第4話 味方は敵か、敵は味方か

「彼女から『華』の匂いがする」


そんなことを急に言われたところで、はいそうですかと納得なんてできるものか。

そういえば、一つ疑問に思っていることがある。

「なぁ、ジル。ところで『華』って何なんだ?」

当たり前のように話が進んで行ってしまっているがために、つっこむ余裕すらなかった。流しに流して、今まで来てしまった感じだ。

「え?説明してなかったかしら?」

「してない」

その『華』がなんなのか知らない状況で、捜せだの殺せだの言われても何をしたらいいのかまったくわからない。

「一番重要な説明をしていなかったわけね、それはごめんなさい」

ジルも説明をとっくにしているものだと思っていたらしい。確かに、この状況下ではしていて当たり前みたいな空気ではあるけどね。

少し離れたところで、俺たちの様子を見ているマーグルは俺が猫であるジルの鳴き声を必死に聞いているようにしか見えていない。

それってつまり、ただのおかしな人間にしか見えていないってことだよな…。

「猫と会話でもしてるの?」

「あ、あぁ…そ、そんなところだ」

彼女はふーんと言いながら、台所のほうへと向かった。

そしてジルがゆっくりとしゃべり始める。やっと『華』の意味を知ることができる。


コンコン


扉をノックする音が部屋に響く。今、いいところだったのに!!

マーグルがノブに手をかけて、扉を開けようとした瞬間、俺の中で胸騒ぎがした。

「やばいな…たぶん、扉の向こうに軍がいる」

一体どうやってこの家を割り出したんだろう?一軒一軒しらみつぶしにあたっているのか?いや、それだともう少し時間がかかってもおかしくはない。

となると、俺がここに連れ込まれたところを見られていたか、マーグルの顔を見られていたかのどちらかだ。どちらにしても、この状況はあまりよろしくはない。

軍人だけならまだいいが、一緒に【LACK】を連れてこられてたら状況は最悪だ。この家にいるところがバレたら、俺はもちろん彼女も危険な目にあうことになる。そう判断した俺は、とっさに奥の部屋へと身を隠した。その様子を確認したマーグルはゆっくりと扉を開けた。予想通り、そこには軍人が立っていた。

「こういう男を見なかったか?」

胸ポケットから取り出した写真は間違いなく俺の写真だった。彼女はその写真をじっくりと見た後に知りませんと言った。一応、彼女には軍に追われていると説明はしていた。でもかばう保証はどこにもなかったけれど、こうやってしらを切り通してくれようとしてる。しかし、そんな言葉で軍が素直に引き下がるわけはなく、彼らはズカズカと部屋の中へと入ってきた。あまりにも突然のことでマーグルも一瞬判断が遅れて、止めることができずにいた。

「部屋の中を調べさせてもらう」

「ちょっと!!そんな人知らないって言ってるのがそんなに信じられないっていうの?勝手に人の部屋の中に入らないでよ!!」

そう声を上げるマーグルに対して、冷静に部屋の隅々まで確認をし始める。


「やばいな、ここにいるのがバレるの時間の問題じゃね?」

「そうね」

「やけに冷たくない?どこか隠れる場所見つけないとな…ってこの部屋じゃ無理だな」

部屋の中を見渡してみたが、人が隠れられるスペースがない。そんなことをしていたら部屋の扉が開いて、そこに立っていた軍人と目がばっちり合った。

「あ、はーい。お仕事お疲れさまです」

笑顔でそう言ってみたものの、軍人が許してくれるわけもなくすぐに応援を呼ばれてしまった。

「た、隊長!!発見いたしました!!」

「すぐに取り囲め!!逃がすんじゃないぞ!!」

あーやばい。すぐに扉付近を数人の軍人で囲まれてしまっていた。隊長と呼ばれていた人物の手には能力を半減させるブレスが握られていた。またそのブレスをはめられたら二度とあの施設から逃げることは不可能だろう。今まで以上に監視は厳しくなるにきまってる。

「観念しろ、この状況ではいくらお前でも逃げることは容易ではないはずだ」

ただの軍人だけで【LACK】を捜しているとは考えにくい。普通ならほかの【LACK】もつれていきているはずだ。この軍人たちの表情から察するに、それは確実だろう。しかし、ナンバーまでは予想できない。すると、玄関あたりが騒がしくなった。そして、急に軍人たちが道を開け始めた。そこに立っていたのは見知った顔だった。

「んだよ、お前か。わざわざすまないね」

「大層な挨拶だな。逃げ切ったつもりか?それとも、これだけの人数と俺【LACK-05】を相手にできると思ってるのか?」

こいつの名前はギーゼルベルト。大した仕事をしないのに、自分の上にいる俺が気に入らないとよく顔を合わせるたびに言われていた。

「逃げ出したお前が悪いのだから、俺に殺されても文句は言うなよ?」

「殺されても文句言うなって?バカにすんなよ、お前に殺されるわけねぇだろ」

さらに俺との距離を詰めてくる。軍人たちが道を開けていったときに、脇を黒い何かが通り抜けたのが見えた。それは、玄関近くに立っていたマーグルの足元へと滑り込んでいった。そう、ジルだった。

「ちょ、お前何してんだよ!!!一人で安全なとこに行くなんてずるいだろ!!」

思わず声を上げてしまった。それを見ていたギーゼルベルトは目を丸くし、すぐに真剣な表情へと変わった。

「ふざけるのもこれまでだ」

俺の右腕をつかみ、手首へとブレスをはめようとする。必死にその手を振りほどこうとするが、なかなかうまく外れてはくれない。

多少の危険があるかもしれないが、体力がある今なら能力の制御は可能かもしれない。迷っている暇などなかった。


「我、緋を願うものなり。汝、力を翳すものなり…解放」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

華~memento mori~ アルエ・L・クラウス @arueura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る