小さな魔風士《ゼフィール》

 居館きょかんのとなりにある教会に、ヴラマンクはペギランと共にやって来ていた。


魔風士ゼフィール”候補は教会に祈りを捧げに来ていたところ、“華印フルール”を試されたという。

 会ってみると、痩せっぽちで、背も今のヴラマンクよりさらに握りこぶし一つ分小さい。


 金というよりも銀に近い縮れた髪を、肩のあたりまで伸ばしている。薄くそばかすの浮いた肌は病的なまでに白く、ほほには青い血管がうっすら透けて見えた。あまりに小さいので年を聞けば、まだ13歳になったばかりだと言う。


「よう、俺がこの国の王ヴラマンクだ」

 改めて自己紹介をすると、小さな“魔風士ゼフィール”候補は首をかしげて問い返した。


「おーさま? 本当におーさまなの?」

 自分の姿のせいで信用されないのにも慣れてはいたが、こんな小さな“魔風士ゼフィール”候補にまで信用されないとなると、多少落ち込む。


魔風士ゼフィール”候補はさらに続けた。


「おーさま、おーさまはなんで小さくなっちゃったの? 悪い呪いにかけられたの?」


「呪いと言えば、そう言えなくもないが……。俺のことは心配には及ばない」


「そっか。なら、いいんだ。オレは、おーさまが無事なら」


 その言葉にふと気づく。

 自分が小さくなったことを知る人間はそうはいない──。


「どこかで見たことがあると思ったら、あの時の少年か」


 妙に品のある顔立ちと言い、美しく輝く髪に空色の瞳といい、間違いない。

 デュードネをさらった男たちの家にいた少年だ。7年前の姿を知っているなら、今の姿で現れて「国王だ」と言われても、にわかには信じられないに違いない。


 ヴラマンクが当時の話をし、ペギランもうなずいて見せると、小さな“魔風士ゼフィール”候補はその話を受け入れた。疑いもなく信じるあたり、純朴じゅんぼくな性格なのだろう。もしかしたら、深いところで何かを感じ取っているのかも知れないが……。


「名前は?」

「アテナイス……。アテナイス・ロシュシュアール」

 ヴラマンクの問いに、まだ幼いと言っていい“魔風士ゼフィール”候補はか細い声で答える。


「そうか、お前、ロシュシュアール家の……」

 意外な名前だった。

 ロシュシュアール家と言えば、90年前は名門貴族の家柄だ。

 だが思い返せば、前の大戦で、その領地は壊滅的な被害を受けていた。それで没落し、食うに事欠いて盗賊稼業に身をやつしていた、ということだろうか。


 ──そして、“魔風士ゼフィール”候補が告げた名前はもうひとつの事実も示している。

「いや、それよりも……。アテナイスって名前……、お前、女だったのか」


 ヴラマンクがそう尋ねると、アテナイスと名乗った痩せっぽちの“魔風士ゼフィール”候補は弾かれたように頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……。オレ、小っちゃいころ、人さらいにあわないよう、父ちゃんに男として育てられてて……。だから、オレ……」

 怯えたような、泣き出しそうな声でアテナイスが訴える。


「あぁ、いや。責めているわけじゃないんだ」

 慌ててアテナイスの背中をなでながら、後ろに立つペギランを振り返った。


「モノはなんだ?」

 小さいアテナイスが『素質』と『適性』を示したという“華印フルール”を、ペギランが老司祭から受け取る。手にした羊皮紙の束と“華印フルール”を照らし合わせ、ペギランが言った。


「は、はい。ええとですね、意匠見本によりますと、〈勝利の釣鐘草フルール・ド・カンパニュラ〉でしょうか」


「おっ、いきなり当たりを引いたぞ!」


「そうなんですか?」


「あぁ。味方の軍を傷から守ったり、騎士たちに普段の何倍もの腕力を与えたりできる。この“華印フルール”を使う“魔風士ゼフィール”がいるのといないのじゃ、戦いやすさがだいぶ違う」

 ヴラマンクは喜色を浮かべてアテナイスの肩を叩いた。


「アテナイス。──いや、アテネイと呼んでいいか? アテネイ、お前には、この国のために働いてほしい。俺の下で“魔風士ゼフィール”となる訓練を受けてほしいんだが、どうだ?」


 するとアテネイは驚いたように目を見開き、口をすぼめるように引き結んだ。少女はしばらく黙っていたが、やがて、意を決したようにうつむきながら話し始める。


「あの、あの、オレ……」


「ん? どうした?」

 ──アテネイはどうやら泣いているらしかった。


(お、俺は、何か泣かせるようなことを言ったか?)


 驚いたヴラマンクは優しくアテネイの髪をなで、根気よく言葉を引き出していく。

「だ、大丈夫だ。どうした、話してみろ」


「オレ……、おーさまに、父ちゃんを助けてもらったんだ……。おーさまは、悪いことをした父ちゃんを殺さなかった。ずっと、ずっと会いたいって思ってた。でも、どこをさがしてもいなくって……。オレ、ずっとおーさまに、会いたかったんだ……」


 しゃくりあげながら話すアテネイは、詰まったように言葉を止めた。そんなアテネイを見てヴラマンクはひそかに苦笑する。


(こんなに泣くとは)


 しかし、冷静に考えれば、まだほんの子供でしかない13歳の少女が、国王から直々の下命を受けるというのは、それほど重大なことなのだろう。それが元貴族ならなおさらだ。


(それに、アテネイには少し、感じやすいところがあるように見える)


 感動屋のアテネイは、ゆっくりと、しぼり出すようにして言葉をつむいでゆく。


「だから、オレ、おーさまの役に立てるならなんだってする。役に立ちたいんだ」


「……分かった。お前には苦労をかけるだろうが、俺に力を貸してくれ」


 ヴラマンクのたったそれだけのひと言が、まるで人生を賭けるに値する重大な言葉であるかのように、アテネイは涙をこぼしてうなずく。


「うん、うん……。オレ、がんばる」


 あんまり感動されて、少し照れたヴラマンクは話題を変えた。

「そうだ、お前の父は今何をしているんだ?」


「父ちゃんは……、今は町の自警団をやってるんだ。町の平和を守るんだって」


「ほう。そりゃいい。自警……」


 と、その言葉に、ヴラマンクの頭の中で弾けるものがあった。


「…………ぅだ」


「あ、あのォ……、どうなさいました? 陛下?」

 しばらく硬直していたのだろう。ペギランが心配したように声をかけてくる。


「陛下?」


「そうだ。うかつだった……。自警団だ」


「自警団が、どうかなさいましたか?」


「これだけの人間がいるんだったら、治安を維持するには騎士に代わって町を守る者がいて当然だ」


「それはもちろん、この王都にも自警団はありますが……、それが、何か?」


 問いには答えず、叫ぶ。

「おい、デグレはまだ帰っていないな? もう一度、宮廷を開くぞ!」


 立ち上がったヴラマンクはアテネイの身柄を老司祭に任せると、居館へと急行した。

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