偉大なる竜の後継者
さちさん
第1話
「お前達には世話になった。この浮遊国(カーライル)は、私の死とともに地上に降りる事になっている」
世界の五大陸のうち、中央大陸を統べていた竜帝は、二千年にわたる生の後に寿命によって命が消えることを受け入れていた。
竜帝がこの世に生まれて、憎しみから竜という種族を滅ぼしたのはもう神話と呼ばれるほど昔のことだった。その頃、人が住めたのは中央大陸だけだったので、竜帝は中央大陸の一部分を竜がもつ精霊を統べる力をもってして空に浮かべた。それが浮遊国(カーライル)だった。
浮遊国(カーライル)は、竜が姿を消した後に数が増えた人という弱い種族を守った。それを知っているので、国が興っても人間たちは浮遊国に住む竜帝とその側近である魔術師達を守護者として敬った。
「竜帝陛下……」
竜帝に仕えてきたものたちは、皆一様に悲しみに身を震わせる。
「この身が朽ちれば、中央大陸は混乱に陥るだろう。だが、それも歴史のうちに過ぎない。私はこの浮遊国(カーライル)を北の大陸との間に浮かべることにした。私は、お前達にこの土地を与えることに決めている。自分の守りきれるだけの土地を得るがいい――」
竜帝の側近達は、竜帝が決めたことに従うべく、行動を起こすことにした。
魔術師達は、自分達に従う精霊を従えていた。その精霊達が過ごしやすい場所が、彼らの求める場所であり、そこを得ることが竜帝の遺言なのだ。
「エド、私は貴方の国に行こうと思います」
銀の髪と紫の瞳の魔術師は、そういってエドワードの横に立った。
「アレク。お前はお前の土地を得るべきだ――」
金の瞳の瞳孔は黒、竜帝の血を引くものだけが得るといわれている魔術師の特徴的な色彩は肉食獣のような怖れを見るものに与えるが、アレクシスはそこに気遣うような色をみてとった。
アレクシスも長い付き合いだから、エドワードが、心配してくれているのがわかる。
「私は竜の血はひいてませんし。そういう面倒なことはエドに任せます」
竜の血を一滴もひいていない魔術師も数多くいる。この世界には前時代の支配者であった竜と人の血をひくものと、普通の人間の血しかもたないものと、異世界から移住してきたといわれている魔族の血を引く者達がいる。生命的にどう考えても交わるはずがない三種族は、神の悪戯なのか子孫を残す事が可能だった。
竜帝には、一人だけ子供がいた。その子は人間と魔族の王の間に生まれて神子として崇められていた女性との間に生まれた。ただし、竜としての力も魔族としての力も受け継いではいない。丈夫で長命ということ以外にそれらしきものはなかった。
「俺もそっちにいくわ――」
漆黒の髪に蒼い瞳の男は緩慢な動作で、エドワードの横に立った。
「ちょ、ちょっと待ってください。貴方がこっちに来るなら私が貴方の補佐をします」
エドワードは引きつらせた顔を隠しもせず、漆黒の男を見上げた。背の高い優雅な立ち居振る舞いは、王者の風格をかもし出している。それもそのはずで、この男が竜帝のただ一人の息子なのだ。
「俺は補佐の方が向いている――。どうせ一緒に国を興すなら、長く一緒にいられるほうがいいしな」
「やりにくいですよ。もう、まったく……」
エドワードは、嫌がるそぶりでそういいながらも、竜帝の息子、ハルレオンを受け入れた。
「うわ~、男だらけじゃない――。エド、もてもてね」
両脇に華麗で荘厳な男二人を従えて、エドワードは溜息と共に声のした方を振り返った。
「ルーナ、お前もくるか?」
エドワードはなじみの魔術師に声をかけた。
「んー。止めとくわ。私達の相性はいいけど、精霊たちの相性は最悪だしね」
ルーナと呼ばれた女は、金の緩やかに背中に伸ばした髪を纏めながらそう言った。女の精霊はエドワードの精霊と相性の悪い火だった。昔やりあって、大爆発で湖を潰して竜帝に酷く怒られた事がある。
「そうか――。そうだな」
残念そうに呟くエドワードに笑いながら「いつでも会えるわよ」と言い、颯爽と去っていった後姿を未練がましく見つめていると、両隣からポンと肩を叩かれた。
「「エド、女はルーナだけじゃない」」
でも……とエドワードは両脇を交互に眺めて、溜息をついた。
女かと見まごうばかりのアレクシスと、男とはこうあるべきを体現しているハルレオンに挟まれて、俺に春は来るのか? と思わずにはいられない。
「「さぁ、行こう」」
持っていたナイフで手の平を切り、血を大地に垂らして契約をする。
「我が血を契約の糧に。我が契約に従う者達の望む地へ。我が魔力の続く限り――」
契約の陣が金に光るのを見届けて、アレクシスとハルレオンは陣の中に入った。エドワードは、長く暮らした城を寂寥感で一杯になりながら、「さよなら」と別れを告げた。
その二日後、竜帝の悲報を自らの契約が受理されたことで、エドワードは知る事となる。
偉大なる竜の後継者 さちさん @sinonomesati
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