第3話 落ちていくのは心か体か

真っ逆さまに落ちた後、俺は死んだと思った。

施設からやっとの思いで抜け出すことができて、外の空気を思う存分吸うことができたっていうのに、あっという間にあの世へと行くとはね。

ブレスを外した状態で力を使うのは、それこそ施設へと入った日以来のはずだ。

そりゃ、制御もろくにできないよな…。


ふっと目を開けてみたら、少し遠いところに天井らしきものが見えた。

手を伸ばしたところで届くはずのない距離にある天井を必死につかもうと手を伸ばしてみる。伸ばした指を力を込めてまげて、手を握る。

あ、俺生きてるじゃん。

そう思ったら、自分が今どこにいるのかわからない状況に戸惑った。慌てて体を起こしたが、あまりの激痛に思わず声を上げてしまう。

「痛ってて…」

腰をさすりながら、ゆっくりと体を起こすとふっと視界が暗くなった。そして頭に思いっきり何かがぶつかってきた。

「うわぁぁあ!!ってなんだよ、ジルかよ」

「なんだよ、じゃない!貴方、2日も目を覚まさなかったのよ?心配するのが普通でしょ?」

と騒ぎ立てながら、俺の頬を肉球のついた前足で往復ビンタをしてきた。痛いんだけどなんだかほっこりとしてしまう。

「2日も寝てたってことか…さすがに力を制御せずにつかうと、それだけの体力もっていかれるってことなんだな」

そういいながら、自分が置かれている状況を確認するためにもベッドから足を下した時に部屋の扉がふいに開いた。

そこに立っていたのは、見知らぬ女だった。軍の人間ではないということはすぐにわかったが、なぜいるのかは不明だ。


「あ、やっと目覚めたんだね」


そう声をかけると、こっちへと寄ってきたのだった。

警戒しながら彼女を見ていたら、そばにいたジルが小さな声で話かけてきた。

「彼女の名前はマーグル。私たちを助けてくれたのよ」

どうやらあの建物の屋上から落ちた俺を下で受け止めてしまい、介抱せざるを得ない状況だったらしい。

「よかった、思ったよりも元気そうね。でも右手、たぶん痛めてると思うから見せてほしいな」

「痛めてるってなんでわかる?」

そういわれて、右手を見てみたら包帯が巻かれていた。確かに少し熱を持っている感じがするし、腫れている感じもする。すると、彼女は俺の右手の上に自分の右手をかざした。小さく何かをつぶやいたと同時に光が手を包む。

あぁ、彼女は『風』の力をもって生まれてきたんだな。

「『風』に属しているのか」

「よくわかったわねって、使った力を見たらだれでもわかるか。そういう貴方…って名前なんていうの?私はマーグルよ」

そういわれて、戸惑った。この国に生まれた人は4つある力のうち一つを授かって生まれてくる。でも俺は一つだけじゃない。はっきりとこれと言えればいいのだが、そう簡単ではない。答えを出せずにいると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

「2日前、貴方を拾ったときに軍がすごい人数で何かを捜していたわ。いろんな人に怪しい人物は見なかったかと聞いてまわっていた。そして貴方は何に属しているのかをはっきりという事ができない…それらを含めると、貴方は【LACK】ということになるけれど、どうかしら?」

彼女の推理は完璧だった。素直にはいそうですと答えるのはどうかと思ったけれど、ここまでバレていたら隠す必要もないか。目でジルにそう伝えると、彼女も納得した表情で軽く頷いた。

「そうだ。ていうか、よくバレなかったな軍に」

「なんとか乗り切ったわよ。それにしても初めて【LACK】に会うんだけど、案外普通の人なのね」

「普通で悪かったな。マーグルとか言ったか?あんた、俺のこと怖いとか思わないの?」

普通の人間だったら、こんなにも近くに【LACK】がいるということに耐えられないだろう。こうやって軍人から逃げて、かくまうなんてことも考えないはずだ。

俺がもし普通の人間だったら、すぐに通報をして引き取ってもらうと思う。

でも、それをしなかった理由はなんだ?そもそも、俺をかくまっている理由が彼女にあるとは思えない。

「【LACK】ってコードナンバーで呼ばれているんでしょ?番号が小さければ小さいほどに力が強いって噂だけど本当のところはどうなの?」

さっきから質問ばかりしてくる…こちらは寝起きだというのに。

「力の大小はよくはわからないけどな。俺は【LACK-00】と呼ばれていたよ」

「え?【LACK-00】なの?それって桁違いに力強いんじゃないの?本当、人って見かけによらないのね」

だから、さっきから彼女は一言が多い気がしないでもない。普通だの見かけによらないだの…黙って聞いていれば。

「そりゃ、軍総出で探してるわけだ。ちらっとだけど総司令も出てきてるって噂よ?」

軍総出で捜しているって、かなり大事になっているっぽいな。あまり長居をすると彼女にも迷惑がかかってしまう。

表情を曇らせていると、足元にいたジルが俺に耳打ちをするように小声で言葉を発した。それは、あまりにも意外な言葉だった。


「彼女から『華』の匂いがする、油断しないで」

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