第6話 旧友②

「なぁ、あの問題難しかったよな?」

横田は後ろの席の黒峯に話しかけた。先ほどの国語のテストの手応えを確認し合っているところだった。

「あの問題って、漢字の書き取りだろ? 出納ぐらい書けるだろ」

「何だよ出納って、水筒じゃねぇのかよ」

横田は理科以外の教科がまったくできなかった。

「今朝のニュース見た? ミスミの上水道システムの話」

赤木が話に割って入った。

「ん? 知らん」

「せっかく下水道工事が進んでたのに、全部中止して上水道に一本化するんだってさ」

「下水と上水ってどう違うのよ」

「上水は俺らが飲む水、下水はトイレの水」

「それ一緒にしちゃダメなんじゃないの?」

「そこが新技術らしいよ。上水と下水を混ぜないで、同じルートで洗浄するんだって」

「下水施設建設中止してまでやることかね」

「まぁミスミだし仕方ないだろ」

「それがね……」

赤木は少し考えてから言った。

「その上水道はどうやらおっちゃんちを通るらしいんだ」

「おっちゃんちの地下に?」

「いや、地上に設置するらしい」

「そういえばおっちゃんちの周り閑散としてきてたな」

「おっちゃんも出て行くのかね」

「今日見に行ってみない?」

「いいね」

教室の扉が開く音がした。理科の教師が入ってきた。これからテストが始まる。教室は一瞬にして静まりかえった。


「赤木は?」

「掃除当番で遅れるって」

「言い出しっぺのくせに」

「とりあえず先行くぞ」


大通りに面するコタニ商店。その歴史は古く、創業はコタニの祖父の代まで遡る。戦後まだ間もない頃からいち早く復興に着手したこの街はすぐにたくさんの民家が建ち並び、中国から命からがら逃げ落ちたコタニの祖父は、街の御用聞きとしてコタニ商会を始めた。

いつしか近くを高速道路が通り、国鉄が駅を建てると多くの資本が投下され街はがらっと変わっていった。コタニの祖父、そして父は頑として店をたたまず、その意気に引きずられるようにコタニも今日まで店を続けてきた。


「ここかね?」

生活安全課の警察官が2人組でコタニの店先を眺めている。

「どうしました?」

コタニは2人の警察官を見つけて話しかけた。

「あなた、ここの店主?」

「そうですが」

「ちょっと話があるんだけど」

若い方の警察官がコタニに馴れ馴れしく話しかけてきた。

「実はこの店が若者の公序良俗に反する営業を行っていると聞いてきたんだけどね」

コタニは言葉につまった。ヤツの仕業だ、と思った。

「何をバカなことを。ここはただの駄菓子屋ですよ」

「いや、そうだと思うんだけどね。一応調べさせてもらってもいいかな?」

「かまいませんが」

コタニは2人を家の中に招き入れようとした。そのとき、難しそうにやりとりを見ていた老齢の警察官が口を開いた。

「その必要はない」

「え?」

コタニと若い警官は同時に振り向いた。

「この店はおかしい。たため」

ただならぬ雰囲気に若い警官は何も言わずうつむいた。

「ミスミの手先か?」

コタニの問いかけに老齢の警官は何も答えなかった。

「たため」

「断る」

「言うとおりにした方が身のためだぞ?」

「失うものはないんでな」

「連れて行け」

老齢の警官が顎で若い警官に指示を出した。若い警官は少し戸惑いながらもコタニを拘束しようとした。

「ちょっと待てよ!」

横田がどこからか現れてコタニと若い警官を引きはがした。黒峯も加わる。

「おっちゃんが何したって言うんだよ!」

「裏がとれたな。やはり中高生を商売につかっているようだ」

「何わけわかんないこと言ってんだよ!」

横田と黒峯が警官に襲いかかろうとした。

「やめなさい!」

コタニが一喝する。2人の動きがピタッと止まった。

「補導対象だな。それとも公務執行妨害で2、3日拘置所に入ってみるか?」

「この子達は関係ない。勘弁してやってくれ」

「素直についてくれば手荒なまねはしない」

「わかった」

コタニが両腕を差し出すと手首に鉄の輪がかけられた。

「何でだよ、おっちゃんが何したんだよ!」

横田が泣き叫ぶ。

「心配するな、すぐ帰る」

警官2人とコタニが歩み出した瞬間、黒い何かが若い警官の頬にぶつかった。

思い切り学生鞄を振り抜いた赤木が立っていた。

「なっ……」

コタニの瞳孔が開く。

「この野郎!」

老齢の警官が腰に巻きつけていた太い警棒を取り出すと赤木の脳天に強か振り下ろした。

「てめえ!」

黒峯と横田が殴りかかったが、警棒が2人の鼻先をかすめると2人とも後ずさった。

「これ以上は警告では済まさんぞ」

警官が警棒の先を2人に向けた。

「もうやめておきなさい。私なら大丈夫だから」

老齢の警官が若い警官をたたき起こすと、赤木とコタニを連れてパトカーに乗り込んだ。

翌日、コタニ商店の廃業が決まり、家屋の取り壊し準備が始まった。


「赤木全治1ヶ月だってよ」

「あの時、殺されたかと思ったよ」

「しかも犯罪者の片棒担いだことになっちまってんだろ。くそだぜ」

「あいつの母ちゃん、入院しちまったって」

「あ、母子家庭だったっけ」

「東大入れるかもしれないって塾まで通わせてもらってたのに、一気に犯罪者だもんな」

「医者になって母ちゃん楽させてやりたいってずっと言ってたな」

横田と黒峯はほぼ同時に教室でため息をついた。自分達の身に何もなかったことを安堵している暇などなかった。コタニと親友が捕まり、憩いの場が破壊されたことに、やりきれない憎しみと怒りを感じながらそれらを必死に押し込めていた。


「これから俺達はどこにいればいいんだろな」

横田がぼそっと口に出した。

「この世の中はどうなっちまうんだろ」


次の土曜日、横田の家のポストに宛先人不明の封筒が入っていた。

「Y地区AB通り3-4、マンホールの下で待っています」

コタニの筆跡など知らなかったが、その手紙が誰からのものであるかは何となく分かった。すぐに黒峯に連絡をとる。

<俺の家のポストにも入ってたよ、すぐに行こう>

次に横田は赤木に電話をかけたが、彼は応答しなかった。少し戸惑ったが、横田の胸は高鳴りすぐに家を飛び出した。


「ここだよな」

高架下、バラックとバラックの間にそのマンホールはあった。

「マンホールって重いんだよな、持ち上がるかな」

横田が指1本がようやく入るマンホールのくぼみに人差し指を突っ込むと、いとも簡単にマンホールは動いた。

「これ、鉄じゃねえな。段ボールか?」

彼はマンホールを持ち上げてくるくるとまわした。暗がりでよく見えないがさわり心地は紙のようだった。

「行くぞ」

2人は何も見えない地下へと進んでいった。

ひたすらに一本道を歩いていると奥に光があった。眩しさに目を凝らしていると、老人が1人椅子に腰掛けているのが見えた。

「おっちゃん!」

2人の声に老人はにっこりと笑って応える。

「待っていたよ」

「おっちゃん、こんなとこで何してんの?」

「少し考えたんだが……」

コタニは頭をかいた。

「この世の中が狂い始めている気がするのだよ」

「ん?」

「日本を救いたい、子供達のために」

コタニは頭をなでた。

「力を貸してくれないか?」

2人は頷いた。

「あのさ、赤木は?」

「あれから学校にも来なくなっちまって」

「赤木くんには申し訳ないことをした。元気でいてくれるといいが……」


横田は中学、高校を出るとコタニとともに地下で暮らし始めた。黒峯は大学に通いながら2人を支援していた。そんなある日のことであった。薬物を売りさばいていたゴロツキを逮捕し、帰ろうとする2人の背中から声がした。


「久しぶりだな」

2人が振り返るとサングラスをかけ、真っ赤で短い髪の毛を逆立てた男がいた。

「……どちらさん?」

「おいおい、忘れちまったのか?」

男はサングラスを少しずらして目元を見せた。

「……赤木!!」

赤木は抱きつこうとする2人を手で制した。

「やめてくれよ、感動の再会なんて」

「なんでだよ! どこ行ってたんだよ!」

笑顔の2人に冷淡な表情で赤木が応える。

「あれからいろいろあったよ。周りからは犯罪者呼ばわりされて。母親も苦労して苦しんで死んじまった」

「……」

「気づいたんだよ、この世の中はおかしいって。たった一握りの金持ちのために多くの罪のない人間が苦しむ。狂ってるんだよ」

「赤木、俺達は……」

「俺は俺のやり方でこの世の中を変えてみせる」

赤木の目は血走り、狂気を感じさせた。

「もう赤木なんて呼ばないでくれ。俺は名前を捨てたんだ。俺はただの色だ。ただの赤い色。レッドだ」

「お前、今何してるんだ?」

黒峯が問いかける。

「ミスミをつぶすために、あのどでかいビルに大穴を開けるために、仲間を集ってる。いつか……いつか革命を起こす」

そう言うとレッドは去っていった。それ以来彼の姿を見ることはなかった。



「後になって分かったが、アイツも地下で大勢を組織して暴れまわってるらしい。直接的な破壊活動はやめたが、政治家の汚職、警察との癒着、賭場の元締め、アコギなことして国を破壊しようとしている」

「そんなヤツらに力を借りるの? 頭下げろって? 絶対イヤよ」

パープルは手をひらひらさせ、反対の意を示した。

「当たって砕けたくないんならソイツらに頭下げるしかねぇってことだ」

「彼らのアジトは分かってるんですか?」

「あぁ、幸か不幸かグレイとレッドは縄張り争いで仲が悪い。協力してもらうにはうってつけだ」


「彼はわれわれを受け入れてくれるだろうか」

コタニが腕組みをしながら言った。

「今の話を聞いててもこっちを敵対するとは思えないけど?」

「なんだかな……アイツには頭上がんねぇよ」

イエローは複雑な胸のうちをどうにか言葉にした。

「俺、行きます」

ブルーは手を挙げた。レッドは信頼できる人間に思えた。

「当然、ワシも」

「俺も。なぁ、ブラック」

「無論だ」

「……行けばいいんでしょ? 行けば」

彼らの目的のため、全員がレッドとの共闘を望んでいた。

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