小さな死
見張り塔の屋上へ駆け上がったヴラマンクとルイは、“
だが、1体だけ、沖合いに浮かんだまま動かない“
「ルイ、あれだ、見えるか? おそらく、あれに“
「分かりました!」
ルイが“
その先端に小さな火球が宿ったかと思うと、火球はみるみるふくれあがり、砦の敷地よりも大きくなった。
大地に降り立つ太陽のごとき巨大な炎は、真下にいるヴラマンクたちを毛ひとつ焼くことなく、静かに輝いている。
「行きますっ!」
ルイはかけ声とともに“
“
その進路に2体の“
「あ、あんな簡単に……」
思わず、ルイが怯えた声を出した。
「チッ、だが、2体倒せたはいいが、火が消えちまったぞ。ルイ、もう1発今のやつ、撃てるか?!」
ヴラマンクが叫んだ、その時、大地が揺れるような轟音が響く。
「王さま、下です!」
途端、見張り塔の下から霧とともに長い首が伸び、ヴラマンクたちを見下ろした。
「まずい、いかずちだ!」
天が割れたかと思えるような轟音。満足に目を開くことすら出来ぬ閃光。
いつだったか、騎士たちを一瞬で焼き焦がした神なる鉄槌は、今はその何倍もの太さの一条の光の奔流となって、ヴラマンクたちを襲っていた。
むろん、ヴラマンクたちに、それを知覚してから躱すすべなどない。しかし、2人がその様子をまじまじと見ることができたのは、竜王の怒りを
「うっ、わっ、ちょっ!」
耳に障る大音声の中で、ルイのか細い声が聞こえていた。なおも竜はいかずちを吐き続けていたが──、ルイの持つ
「ああああああっ!」
剣に体を振り回されていたルイが体制を立て直し、剣を振るった。瞬間、いかずちは
竜は──、“
不審に思ったヴラマンクが1歩進んだとき、“
「
あまりのことに、ヴラマンクはしばし呆然と立ち尽くす。
と、その頭上に、いくつもの巨大な影が下りた。
「王さまっ!」
「……おい! おいおいおいおい!」
轟々と、風がうねる。竜が、頭上を羽ばたいていた。
「あんなの、俺は見たことないぞ!」
190年生きたヴラマンクでさえ知らなかった。“
咆哮。
それに相前後して、竜の全身からポラックのいばらよりも太い、数百もの蔦の槍が伸びる。
だが、
「王さま、ボクの後ろに!」
ルイがひとたび剣を振るうと、2人を死へといざなう数百もの樹槍は、その半ばで切断され、燃え尽きながら塔の下へと落ちていった。
4体の竜が、一斉に霧を吐く。
「おい、ルイ! また──!」
「大丈夫です、王さま」
応じるルイの声は冷静だった。
ルイはただ、頭上に剣を掲げただけだった。
先ほどの数倍もの轟音が響く──!
しかし──、4体の“
その剣の先に、先ほどと同じように、小さな火球がともる。
「いぃ……っ、けぇぇぇぇっっっ!!」
火球はたちまち、天を覆い尽くさんばかりに膨れ上がると、4体の“
大地に生まれたもうひとつの太陽は、まるで海へと没するのが自然の摂理であるかのように──、泰然と進んでゆく。
「あれは……、なんつう力だ」
ヴラマンクが呆れた声を出した。
ルイの放った火球が海に浮かんだままの最後の“
火球の半分が海中に没したころ、“
巨大な力を前に、ヴラマンクも、その力を放ったルイでさえも、しばらくは何も言うことができずに呆けていた。
「……これで、リュードは再び眠りに就くんですよね?」
「あぁ、そのはずだが……」
ルイが力なく尋ねた、瞬間、海とは反対側、サングリアル軍が戦う戦場から怒号と悲鳴が聞こえる。
「王さま、まだ、“
見張り塔の屋上からは敵味方が入り乱れて分からない。
優勢な方がダンセイニ軍だとするなら──、その数は、まだ6000以上はいるはずだ。
対するサングリアル軍は、哀れなほどに少ない。散り散りになった兵士をすべて合わせても、1500に届くかどうかといったところだろう。
「リュードはまだ眠ってはいなかったのです! 早く、加勢に行かないと!」
先ほどの火球ではサングリアル軍もろとも消し飛ばしてしまう。ルイが急かすが、ヴラマンクはルイを押しとどめた。
「いや、いい。行くな、ルイ」
「ですが! まだ戦いは終わっていません! 兵士たちを助けなければ!」
「いいや。もう終わりだ。これでな」
「そんな……! あきらめるのですかっ?」
そう叫んだところで、ルイはヴラマンクが風を集めていることに気づいたようだ。
「え、なに……?」
「ルイ、俺とリュードの『力比べ』の話は覚えているか?」
ヴラマンクの『眠り』の力が強まれば、2人の王は共に眠る。
リュードの『不滅』の力が強まれば、2人の王は共に目覚める。
それは前の大戦の際、2つの“
ヴラマンクが右手に集めた風が暴風のような勢いで辺りをなぐ。
ルイは何か言おうとしていたが、風の勢いが強く、言葉を発することも出来ないようだ。──だが、風の中心、ヴラマンクが立つ場所だけは無風の状態である。
「いいか、ルイ。お前が持つ〈
薄紫色の風はますます勢力を増し、砦の外にまで影響を及ぼし始めた。砦を囲む森の木々が折れ、倒れる音が、断続的に耳に届く。
「太陽の力を借りて、初めて使えるようになる俺の最高の力。“
その力をひとりに向けたことで、魔王リュードさえも100年の眠りに堕とした術だった。
「王っ……さまっ、やめて……、くだ、さ……!」
「ルイ、いいんだ。これが俺の役目だ」
〈
武器庫には、初恋の幼なじみの遺書も入っていた。
しかし、ヴラマンクはその遺書を開けることがずっと出来ないでいる。──答えを知るのが、怖かったから。
(俺を愛してくれていたのだろうか)
思いは、届かないからこそ募る。胸をなぐ郷愁。切ない思いが頂点に達し、ふいに、風が止んだ。
ヴラマンクの手には紫色に輝く光球がにぎられている。それは、極限にまで圧縮された力の結晶だった。
「王さま! 今、力を使ったら、今度は何十年眠ってしまわれるか……!」
おそらく、今この時、リュードの力は極限まで弱まっている。
その状態でヴラマンクが力を使えば、以前のように100年近く眠ってしまうことも考えられた。いや、それよりも、赤ん坊になって消えてしまうほうが先か。
「もう遅い。力はすでに満ちた」
ヴラマンクは右手を高くかかげ、力を開放した。
輝く球形の風が戦場の中心へと飛んでゆく。球体がはじけ、その場を中心に、台風のごとき大風が起こった。
閃く影が、大地をないでゆく──。
「王さまっ!」
ルイが後ろから抱きついてきた。
眼下で“
残ったダンセイニ兵は、1000にも満たないだろう。
「俺が消えたら、リュードは再び目覚める。……その時は、サングリアルを頼む」
ルイの返事はもう聞こえなかった。
ヴラマンクの全身を心地よい疲労と眠気が襲う。それは懐かしい友人に出会ったような、奇妙な懐かしさをともなう感覚だった。
(眠りとは、小さな『死』か……)
この感覚こそが、『死』と呼ばれるものの正体なのかも知れない。足から力が抜け、ルイに抱きとめられる。意識が失われるさなか、ヴラマンクはそんなことを思った……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます