第28話 三発殴って隕石を砕け ソニックブラストマン その1

 目が覚めるような鮮やかな赤いドレスに身を包んだ桜子は、まるでメイドロイドにそうさせているような、肩まで伸びた黒い髪をきっちりと跳ね上げてつるっとしたおでこを見せてシルバーの髪留めできゅっとまとめ、灰色の瞳がよく映える目元を際立たせる明るいメイクを決めて、いつもの黒縁眼鏡と違ってメタルフレームの眼鏡を鈍く輝かせ、それでいて眉毛をきりっと寄せて眉間にシワを作った勝負師の顔をしていた。


「ホテルの部屋を2ランク上げてやる。何だったらスイートルーム取っちゃおうか?」


 なだらかな肩が剥き出しになるアメリカンスリーブのドレスのためか桜子の華奢な身体のラインがよく解り、特に胸元の平らなラインのストレートでソリッドな感じが本人も気に入らないようでちょくちょく胸に手を突っ込んで膨らませていた。ショートラインのドレスは膝上丈で花のようにふわっと広がって、低重力のせいで歩くたびにふわっふわっと羽ばたく鳩のようで、ストライプの入った黒いストッキングと赤いハイヒールで飾った細い脚を見せびらかすように大股に闊歩する桜子。


 ヨーロッパ人に特に人気があるこのカジノでは、周りに大柄な人間が大勢いるだけに背が小さめの桜子がどんなにドレスアップしても、女子高生が精一杯背伸びした格好をしているという風にしか目に映らなかった。


 ちなみに「ギャンブルの経験は?」と彼女に聞いてみた。


「『オホーツクに消ゆ』でブラックジャックをマスターした」


 と、鼻を膨らませて答えた。これはホテルの部屋のランクどころか、ディナーも回転寿しクラスまで格下げしなければならないな。


 僕にエスコートを強要して意気揚々とブラックジャックの台に向かう桜子に、ちょっとトイレに、と僕は桜子の手を振りほどいた。


「じゃあ先に行ってチップの山を築いてるね」


 と、桜子は何の疑いもなくハンドバッグをぐるぐると振り回して歩いて行った。気合い入り過ぎだ。あれじゃいいカモだ。


 さて、この月のラスベガスと呼ばれる豊かの海の観光都市にやって来たのはもちろんカジノで遊ぶためだ。


 険しい山々や深いクレーターのある豊かの海は月の原風景を楽しむ観光エリアとして開発されたが、いつしかアメリカ資本のカジノホテルが集中して建つようになり、月でも静かの海と並ぶ人気の旅行スポットとなっていった。


 桜子には旅行資金の補充のためとか言って旅行プランにこのカジノを加えたんだが、実は僕はとある目的があってここへやって来たんだ。


 マサムネの情報が古いものでなければ、このカジノにはとびきりのお宝が眠っている。それも常人にはただの古臭い子供の玩具だが、僕らレトロゲーマーにとってはまさに垂涎の的のレアアイテムだ。


 桜子を見送ってから、僕はトイレへは向かわず、カジノの隅っこにあるゲームコーナーへ足を向けた。


 そこはきらびやかなカジノの中でもここだけ時の流れから取り残されたようなセピア色した空気が漂っているようで、レトロなデザインのアーケードゲーム筐体が肩身を狭そうにして並んでいた。


 ギャンブルで熱くなった頭を冷やすためか、ちょっとした息抜きの場所のような穏やかな雰囲気で電子音が静かに聞こえてくる。


 それでもここもカジノに違いはない。ちゃんと賭けが行われる筐体もある。僕はその一角に歩み入り、このエリアを仕切っているディーラーと思われる若い黒人黒服に目配せして、ある筐体の前に立った。


 あった。筐体の側に景品コーナーがあり、様々な景品達の中で一際光り輝いているレアアイテムが僕を待っていた。


 ニンテンドーセットと名付けられたその景品は、ファミコン本体、光線銃、ファミコンロボット、そしてファミリーベーシックと専用キーボード付きと言う伝説級のセットだ。

 ファミコン本体はもう何台目だってくらい持ってるからまあいいとしても、ディスプレイに向かってガンガン撃ちまくる光線銃に、何をどうやって遊ぶかまったく謎のファミコンロボットだ。こんなの再販されていたのかってレベルの超レアな一品だ。しかもそれに加えてファミリーベーシックとくる。ファミコン本体にBASICという言語でプログラミングができる脅威の周辺機器だ。専用キーボードだなんて、コレクターじゃなくても手に入れるべきアイテムだ。ネットオークションでだって滅多にお目にかかれない幻の品だ。

 もちろん時代的に考えてオリジナルではない。それでも正規販売ライセンスを取ったメーカーが作った再販商品だ。十分価値があるレアアイテムだ。マサムネの情報は正しかった。


 景品のレートを確認する。レベル5、最難関レベルをクリアすれば、あのニンテンドーセットをゲットできるのか。


「やあ、君は日本人だな。日本人ならこいつがとんでもないレベルのアイテムだって理解できるだろう?」


 黒人ディーラーが僕の肩に手を添えて言った。


「いや、言葉にする必要はないぜ。そのショーウインドウのキラキラしたトランペットを見つめる少年のような目を見ればわかる」


 とても知的な笑顔を見せるディーラーだなと思った。スキンヘッドで引き締まった身体付きをしているが、すごくフレンドリーな空気を醸し出していて精悍な顔立ちのイメージとかけ離れた甲高い声が合間ってすぐに友達になれそうなタイプだ。


 というか、僕は今どんな目でこのニンテンドーセットを見つめていたんだろう?


「ちょっと古いアイテムになるが、なんてったってこのカジノが出来てから誰もまだ成し得ていない挑戦だからな。チャレンジする価値はあると思うぜ」


 僕はふうと深く息を吐いた。いざとなると、少し緊張する。これは通常のビデオゲームじゃない。プレイヤーの身体を使うゲームだ。


「俺はここを取り仕切っているディーラーのジョッシュだ。君はコレクターなのかな? 一発、いや、三発やっていくかい?」


「僕はコータ。カンバラ・コータ。レトロゲーマーだ」


 僕は桜子のドレスに合わせた真っ赤なネクタイをぐいっと緩めた。


「そのためにここに来たんだ」


「その台詞を待っていたぜ。こいつも君に会うために今まで誰の手にも落ちなかったんだ」


 僕はその筐体の前に立った。ゲームはパンチングマシン『ソニックブラストマン』だ。

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