宮廷会議

 王の目覚めを祝う式典には5000を超す民が集まったが、“魔風士ゼフィール”はいなかった。


 そんな中、サングリアルの宮廷では新たな問題が持ち上がっていた。


 ──もっとも、宮廷と言っても、ヴラマンクの他にルイとペギランとデグレがいるのみである。鍵番騎士かぎばんきしの最後の1人はかなり高齢らしく、腰痛のため、王都に来るのが困難だと報せがあった。


(侮られているんだろうな……)


 97年も眠っていた王が起きたというだけでも、4大貴族として政治をとりしきってきた鍵番騎士たちにとってみれば寝耳に水だっただろう。それがまだ14~5歳の少年ともなれば、信用ならないのも当然だった。


「それで、騎士たちについてですが」

 ルイが羊皮紙の書き付けを見ながら、席を立って発言する。


「王さまの厳しい訓練に耐えきれず、地元に帰る者が続出しています」


「はぁ、茶がうまい……」

 責めるような目つきのルイをしり目に、ちょっとした贅沢を楽しむ。目覚めの祝いに商人から献上されたもので、高級品だが、ヴラマンクはあまり気兼ねせずに飲んでいる。


(もう少し、もつと思っていたんだがなぁ)

 式典のあった日を除いてほぼ毎日、ヴラマンクは騎士たちに稽古をつけていた。最近では集団戦に慣らすため、模擬戦争メレのようなことも行っている。


 そんな騎士たちの出席率が最近、思わしくないのだ。


「聞いておられますか、王さま。多少は手加減をして頂かないと。これでは、誰もついては来れません」


「う~ん、そうだなぁ~」


 ズズっと茶をすするヴラマンクをひっぱたく勢いで、ルイは手に持った羊皮紙を机に叩きつけた。

「王さまっ! 真面目にお考えですか!」


 と、ヴラマンクはルイの眼前に人差し指を立てる。

「……いいか、ルイ。問題はそこじゃない。そもそも、騎士の絶対数が少ないんだ。例え、450人の騎士を全員精鋭に育てあげたところで、サングリアル全土を守り切れるわけがない」


 ヴラマンクは地図立てからサングリアルの地図を取り、机の上に広げた。

「97年前でさえ、人口1万人の王都があって、人口数千人ほどの都市が5つ。数十人から数百人ほどの小さな農村が1000近くあった。ルイ、今は?」


「……単純に考えて、今おっしゃった数のおよそ倍と思っていただければ」


「それをたった450騎で守り切れると思うか? どれだけ少なく見積もったとしても、3000は必要だろう」

 ヴラマンクが一同を見渡すと、うめくような声が室内に響く。


「しっ、しかし! これ以上騎士を雇うのは困難です。今でさえ、王城を警護する騎士たちには、月に金貨13オールしか渡せていないのに……」


 ルイが焦ったような声を出した。


「13オールだと?」

 貨幣の価値も97年前とはかなり変わっているだろうが、現在の貨幣では、成人男性のひと月の食費がおよそ3オールとは聞いていた。


「そのうちの9オールは、家賃や食費として給料から差し引いていますから、実質は4オールでしょうか。……でも、どこの騎士も似たようなものだと思いますけどね」


 多少、言い訳がましいことを言うルイに対して、ヴラマンクは内心で頭を抱える。

(たった5人の城内騎士にさえ、それだけしか払えていないのか)


 すると、デグレがルイの言葉を継いだ。

「あぁ~、王? 王は、軍馬が今1頭いくらするか、ご存知ですかねぇ?」


「いくらなんだ?」

 きっと、自分が思っている数字とはかなりのずれがあるだろうとは予想がつく。


「……安いものでも600オールほどです、な」


「なん、だって?」


「軍馬を調教できる調教師が年々減っていますのでなぁ……」

 ──ずれていることまでは予想がついていたが、その数字は予想以上だった。それは、ヴラマンクが考えていた数字のほぼ倍近い。


「今から、騎士の数を増やしていくということは、軍馬を買えるだけの給料を払わにゃならんということですな? 王のおっしゃる3000人は厳しいのではないかと


 わしにゃ王がなぜそこまでダンセイニを警戒なさるのか分かりません。今のままで特に問題は起きていないのだから、何をわざわざ変えようというのです?」


「……ダンセイニが攻めてきてからでは遅いんだぞ?」


「今は、王の生きてきた時代とは違いますのでなぁ」

 デグレは取りつく島もない。


 これでは、いくらダンセイニや“不滅王レーネ・イモータリテ”リュードの恐ろしさを語ったところで無駄だろう。人間、自分が見聞きしたものしか信じないのだ。


「王が騎士たちに稽古をつけなさるぐらいなら、わしゃ別に構いませんがね。ですが、騎士を3000人に増やすとなると、国政を大きく変えることになります。人が動き、そのうねりが大きくなれば、そこからはみ出す者も、まぁ、現れてくるでしょうなぁ……」


 含みのある物言いに、ヴラマンクは感じるところがあった。

「なんだ、どこかでキナ臭い噂でもあるのか?」


「地方領主や豪商たちは我々の目が届かんところで好き勝手しているようですな。どこにも行き場がない島国ですから、あまり派手なことは出来んでしょうが……」


「どこが一番まずい?」


「さて」


「北か? 南か?」

 デグレの目が、南という言葉にぴくりと反応した。


「南。港町か」


「最近、妙に活気づいているようですな」と、観念したようにデグレがぼやく。


(南の港町……、鍵番騎士の最後の1人が治める領地か)


 デグレの表情から察するに、そういうことなのだろう。

(南の火種が内乱にでも発展したら、北からのダンセイニと、両方を警戒しなければならなくなる。下手に刺激をしたくないが、急がなければダンセイニが攻めてくる……)


 頭を抱えたくなった。


 ──その時、部屋の外で警護の任に当たっていた城内騎士が中を呼ばわる。ペギランが部屋の外に出て行ったかと思うと、すぐさま血相を変えて戻ってきた。


「へ、陛下! お話し中に失礼します! “魔風士ゼフィール”候補が見つかったようです!」


「なんだって?!」

 ヴラマンクは直ちに閉廷する旨を申し付け、部屋を飛び出した。

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