 同学年の中で人気の子って漫画みたいに色んな人から告られたりってしないだよな実際。なんかこう『可愛いわー』とか『ヤリて~』とか陰で冗談交じりに言われるだけっつーか」


 そうそう、そゆこと。もし告られたら喜んで付き合うけど、自分からはみんないかない、みたいな。あと「ヤリて~」はお前しか言ってない。

 ……ってか俺そんな子に告られたとか、改めてやっぱすごくね? しかもそれを簡単に無碍にしたとか超イカさね? シッブいわー。ミソジニストまじシブいわー。器ちっさ。

 でも長谷、それには続きがある。由比さんはどうか知らんが、俺の経験上そういう同級生男子に持てはやされるタイプの女子にはある法則が存在する。それは……、


「――ま、そういう子って大抵、先輩の男子に持っていかれるんだけどの」


 俺がそれを言った瞬間、他の男子三人はびっくりしたようにこっちを見て一瞬黙っていたが、


「……うっは! あるあるすぎるわそれ! 中学ん時さー、学年で一番可愛いって言われてた子、派手な先輩と付き合っちゃってたわー。みんなショック受けてたなー」


「わー俺もなんか思い出した。いたいたそういう子。しかもさ、そういう先輩って大抵チャラい感じだよね?」


「そうそう。で、その女子も先輩の影響でどんどん派手な見た目になっていくんだよな」


「挙句の果てにはタバコとか吸い始めて全然可愛く見えなくなる、みたいなな!」


「そしてその先輩とは時期に別れるんだけど、またすぐに新しい年上の彼氏ができる。でもまたすぐ別れる」


 男子三人の共感を呼び、「やべーあるあるだわー!」と一気に盛り上がる。

 そう、こうやって自称恋愛体質のあばずれ女が完成するのであーる。実に典型的な恋愛によって身を滅ぼす女の図だ。

 そして日本全国の純情な思春期男子はみんな中学くらいの時期に似たような光景を目の当たりにして、この絶望感を一度は味わう。「俺の心のアイドル、○○ちゃんがあんなクソチャラい先輩と……うわぁぁぁ!」みたいな。


「中高生くらいの女って、先輩男子を異様なまでに美化してるからのぉ。落とすのも簡単なんだろうな」


 特に、女子が中一、高一の時に同じ学校で目立っている三年生男子ってのはとにかくかっこよく見えて仕方がないらしい。男にはよくわからない感覚だが。

 それに付け入って三年のチャラ男がうぶな一年女子を食いまくり、その女が遊ばれてると気付く頃にはもう使い古している、なんてのはよくある話。

 まったく、惨めなもんだぜ。恋愛なんぞにうつつを抜かしてっからそうなんだよバーカ。


「あ、そういえば由比、一年の時に応援団で一緒の組になった先輩にすげぇアプローチされてたわ。先輩かっこいいし仲も良さそうだったしそのまま付き合うのかなーって思ってたらいつの間にか沈静化したなあれ」


 相変わらずの情報通である稲村がその知見を披露する。


「へー、全然知らなかったそれ」


「俺も。ってか一年の時は由比と話したこともなかったし」


 江島、長谷と同じくしてもちろん俺も知らん。

 由比さん、やっぱそれなりにモテるんだな。和田塚くんも大変だこりゃ。


「そういえばさー、こないだコシゴエと暇すぎて漫喫行ったんだよねー」


「あー、行った行った」


 丁度俺らの会話がひと段落したところで、またも鵠沼グループの会話が聞こえてきた。声でけぇんだよあの金髪お団子頭。


「漫喫て。あんたらそんなとこ行くの?」


「うちも行ったことなーい漫画喫茶」


 と、鵠沼と由比さんは応える。女子って満喫行かないんだ。俺もあんま行ったことないけど。何か狭っ苦しくて好かん。


「いやあたしも初めて! でさー、せっかくだから普段読まないようなの読もうってことになってコシゴエと話し合った結果読んだのが……」


「「読んだのが?」」


「……バリ! あれ? バクだっけ?」


「え、違うでしょ。確か……バム、じゃなかったっけ?」


「違う違う! 何か前に男子たちが面白いって盛り上がってたやつなんだけど……ん~……わっかんない! バなんとか! っていうかこの間さー」


 おいぃぃぃ? その漫画の話そこで終わりかよ!? オチが甘いよオチが! そこまで引っ張ってそれ? ええ……。

 ほんと女子高生の話題のぶっ飛びよう半端ねぇな。女の話にオチを求めるなとは云うがこれは酷い。

 他の女子もそれに何ら違和感を覚えていないようで、次の話題で大いに盛り上がっているご様子。

 しかしそれを聞いていた男子はみんな俺と同じ気持ちのようで、


「……いやはや。女子のことは傍からは窺い知れないねー、色々と」


「……ほんそれ。女子たちの秘密ってなかなかこっちまで漏れてこないのが不思議だよなー」


 江島と長谷が溜息をつくように呟いた。

 まったく、女なんてもんは男からすると本当にわけのわからない存在である。だから信用できねぇんだよ。

 そして最後に稲村が「さっき楽寺が言いたかった漫画はたぶんバキ」とオチを教えてくれた。

 なるほど。確かにありゃ男しか読まねぇな。あー、すっきりした。

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