安眠妨害
「うわぁっ!」
ヴラマンクは鋭い叫びをあげた。
ひどい寝汗をかいており、息も荒い。呼吸を整えながら、辺りを見回す。ところどころ焼けた跡があるが、見覚えのある場所だった。
(王宮の、いつもの部屋だ)
ならば、自分は死んではいない──。安心したような、少し残念なような気持ちで、体重を後ろに預けようと手を置いた。
むにゅ。
夢と同じ、柔らかい感触がする。
恐る恐る振り返ると、そこには──、寝衣を着て眠るルイの尻があった。そのとなりには同じように穏やかに眠るアテネイの姿もある。
「お、お前たち、なんでここに?」
思わず大きな声が出た。
すると、ヴラマンクの寝台で寝ていたルイとアテネイが目をこすりながら起き上がる。
「王さま……、どこ触ってるんですか」
ルイが寝ぼけ
夢の中で起きたことを思い出してぎゅっと目をつぶった。
しかし、平手打ちはいつまで待っても飛んでこない。
ゆっくり片目を開ける。
──瞬間、ルイとアテネイは涙を流しながらヴラマンクに飛びついてきた。
「王さま、いくらなんでも、無茶をなさりすぎです!」
「おーさま、オレ、オレ……っ」
2人に抱きしめられて、ヴラマンクは狼狽した。
「な、なんだ? どうしたんだお前たち。それに、なんで一緒に寝てるんだ?」
「オレたち、おーさまを助けたくて、それで、一緒に寝たんだ」
アテネイがしがみつきながら説明してくれるが、さっぱり意味が分からない。
ルイが恥じらうように体を離し、少しはにかみながらヴラマンクの顔を見る。
「また、王さまに何年も政務をほったらかされるわけには、まいりませんので」
ルイの言葉に、眠りに就く前のダンセイニとの激戦が思い出された。
「俺が寝てからどれだけ経った?」
「王さまがお眠りになって、今日でふた月が経ちましょうか」
「またそんなに寝てたのか……」
ルイがこくりとうなずく。
「それで、どうしてお前たちが一緒に寝ることが俺を助けることになるんだ?」
「オレが……、オレが前に力を使ったときのことを、ルイさまが思い出したんだ」
しゃくりあげながら話すアテネイの声は、ヴラマンクの胸に顔をうずめているせいでくぐもっていた。
ルイがアテネイの髪を撫でながら説明を引き継ぐ。
「ジュール卿との戦いで王さまの力が暴走したとき、アテネイさまが力の暴走をとめたことを思い出したもので。騎士たちにも眠りの力はあまり効いてないようでしたし」
「あぁ、確かに、あの時はアテネイに起こしてもらったが……」
「そのことを思い出して、思いついたんです。アテネイさまの〈
〈
ジュールとの戦いでアテネイに助けられたときも、鐘の音が聞こえた。その音に、眠りを妨げる力があるなら。
「あれほど大きな力をお使いになったんです。また何十年も眠ってしまったら、今度こそ目を覚まさないで、赤ん坊になって消えておしまいになるのではないかと……」
「そうか、心配かけたな」
ヴラマンクが目を細めると、ルイは照れたようにそっぽを向いた。
「ですが、それももう心配ございません」
「おーさま……、オレ、良かった」
涙を流して喜んでいるアテネイの背中を撫でながら、ルイに問う。
「……どういうことだ?」
「毎日、王さまの身長を測っていたんです。この2か月で、2オングルだけですけど、背が伸びていらっしゃいました。もう、若返り続けなくてよいのですよ」
「……え?」
「オレたちと、一緒に年を取れるって、ルイさまが……!」
──驚愕はゆるゆるとやってきた。
2人の力はヴラマンクの体に呪いのようにまとわりつく“
(“
安直な命名に、我ながら苦笑する。
密かに感慨にふけっていると、アテネイが嬉しそうに笑った。
「これで結婚できますね、オレたち」
「あ、アテネイさま? 何をいきなり」
アテネイの突然の告白に、ルイが声をうわずらせる。
「オレ、おーさまと結婚して、ロシュシュアール家を元のように大きくしたいんだ」
目の端から鼻まで真っ赤にしながらも、アテネイはヴラマンクの寝衣を離さない。
「そうか……、俺も普通の結婚が出来るのか……」
考えてもみなかったことだが、何やら心がほんのり温まる気がする。
「お、王さま? いいんですか、アテネイさまで?」
「……どうした? 何を焦っている?」
「い、いえ。ですが、王の結婚などは何かと物入りですし。にぎにぎしくお披露目するとなれば、国庫にも負担がかかりますので。いつものように、思いつきで決めていただきたくないというかですね……」
「ルイさま、オレ、思いつきじゃないです。ずっと考えてたんです……!」
「で、でしたら、ボクにもですね! あ、いや、その……」
真剣な目でルイを見るアテネイ。そのアテネイに、大げさに手を振り、思いとどまらせようとしているルイ。2人を見ていたら、なんだか──、
「あっはっはっはっは!」
なんだか、急に笑えてきた。
ルイとアテネイの2人はヴラマンクをキョトンとして見つめていたが、ヴラマンクがいつまでも笑い続けているのを見て、やがて同時に吹きだす。
「まったく。2か月間、ボクが国王代行を務めた分、特別手当をもらいますからね!」
「おーさま、かわいい……」
顔を赤くして口をとがらせるルイと、にこやかに微笑むアテネイを見て、ヴラマンクは生まれてからこれ以上笑ったことはないくらい、朗らかに笑い続けていた。
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