七里ミソジニズム

-第01訓- 女子は恋に恋をする

「あの……好き、です」


 放課後、夕日になる前の陽が差し込む教室。二人きりの男女。

 窓を背にしたその女子高生は、帰り際の男子を呼び止め、勇気を振り絞って伝えたい言葉を紡ぎ出した。


「えと、もしよかったら……付き合ってください」


 彼女の潤んだ双眸が彼を捉える。

 高校入学からの一年で身に付けた都会の女子高生らしい垢抜けたメイク。

 ふんわりとした茶髪をおさげにし、肩から前に垂らした髪型。

 さらには童顔で、小さい背丈のせいもあってか、意地らしく告白をするその女の子はどこか小動物のような雰囲気を醸していた。

 そんな彼女は言うまでもなく、『可愛い女の子』と誰もが思うだろう。

 けれど、それに対し告白をされた男子は「付き合うのなら条件がある」というような返事をした。

 それを聞いた彼女は少し驚いたようだったが、


「う、うん。何……かな?」


何とか笑顔でそう返すと、男子はその条件とやらについてまず、こう一言告げた。


「俺らまだ高校生だしそのうち別れるだろうから、その時のことを色々決めておきたいんだけど、ええかの?」


「……え?」


 女の子は驚きを隠せない。

 当たり前だ。この男子、付き合う前から別れ話をし始めたのだから。

 彼特有の、中途半端に訛りの入った口調で――――。


   ×××


『女は非常に完成された悪魔である』

 ――フランスの詩人、ヴィクトール・ユゴー


立直リーチ!」


 生まれながらのコンプレックスというのは個人差はあれど、どんな人間にも必ずあるという。

 そんな中、俺の悩みは目が細すぎること。細すぎて常に目を瞑っているように見えるくらい。ここが漫画の世界なら俺は明らかに主人公ではない雰囲気漂う糸目キャラだろう。

 そんな脇役くさい俺も高校の二年目。今は昼休み。行儀悪くクラスで仲の良い野郎ども四人組で飯を食いながら卓を囲んでいる。といっても二つ並べた机の上にシートを引いるだけの即席麻雀だが。


「うわぁ、早い! しかも捨て牌字牌オンリーて」


「マジ読めねーよー」


 わずか四順目で千点棒を出してきた稲村いなむらに、江島えとう長谷はせが落胆の声を上げる。


「稲村、てめぇ早漏か」


 続いて俺も文句を垂れた。


「うむ、拙者は早漏で候……」


 ……は?

 稲村の激寒クソジョークを全員でシカトし、皆自分の牌と睨めっこ。安牌を探す。


「そういや七里ななさとさ、今度の土曜、ハマスタにデーゲーム見に行かね? 地元の先輩からチケもらってさ。丁度部活も休みなんだよ」


 稲村は聴牌テンパイタバコでもふかすかのような余裕っぷりで、俺を野球観戦に誘ってきた。

 地元だけにベイスターズファンの彼はたまにスタジアムにも顔を出しているらしい。


「ああ、いいぞ」


 それに付き合うのはやぶさかではない。

 と言っても俺は特にベイファンというわけではない。あえていうならアンチ巨人。とりあえず巨人が負ければ飯が美味く感じる厭らしい人種だ。まぁ巨人ファン以外は大体みんな巨人嫌いだが。


「ただし、ここで俺からアガるのやめてくれたらの」


 牌を出しながら何の気なしにそう言うと稲村は「……へへっ」と鼻で笑った。


「……んだよ? まさかこれ当たりか? 嘘じゃろ」


 俺は河に出した牌を顎で指して聞いた。確かに完全な安牌ではないが、これはないだろ。


「いや、通し。じゃなくてな、また出てんぞ、その変な方言」


 ……え、そうだった? どうも治らねぇなぁこれ。

 すると長谷と江島も牌を捨てながら俺をイジってくる。


チュンビーム! 二人とも野球好きなー。麻雀に野球とかお前らオヤジ趣味すぎんよー」


「ななさんのそれって何弁なるの? 広島弁?」


 う~ん、広島弁……ではないかな。


「俺のは中途半端に標準語とごっちゃになってるからなぁ。広島弁と言うには恐れ多いわ。広島なんてじいちゃんち行くくらいで住んだこともないし。こんなんエセだろ、エセ広島弁」


 俺は別に広島出身ではないのだが、親父がそっちの人間でコテコテの広島弁を喋っているからか、物心ついた時には俺も自然とこういう喋り方になっていた。

 でも俺はこの口調があまり好きじゃない。というか親父のことが好きじゃないので同じような喋り方をしたくない。

 だからできるだけ使わないように心がけているのだが、気を抜いたり感情が露になったりするとついこいつが出てしまうことがある。


「広島で野球といえば、何か昔流行ってたよね? カープ女子、だっけ?」


 江島が言う。あー、あったなそんなの。

 カープ女子――――プロ野球球団『広島東洋カープ』のファンである女性のこと。主に、新規でファンになった若い女性を指す。

 カープ女子が増えた背景には、球団の施策に加え、チームカラーが女性が好む赤であること、もともと団結力が強いカープファンの仲間として一体感を味わえることなどが挙げられている。だが……、


「俺、あれ嫌い」


 俺が言うと、江島は「何で?」と問うた。


「――ああいう女はのぉ、野球が好きなんじゃのうて『野球観戦が趣味な私』が好きなだけじゃから」


 要はあれだ。観戦用の野球のユニフォームでハロウィン的なコスプレ気分を味わって、SNSなんかで写真を上げて『こういう意外な趣味を持ってる私、可愛いでしょ?』とアピールしたいだけ。別に野球なんてそこまで好きじゃない。

 『鯉に恋するカープ女子』とか言うけれど、恋してる相手は自分だろうよ。文字通り自惚れってやつだ。

 すると男子の中で一瞬、間ができた。


「ななさん、厳しいな……そんな人ばかりではないでしょー」


「くくくくく……!」


「またエセ広島弁出てるじゃー」


 江島は引き気味、稲村は静かに爆笑、長谷お前はその使い方おかしい。


「……けっ、どうせそいつら野球のルールさえまともに把握しちゃいn」


「わー、出た。まーじゃん。なに? それ男子の中で流行ってんの?」


 甲高い声によって俺の言葉は途切れた。


「もー、食べ終わってからやりなよー」


「オジサンがするやつでしょそれー。ってかアプリとかやればいいじゃん」


 見上げるとそこには女子が三人。

 どちらかというと容姿も派手めで、クラスでも目立っているタイプの女子たちだ。


「ちょっとー。俺ら今めっちゃエロい話してんだから入ってこないで」


 稲村は女子たちにボケてみせる。確かに棒とかタマにまつわる話してたしな。やかましいわ。


「やだもー」


「何言ってんのー?」


「男子キモいー」


 しかし女子たちはそんな稲村の悪ノリにまんざらでもない感じ。

 さすがはうちの学校の人気者、稲村。こういうのを自然とできてしまうあたり、女子の扱い方がうまいと感じさせる。


「キモかねーよ! むしろ気持ちいいから! お前らヤローズトークを分かってねーわー」


 それに呼応して、調子に乗った長谷が声を荒げるが、


「いや意味わかんないから」


「ねね。ヤローズトークって何?」


「長谷ちんのその発言が気持ち悪い」


 稲村の時とは打って変わり、長谷にはかなり冷ややか。


「ちょっ! 俺の扱い酷くねー?」


 彼は俗に言うイジられキャラ。背が低くてガキっぽくうるさいからだろうか。でもこれは女子にかなり受け入れられているという証左でもある。


「ってかイナっち見て見てー。ネイル変えたんだぜー」


 三人の中の金髪お団子ヘアーの女子が席に座る稲村に両の手を差し出す。

 それを覗く稲村は「……へぇー。そんな爪にまで化粧するこたねーと思うけどな」と呟く。


「うわ、イナっち酷いなんだけどー。ちょっとコシゴエ聞いたー?」


 彼女は大げさに反応して横にいるピンクがかった茶髪のギャル系女子に話を振った。


「聞いた聞いた。でもそれだったら私のなんか超ディスられるっしょ。ほら」


 と、彼女も稲村にネイルを披露する。


「うわ、何だこれ!? 宝石みたいの付いてんだけど!? 腰越お前そこまでいくと逆に男子受け悪いんじゃねーの?」


「男子受けなんかどうでもいいんですー。イナっちダメだなー、女子のこういうのはちゃんと褒めなきゃ。そんなんじゃ彼女に振られるよ? エトならそんなこと言わないもん。ねー?」


 ギャルの子は江島に同意を求める。確かに彼は顔も良く、誰に対しても優しいイケメンくんではある。


「え、うん。二人とも綺麗だと思うよ」


 無難すぎる返答をする江島に稲村は「うーわ。そういうのずりーぞエト」とぼやく。


「ほらー。優しー。イナっちも見習いなよ」


「うるせー」


 すると江島は「まぁでも男受けってのに関しては由比くらいのがいいんじゃないかな」と、女子三人の中のゆるふわした茶髪をお下げにしている小柄な女子を指した。


「えっ、うち? へへへ、やっぱりー?」


 そんな風におどける彼女を見た稲村は、


「ぐへへ、やっぱりー? あ、やべ、今のマジ似てね?」


 悪意たっぷりに物まねをする。すると周りから笑いが起こった。


「うわっ! イナっちうざーい! そんな言い方してないしー。これでもくらえー!」


 怒った彼女は自分の腕に付いていたシュシュを外し、稲村に投げつける。


「痛っ! 何? これ俺にくれんの? 超要らねんだけど」


「何それひどーい!」


 すると金髪お団子が「ふーん」と感心するように呟いた。


「男子ってこういうナチュラルなネイルが好きなんだね」


 それに対し長谷がわざとらしく気取って、


「あのね、爪なんかより大事なのは内面ですよ内面。わかる?」


 お決まりのように「はいはいうざい」「きもい」と女子たちから野次が飛ぶ。


「…………」


 なんつーか、本当にこいつらみんな〝主人公〟っぽい。

 周りが盛り上がるのに取り残されている俺はふと思う。

 クラスの人気者でまとめ役、稲村。

 おちゃらけムードメーカー、長谷。

 イケメン優男、江島

 それに引き換え、この会話にも入っていないただの糸目、七里。

 やっぱり俺は〝脇役〟くさい。


「……おいしょ」


 いつの間にか麻雀は中断し、飯も食べきってしまった俺はトイレへと向かおうとその場を立った。うんこうんこ。


「あ……。な、七里くん!」


 さっきの女子三人の中の一人、男受けのいい爪をしているらしいゆるふわお下げの子が俺の元まで駆けてきた。えーと名前は……由比ゆい、さん? だったかな。これでも苗字らしい。


「あの……今日、月一の美化委員会議があるの覚えてる?」


 彼女は少しかしこまって俺に聞いた。他の男子三人と違って俺は彼女と仲良くないからそうなってしまうのは自然なことだ。


「……ああ、忘れてたわ。ありがとう」


 とりあえず俺は笑顔で答えた。目が細いからか、笑顔を作るのは割りと得意だ。

 すると彼女は少しホッとしたのか、


「うん! だから、その、放課後一緒に行こ!」


 彼女は元気良くそれだけを言って、また皆の元へ戻って行った。

 それを見届けてから俺も再びトイレへと向かう。


「……あーあ。めんどくさいのぉ、委員会」


 あ、またあのエセ広島弁が出てしまった。

 ……なんか、方言使うキャラってのも脇役っぽいな。

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