宣戦布告
鹿狩りから数日。宮廷には、新たな問題が起こっていた。
「ジュール卿は王家が進める軍備拡張の動きを、王権を強め、地方領主たちの自治権を脅かすものだと、そう主張しているようです」
「まぁ、ありそうな大義名分だよなぁ」
苦々しく答えるヴラマンクに、ルイがうなずいた。
ヴラマンクの改革を良しとせず、大貴族の1人が兵を挙げたのだ。しかも、よりによって、その貴族はサングリアルの4つの鍵を守る
反乱軍を率いるジュール・レーモンは蔵の鍵と糧食を司る、
「さらに、平民を騎士に任じたのはサングリアルの騎士の誇りを著しく傷つけたとして、平民出の騎士から資格をはく奪し、暗愚ヴラマンクは王権を返上せよ、と」
「愚かヤロウめ。聞くわけにいくか。だが、うまくやらないと禍根が残るか」
ルイが続ける。
「ジュール卿から使者が着いたのと入れ違いで、斥候から情報が入っております。騎兵が600、歩兵もそれと同等数いる様子」
「騎兵が600だと? 正式な騎士は450騎だったはずだろ? 自分だって、隠れて騎兵を飼っていたんじゃねーか。何が騎士の誇りを傷つけた、だ」
騎士の誇りを守れという主張と裏腹のジュールの行動に思わず愚痴をこぼす。
「それで、ペギラン。ジュールたちは今どこにいるんだ?」
「ええと……ォ、はい、今はモンフェランのあたりでしょうか」
覇気のない様子でペギランが答えた。
ヴラマンクは小さな声でルイに「どうにかならんのか」と訴える。ルイもまた小声で、「どうにもなりませんね」と応じた。
いつにも増して気弱な
「歩兵がいるなら歩みは遅いはず。あと5日から7日で王都に到着ってところか。ルイ、こっちは元自警団の騎士を合わせても200に届かないよな?」
「大会のため王都に来ていた騎士を集めてはいますが。多くても400人ほどかと」
軍事を司るデグレは自警団を騎士に昇格させることが決まったときに、自分の領地に帰ってしまっている。
近隣の領主から騎士を借りるのは、デグレの協力がなければ難しいだろう。そうなれば、頼りになるのは“
「俺の“
「しかし、王さま? 7年前は町の半分を眠らせておしまいになったではないですか」
不審そうにルイが問い返す。
「あれは力の暴走だからなぁ。狙って出来ることじゃない」
「……左様ですか。まぁ、ジュール卿の軍を眠りに落とせても、王さまがまたスヤスヤと何年もお眠りになられてしまわれるのでしたら、確かにそちらのほうが面倒です。王さまの“
ヴラマンクは、ルイの言葉に密かに嘆息する。
誰にも言ってはいないが、97年前と比べて、ヴラマンクは大幅な力の衰えを感じていた。身体が子供に戻ったことが原因なのか、それとも、他に何か原因があるのかは分からないが、無茶な力の使い方は出来ないだろう。
「おい。今、最も避けなければいけないことは何か分かるか? ペギラン?」
机を指で叩き、若き
「……せっかく増えてきた騎士たちを、むざむざ死なせること、でしょうか?」
「まぁ、それもあるが。そうじゃない。──最もまずいのは農村への被害だ。就農人口が減ることが1番まずい」
「でっ、でも、陛下。騎士を鍛えるのにも、時間とお金がかかるではないですか」
「その騎士が食っているのが、農民の作る小麦であり、パンだ。騎士が戦いに専念できるのは自分が作らなくても飯があるからだろ?」
「はい。それはまぁ、そうですけど」
まだ納得していない様子のペギランに、説いて聞かせるように話す。
「小さな農村なんざ、ちょっとした食糧不足で簡単に全滅しちまうぞ。今は貴族制が崩壊したから、辺境の農村にまで貴族の庇護は行き届いてないし……」
「あぁ。貴族の庇護がないということは、被害の実態をつかむにも時間がかかるということですものね。どの村がどれだけの被害を受けたかが即座に分からなければ、復興にも時間がかかりますし、村を立て直すまで、収穫が途絶えてしまいますから……」
「結果的に、騎士が死ぬよりも高くつくと、……そういうこった。やつら、進軍するにも飯がいるから、農村から食糧くらいは収奪してるだろうな」
苦々しい顔で、ヴラマンクはつぶやく。
同じサングリアルの民に、略奪などの非道な行為はしないだろうと信じたいが、ジュールの率いる騎兵隊はにわか作りで団結心も足りないはず。士気を高めるために、村を襲わせている可能性も、否定はできない。
「で、でも、それこそ陛下。今いる騎士で農村すべてを守ることは出来ません!」
ペギランが悲鳴を上げた。
「ジュールが食糧を求めたら、抵抗せずに差し出すよう近隣の村に通告しておこう。食う物が無くなったら、その分を王家が補填すると」
すると、ルイがため息をこぼす。
「まったく……。そのお金はどこから出すんですか?」
「それは、競技大会の収益から出すしかないだろうなぁ。……まぁ、うまいこと、ジュールを返り討ちにできたら、たんまり賠償金を払わせてやるしかないな」
難しい顔をしているルイに、ヴラマンクは「ひっひ」と笑いかけるのだった。
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