第7話 ゴットフリートの初社交デビュー前夜Ⅱ
「そういえば、僕って一人でローゼンブルク市内に行くの?」
ゲッツの筆跡が満足のいくようなものになった日、彼は夕食の時間にユリアに質問した。兄
「まさか。私も着いていくわよ」
兄双子やクリスタが寄宿舎に行ったときもそうだったが、ゲッツはユリアが外に出かけてもよいのか非常に気になった。
「僕も行くー!」
「あたしもー!」
「ルカ、サーシャ。2人はお留守番。町のお外には怖ーい魔物が住んでいるから、2人にはとっても危ないの。それにアヒムおじさんが遊んでくれるって」
幼い双子が当然行きたがると、ユリアは優しく諭した。
最初は不安そうな顔を浮かべた2人だったが「アヒムおじさんが」の下りで、ぱあっと明るくなりゲッツに、前に2人がアヒムおじさんと遊んだ話をしてくる。
「アヒム義兄さんがくるの? 前はクリスタが寄宿舎に行った時に来てくれてたね」
「そうよ。いままではイレーネの夫のカールさんと研究者のブルーノに頼んでたんだけど、ブルーノは大学に行っちゃったじゃない? カールさんだけでは町長代理の仕事が回らないらしくって」
「そうなんだ」
そうなるとブルーノは研究者も、ゲッツ達の教育係も、町長代理の仕事もしていたことになる。忙しいはずの彼はあまり忙しさを子供達には見せていなかったのだ。
ゲッツは彼の認識をより上方修正した。あの時は転生前のまま、物事を見ていたのかもしれない。
ちなみにカールさんはこの城の庭を手入れする若ハゲ庭師である。娘が一人いる。
かわいそうに、まあまあの頻度で外出するユリアにかわって結構な無理をしていた為なのか、彼の残り少ない髪の毛はさらに薄くなっていくだろう。
「なんだ、カールさんが若いのに禿げていたのは、ユリア義姉さんの外出……」
「ん? なに? なにが言いたいのかしら」
ゲッツはこれ以上この話題をしてはいけないと本能で悟った。謎のプレッシャーを肌で感じる事が出来たからである。この人はあのイレーネと同じだ、怒らせてなるまい、と。
「ところで、ゲッツは筆跡の練習をしていたみたいだけど、ダンスの方は順調なの?」
ゲッツはしばらく時間をおこうと思ったが、今度はユリアから質問をしてくる。その質問でいままでの修学旅行気分が、一気にさめてしまう。
「ま、まあまあ」
ゲッツは何も、いままで筆跡の練習をしてきただけではなかった。当然園遊会に向けて、マナーやダンス、剣技の練習を積み重ねて来た。いやいやながらも。
「まあ、ゲッツの苦手分野は知っているわ。イレーネから聞いているもの。まだ、みんなも初めてなんだから、気負いしすぎよ」
「はい……」
ゲッツはマナーも剣技も、慣れないながらなんとかこなす事ができるようになった。マナーは前世がある分ゲッツには比較的簡単で、剣技も前世で剣道を授業とは言えやっていたおかげか、なんとか形になった。剣技で使うのは本物の剣ではない上に、ファンタジーっぽい、サーベル剣だったため比較的慣れるのが早かったのだ。
しかし唯一、苦手というか緊張してしまうのがダンスだった。ダンスと言っても前世の社交ダンスに近く、それも簡単なステップを踏むだけの様なので慣れるのは早かった。本番にダンスを中心で踊るのはプロだけのようである。その点はゲッツは安心していた。
だが実際に一回は踊らなくてはいけないし、その相手は前世ではなかった女の子の為、ゲッツアかなり緊張してしまう。
「でも、クリスタもおばかさんよね。ゲッツに園遊会で披露して来たダンスを未経験のゲッツ相手にやろうとするんだから」
クリスタはゲッツの園遊会の話題になると、率先してダンスの相手役を務めようとしていた。おそらく弟分に園遊会の先輩としてのご指導をしたかったのだろうが、ダンス未経験者と初心者同士がペアを組むとステップがくるってしまう。
そこで、クリスタはゲッツの足に引っかかり、彼を押し倒した形で口づけしてしまったのだ。
ゲッツは最初、なにが起きたのか全く理解していなかったがクリスタが顔を真っ赤にして、急にしおらしくなってしまったのを覚えている。
ゲッツにはロリコンの気はなかったが、それ以来ゲッツは女の子と踊る事に妙な緊張を覚えてしまったのだった。
「まあ、ステップだけでも覚えれば、あとは簡単よ。あ。女の子のスカートと靴だけは踏まないようにね」
「うん……」
早くこの話題も変えたい。そう思って、今度はかつて園遊会デビューした兄弟達のことを聞こうとする。
「クリスタ達はどうだったのさ?」
「その園遊会の同伴者は親か近しい親族しかいけないから、クリスタの時しか分からないけど。クリスタもあんまりうまくなかったわ。全部。」
「へー……ってそうなの!?」
今、非常に気になる事をユリアは口にした。
「なにが? クリスタもうまくなかったこと?」
それはダンスの時に身を持って知っている。実はこの園遊会には謎のプレッシャーはあるものの、それほど高度なことは求められないのだ。
「い、いや、同伴者のこと」
「あー。親のことね。そうよ。だから私はクリスタ達を寄宿舎に送った時と同じで、ゲッツも近くの駅までしか遅れないの。ごめんね」
「ってことは、僕の母上と父上が?」
「うん。そうよ。まあ、義母上が見るでしょうね。ゲッツの事を」
「???」
ゲッツはいままでこの優しそうなユリアが、ここまでのプレッシャーを見せた事……は、ままあったが、どうやら姑とうまくいってないらしかった。
(ユリア義姉さんには、母上の話題もダメっと)
ゲッツには母親の事をこれまでになく気になってしまったが、これも地雷だったらしい。避けるべき話題だ。心の中でメモをした。
だが園遊会当日に母親と会う事は事実の様で、ゲッツは5歳にしてようやく家族の全体像が掴めそうであった。
ーーーー
「やあ、ゲッツ久しぶり。元気にしてた?」
そう年齢差を気にしない程に軽く語りかけるのは、1年ぶりにみるアヒムである。アヒムはもうじき30になるはずなのに、その顔は最初に見た時とあまり変わらない。
「アヒム、カールさんと留守番お願いね」
「まかせてよ。カールさんにばかり無理はさせられないし、ね」
アヒムとユリアは実の兄弟なはずなのだが、ゲッツにはこの2人は似ていないように感じた。彼の顔を見ると、日本人を思わせるからだろうか。
この世界には黒髪は珍しいらしい。
ただゲッツのいる、ヴァルタースハウゼン一族の家系には日本人だと思われる人物が連なっていた。ゲッツとアヒムの黒髪はその人物の隔世遺伝のようだ。
たまに黒髪が生まれるのだという事をユリアから聞いた事がある。さすがに一つの時代に2人以上はなかなかないらしいが。
このことからゲッツにはこの、変に文明が進んだ社会の背景になんらかの異世界人が関わっている可能性が浮かんでいた。
(さあ、出発だ)
ゲッツはそう意気込んで馬車に乗ると、ユリアもアヒムに2、3何かをささやいたあと、続いて馬車に乗り込んだ。
窓から見える馬車の周りには、いつか見たエルフの守衛さんを含め7人程が追従している。後ろに空きの馬車も見える事から、ついでに目的地の都市で買い物をしていくのだろうか。
ゲッツの初めての外遊を祝福するかのように、今日は一面青空の快晴である。
「さあ、いくわよ!」
そう言うユリアの顔は普段見る落ち着いた顔ではなく、まるで女冒険者の顔の様に見えた。
貴族転生!〜転生したけど、文明がすすんでいました。〜 @Ludwig-aka-taka
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