第12話 最初(五紀)

高1の夏の終わり。

まだ暑くて、湿っぽい。夏の終わりの匂い。

だいっきらいになった。



なにもしてくなくて。

なにも考えたくなくて。

なにも手につかなくなった。


「そんなに落ち込まなくてもいいじゃん」

高校のクラスメイトに言われた。


は?

じゃぁあんたは自分の親が死んでもこの状況回避できるってことか?


言われる言葉のひとつひとつが私には嫌味にしか聞き取れなくて。

自分を悲劇のヒロインに仕立て上げていった。


「いつき」


いつだって私の名前を呼んでくれて

見方でいてくれて。

大地がいて本当に良かった。

ママも春と澪も、大地のおかげで何とかやれてる。


小学生の春と澪は、急にパパがいなくなったことに

やっぱり理解できないことも多くて。

「おねぇちゃん、一緒に寝よう」って最近部屋に良く来る。


私が守らないといけないのに。

自分が弱過ぎて笑えて来る。



パパがいなくなった分、ママも仕事の量を今よりも増やして働くことになった。

わたしも近所のコロッケ屋でバイトを始めた。

なんでか、大地も一緒に始めた。そんなに暇なのかな。

妹たちはバイト終わりに大地と二人で学童へお迎えをすることになった。

大地がいてくれて良かった。



「いつき、今日俺早上がりするわ。」

バイト中にいろいろ考えていたら、白いエプロンと三角巾が良く似合う大地が言ってきた。


「珍しいね。なんかあるの?」


「ちょっと姉ちゃんに頼まれごとあって。ごめんなぁ。じゃぁおつかれ!」


私の頭をポンポンと軽く叩いて

パートのおばちゃんに愛想を振りまきながら大地は帰って行った。


「橘ちゃぁん。広瀬くんって、ほんっつとカッコいいわねぇ。うらやましいわ!」

パートの山田さんに背中をポーンと押され、大地のことを褒められる。


高校に入学しても

相変わらずクラスは別々で、階も違う。

大地の方はやっぱり頭がいい子が集まるクラス。

愛嬌はあるし、まぁかっこいいし、勉強できるし。

昔よりも最近モテてる気がする。

私たちと中学から一緒で「あいつらは付き合ってる」って知ってる奴から伝わったのか

ほぼほぼ同学年の人は私たちのこと知っている。

まぁ知ってても告って来る子もいるみたいだけど。


昔ほど「大地が告白された」って動揺もなくなったけど。

安心し過ぎてるのかな。


高校にあがってから大地は私に少し態度が変わった気がする。気がするだけ。

手も繋がなくなったし。キスもしなくなった。

なにかあるの?って一度だけ聞いたら「男の事情だ」って返された。

・・・まぁいっか。


「あの・・おねさん!メンチカツ2枚ください。」

「あ、はぁーい!ありがとうございます。」


最近ぼーっとしすぎだな。




退勤時間になって、学童に妹たちを迎えに行くと

先生から「あら、大地くんが連れて帰りましたよ」と言われた。


それならそれで連絡してよ!と思ったが、帰ってからいえばいいか。


「ただいまー」


「おかえりー!」


玄関を開けたと同時に居間から妹たちが走って向かって来た。


「あれ?ダイは?」


部屋を見渡しても大地の姿はなかった。


「大地が送ってくれたんじゃ無いの?」


春に聞くと「だいちゃん、寝てるの!だからシーッだよ?」

口に手を当て、私に注意してくる。

ママもまだ仕事で帰って来てない。

晩御飯なに作ろうかな。


食卓の上を見ると

大地がママに頼まれていた食材を買って帰って来ていた。


弘美姉ちゃんの用事って何だったんだろ。


バイトを早上がりしたくせに全部やってくれてる。

不思議でしか無い。


自分の部屋に行くと、

ベッドで寝ている大地がいた。

これは…爆睡。そーっと起こさないように。

荷物と制服を脱いで、部屋着に着替えて。

部屋を出ようとした。


グッと左腕をベッドの方へ引き戻される。


「おかえり」


ベッドに横たわる大地から。


「ただいま。あ、起こしちゃった?ごめんね。」

晩御飯の準備あるし!と手を振りほどこうとしたけど離してくれない。


「ねぇ、いつきさぁ。おれ、男だよ?」


「うん。知ってるよ。」


知ってるよ。知ってるけど、今日の大地は少し様子が違う。

まじで男の顔に見える。


「なんで普通に着替えとかできるの?」


なんでって。今までだってしてたし。


「あー。はいはい。ごめんって。ちょっ、ご飯つくるから離してよぉ。」


大地、何言ってんだ急に。

晩御飯作らなきゃ!!ってなってるのに。

離してくれない。うーっとなってるのに後ろ側からぎゅっと抱きしめられた。


「ダイ!ちょっと!ど、どうしたの?」


動揺が隠せない。

めっちゃ心臓がどきどきする。

さすがに幼馴染といえども。


耳元から聞こえた大地の低い、湿っぽい声。


「おれは我慢できない。」



顔が真っ赤になったのが自分でも分かるくらい、顔が熱い。


「だめだって!春と澪もいるし!!」


焦る私に関係なく、大地は首元に顔を埋めてる。

う〜っ…どうしよう。


”バタバタバタ  ガチャ”


「ねー!おねぇちゃーん!!」


澪が走って部屋に入って来た。

澪が見たのは相変わらずベッドで寝る大地と

部屋から出ようとする私。


「あっ、だいちゃん寝てた。ごめん。しーっだね。」

「あっちいこっか。」


澪を連れて部屋を出る。

本当に見られなくて良かった。




大地、急にどうしたんだろ。

ほんっとびっくりした。





縁側の先の外を見ると、かすかに雨が降り始めていた。

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温度も、湿度さえも。 山田優美 @yochi28

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