幕間 追憶


 最初の1年は、無邪気に待った。


 いつ起きても良いようにと、王の部屋は常に綺麗に掃除して、体を拭き、日々あったことを報告し、目を覚まさないと見ると、おやすみのキスをして自室に帰った。


「王さま。はやく目をさましてね。おはなししたいことがいっぱいあるの」

 だが、いつまで経っても王が目覚めることはなかった。


 2年が過ぎた頃、ついに父が亡くなった。


 父は亡くなる前、自分が何のために生きてきたのかとこぼすようになっていた。

 本来ならば父が受け継ぐはずだった領地は、ほとんど顔も合わせたことのないような外戚が管理しており、時折、辺境から伝わってくる噂では、外戚はなかなかに悪辣な男で、領民を苦しめては私腹を肥やしているようだった。


「守り導くべき領民をないがしろにして、それでも、王にひと言たりとてお言葉を頂くことはなかった。私の生は一体なんだったのだ……」

 亡くなる数日前、父はそうもらした。


 父の死後、外戚に引き取られそうになったが、迎えの馬車から抜け出して、王の眠る塔に隠れた。王が目を覚まし、そんなところへ行くなと助けてくれるのではないかと夢想して。

 しかし、その時も王は目覚めなかった。


 結局、ペギランのいるローザン家が身柄を預かってくれて、王と離れなくても良いことになった。王は二度と目を覚まさないのではないかと思いはじめたのは、その頃からだ。


「きっと、心がけがいけないから、王さまは目をさましてくれないんだ」

 王が眠る前に言いつけたことを実行しようと思った。


 王は眠る前、ペギランに騎士を増やせと言い置いていたのだ。

 きっと、騎士を今の何倍にも増やすことができれば、王は目を覚ましてくれるに違いない。


 顔見知りの門衛に「兄弟で、騎士になりたがっている人はいない?」と聞くと、彼はおかしそうに笑った。

「弟も嫌がるでしょう。木こりのほうがよっぽど儲かりますから」


 その時になって初めて、騎士はもう民に求められてはいないのだと知った。

 代々続く騎士の家柄であっても、せっかくの若く健康な体があるなら、木こりや大工になったほうが何倍も儲かるのだから。


 誰に尋ねても、何度尋ねても、結果は同じだった。

「そんな騎士になってほしけりゃ、それなりの金を寄越すんだな!」

 酔っぱらった大男に、突き飛ばされたこともあった。


 王家の財政は火の車だった。1人ではどうにもできず、ペギランと共に、騎士たちに支払う給料のねん出に奔走した。

 税を取るのに、地元の豪農に頭を下げて、その足にすがりついたことも一度や二度ではない。決して売り払ってはならないと父にきつく言われていた宝物庫の宝にも、何度か手をつけなくてはいけなかった。


 自分の体のある変化に気づいたのは、毎日給料のねん出に頭を悩ませて1年ほどが過ぎた頃だった。

 驚いて、久しく顔を見ていなかった王に会いに行った。──王は、以前見たときよりもだいぶ若返っていた。


 愕然とした。


 自分は、王の何を見ていたのだろうと思った。

 これから、背も高くなり、体も変わっていく自分と、どんどん若く、小さくなっていく王……。


 外戚が「侍従卿じじゅうきょうの位を捨て、結婚し、役目から解放されてはどうか」としきりに勧めてくるようになった。

 国内全土、果ては海外からも縁談が舞い込んできた。


 それでも、王のそばを離れることができなかったのは、時折、寝返りをうち、聞き取れるかどうかのかすかな寝言をもらす王が、いつか目を覚ますのではないかと、希望を捨てきれなかったからだった。


 ルイは長かった髪をばっさり切って、縁談も全て断った。

 馬を覚え、王都を見下ろす高台にひとりで出向くことが多くなった。100年前にも、王は同じこの高台から王都を見下ろしていのだろうかと思いながら──。

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