第7話 再会

ジメジメとした路地裏。何かの液体が高温で蒸気となり辺り一体を悪臭で包んでいる。


「何度来ても嫌なところだな……」

「来たことあんの?」

「何度もあるよ、アイツに会えるかもしれないって思ったら」

イエローはかつての親友を遠い景色に映し出していた。

レッドのアジトは地上で経営しているバーの地下にある。表向きは飲食店経営者である。

入口の前にブルーを痛めつけた巨漢の上背をさらに高くしたような男が立っていた。

「ご予約は?」

「特にしてません」

コタニが答える。

「この店は紹介制でしてね。初回の方は……」

「オーナーに会わせてほしい」

コタニが会話を遮る。

「……お名前は?」

「コタニです」

少々お待ちを、と門番が言うと通信端末で誰かと会話を始めた。2度うなずいて通信を終えた。

「ボディチェックを」

1人ひとり丹念に身体をチェックされる。変なことしないでよ、とパープルはぶすくれた。


「ボスは奥の部屋でお客様とカードゲームをしております。周りのお客様に失礼のないようお願いいたします」

室内では酒を楽しむ者、ビリヤードに興じる者、ポーカーやブラックジャックに金をかけては喜ぶ者、頭を抱える者、さまざまな人間がいた。

豪華なシャンデリアの下を通り、数段の階段を上がったところに木目調の扉があった。中からただならぬ重い空気が染み出している。

「この奥でございます」

扉が開かれた。真っ直ぐに廊下が伸び、両側は擦りガラスで何も見えない。奥に進むと大きな水槽があり、虹色の熱帯魚が数十匹泳いでいる。水槽の裏手ではテーブルを囲んで複数の男がトランプの出目に一喜一憂していた。

赤いジャケットを着た男のそばに、拳銃を持った2人の男が立っている。

「久しぶりだな、赤井君」

コタニの声にレッドは顔を上げた。

「ご無沙汰してます、コタニさん」

丸いレンズのサングラス越しにもレッドの目つきの鋭さが分かるほどで、彼の恐ろしさが垣間見える。

「今日はこれでお開きだ、金は受付でもらってくれ」

人払いをすると、レッドは葉巻をくわえた。側近がすぐに火をつける。

「ここではレッドとよんでくださいよ」

「すまない、昔の癖でね」

「それで、何のようです? このヤクザ風情に」

レッドはテーブルに足を乗せた。かかとでスペードのエースが潰れている。

「単刀直入に言おう。グレイを潰したい」

レッドはほぉ、と笑みをこぼしながら足を下ろして前かがみになった。

「それはそれは」

レッドは不気味な笑みを浮かべている。

「死にに行くようなもんですね」

「力を貸してもらいたい」

レッドは火のついた葉巻を凹んだスペードのエースに押しつけた。

「お断りします。俺らのファミリーに犠牲は払いたくないんでね」

「君らにとってヤツらは邪魔な存在だろう」

「ええ、でも何年も問題なくやれています。安全にやっていきましょうって感じで満足してるんですよ」

コタニはため息をついた。

「……あれから10年か」

「長いですね」

「君の志はこの10年で鈍ってしまったんだな」

「あ?」

レッドの口角が下がり、コタニを睨んだ。

「君のやり方にとやかく言うつもりはないが、この世の中を変えるという志はどこへ行った? 満足している? ファミリー? おままごとのためにヤクザ風情を気取っているのかね?」

レッドの側近2人がコタニに銃を向けた。ブラックとイエローが身構える。

「犠牲を払えば世の中は変わるんですか?」

「犠牲はこちらとしても払いたくはない。しかし、このままくすぶっていても何も変わらない。ここでカードゲームを楽しんでいて何が手に入る? 小銭と喧騒とささやかな苛立ちだけ」

側近の2人がリボルバーの撃鉄を起こした。コタニはまっすぐとレッドを見つめる。

「1人も殺したくねぇんだよ……仲間は」

レッドの拳が震えていた。

「こちらも犠牲を出すかもしれない。尊い志のために」

レッドは、天を仰いだ。そしてコタニ達一人ひとりの顔を見た。

「そこのサングラス。名前は?」

「ブルー」

「どっかで見た顔だ」

「会うのは初めてだ」

「サングラスをとれ」

部屋の中の全員がブルーを見た。ここで断ったら命はないだろう、ブルーは悟ったようにサングラスを外した。

「お前は……」

「ミスミの……」

「ハッハッハッ!」

レッドは手を叩いて笑い出した。

「こりゃ驚いた! コタニさん、あんたが恨んでるミスミのとこのぼっちゃんを支配下に置いたんですか? あんたの方こそこの10年で随分と志が低くなってしまったようで」

「俺はもうミスミに棄てられたし、ミスミを棄てた。あそことは関係がない」

ブルーは強いまなざしでレッドを見据えた。

「どうだかね。ここでお前を誘拐して、あいつらを脅す道具にもできる」

「そんなことをしたってあいつらは動かない。あいつらには人間の血が通ってない」

ブルーは自分を棄てた父を憎んでいた。おさめられない怒りがレッドに言葉となってぶつかる。

「……条件がある」

全員がレッドを見る。側近は撃鉄を下ろし銃口を下げた。

「お前が先頭に立つならうちからも何人か出す」

丸いサングラスがシャンデリアの光を受けて輝く。レッドは顎でブルーを指名した。

「試すつもりかね?」

コタニが横から口を出した。ブルーを守りたいという思いが感じられた。

「試すも何も、そのミスミのぼっちゃんが俺らの盾になってくれるなら都合がいいんですよ。最悪死んだってかまわない」

「彼はまだ若い。犠牲にしたくはない」

「いいだろう」

ブルーがコタニを遮り前に出た。


「交渉成立だ」

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