第29話 その2
「ルールはシンプルだ。君はこいつを三発殴る。その三発の合計数値がノルマをクリアしたら、君はヒーローだ」
ソニックブラストマンは高らかに笑ってそうな感じでどんっと胸を張って腰に手を添えていた。一見して古いアメコミヒーローか、懐かしきアベンジャーズの一員かと思えるコスチュームのヒーローだが、れっきとした日本製のヒーローだ。
とにかくどんな相手だろうとパンチ三発で勝ってしまうスーパーヒーローだ。しかし言い方を変えればパンチ三発で敵を倒せなければ敗北の苦汁を飲まされる短期決戦型ヒーローでもある。
「パンチ三発で350tだ。コータ、遠慮はいらない。ぶちかましてやれ」
「任せろ」
僕はディーラーであるジョッシュにチップを支払い、専用のグローブを受け取った。賭けは成立した。あとは三発で決めればいい。
ジョッシュがもったいぶった仕草で筐体にコインを入れ、ゲームをスタートさせる。大袈裟な音を立てて赤いパンチングパッドが立ち上がった。
ソニックブラストマンはパンチ力を競うだけのパンチングマシンではない。これはアクションゲームだ。ゲームが要求するプレイをプレイヤーは的確に入力すればいい。
『さあ、今宵もまた一人のチャレンジャーがやって来た! その名もカンバラコータ!』
と、いきなりジョッシュがマイクパフォーマンスを始めやがった。
「えっ」
『一人のニホンジンが地球の危機に立ち上がった! 彼はサムライか、それともニンジャか!」
「ちょ、ちょっと待って。あんまり大声出さないで」
カジノホールは結構広く、ジャズの生演奏やら各スロットマシンなどが派手な音を鳴らしたりとやたら騒がしい。しかしその騒がしさを軽く飛び越えて響き渡るジョッシュの甲高い声。これはちょっとまずい。桜子に聞かれてしまう。僕は今トイレにいるはずなんだ。
『ん? 何故だ?』
マイクで増幅されたさらに甲高い声で聞いてくるジョッシュ。
「え、えーと、ほら、集中しないと」
『オーケイ。さあ、……今一人の男が立ち上がった。おのれの拳にすべてを賭けて……!』
抑えめの低めの声を甲高く叫ぶと言う器用なことをやってのけるジョッシュ。その声に誘われてか、じわじわとギャラリーも集まってきてる。これはさっさと決めちまった方が得策だな。
「もういい?」
グローブをはめた腕をぐるぐる回して聞いてみる。放っておくといつまでもマイクパフォーマンスを続けそうだ。
『……一発目、行ってこい、コータ!』
ああ、もう、だから名前を叫ぶな。
『地球に隕石が接近! 三発なぐって隕石を砕け!』
ゲーム画面に地球が映り、そしてそこへ突っ込んでくる巨大隕石が現れた。この隕石を三発で殴り砕けば、ニンテンドーセットは僕のものだ。
目標数値は350t。もちろん単位はトンじゃない。これはゲーム内単位だ。ソニックブラストマンのようにパッドを殴り倒して数値を測定するパンチングマシンは、実はパンチ力ではなく、パンチによって倒れるパッドの速度を光学センサーで測って数値化している。
ちゃんと下調べしてきた。ゲームの攻略はまず敵を知ることから始めないとな。
ゲーム内単位の350tをクリアするためにはバカみたいな腕力はいらない。必要なのはインパクトの瞬間のスピードだ。
パンチスピードを上げるには、少し助走を取って勢いよく殴りつければいい、と思うだろう。おそらく、このゲームにチャレンジした猛者達もそうしたはずだ。だから敗れ去った。誰もニンテンドーセットに手が届かなかったんだ。
グローブと筐体はロープで結ばれている。だから自然とそのロープの長さの分だけ後ろに下がり、出来るだけ助走の距離を取りたくなってしまう。だがそれは罠だ。
ここは月だ。地球の六分の一しか重力がない月面だ。月面で強く踏み込んで走ればそれだけ身体が上に浮いてしまう。ベクトルは前に向かない。力の入らない腰が浮いた状態で放たれたパンチは上を向いてしまい、たとえ強力な腕力をもってしてもパッドを押し倒すスピードは殺されてしまう。
月では月の戦い方がある。それを知らなかった敗北者達はソニックブラストマンになれっこない。
僕は腕を軽く曲げた状態でぎりぎりパッドに近付けて立ち位置を調整した。足は動かさず、腰の回転でパンチを突き出すんだ。
左足を筐体に近付け、斜め45度くらいに向き直り、腰に回転エネルギーを溜める。右腕のグローブは顔の側。照準を定めるように左腕を突き出して、一気に右腕を前に押し出し、打つべし!
「シィッ!」
歯を食いしばって息を強く吐く。自然と声が漏れた。肘を曲げた姿勢を固定したまま腰に溜めたパワーを解放する。身体が回転して右腕が前に突き出される。まだだ。腕を伸ばすのはまだ早い。
身体が真正面を向き、真っ直ぐパッドを見据えたまま右腕に乗せた回転エネルギーを一直線に伸ばす。グローブがパッドに触れる瞬間。勝負の分かれ目はそこだ。僕はソニックブラストマンになるんだ。
インパクトの瞬間。右肘を真っ直ぐに伸ばす。左腕を強引に後ろに引いてやり、腰をさらに回転させて右腕にその力を乗せる。
まだだ。まだ月のパンチは終わらない。拳を身体ごと強く押し込む。全身をバネにするんだ。足で月の大地を蹴り、身体を前に押し出す。倒れるパッドに拳を押し当てたまま全身を伸ばしてパッドを押し倒すように殴り抜ける。
パンチがパッドを貫く重低音が空気を切り裂くように鳴り響き、その波に乗るようにジョッシュの甲高い雄叫びがカジノホールに響き渡った。
『イヤァッ! ゴウッ、ゴウッ、ゴオォーッ!』
僕は桜子を探した。ちょっと時間かかってしまったけど、たぶん問題なく誤魔化せるだろうって軽い気持ちで。
桜子はすぐに見つかった。一際鮮やかな赤いドレスと、大胆過ぎるほど大きく開いた背中がいい目印になった。ていうか、背中見せ過ぎじゃないか? ドレスの下に何も身に付けていないとわかるぐらいに肩甲骨から背骨のラインまでツヤのいい肌色がちょっとセクシーに見え過ぎている。
「おまたせ。調子はどう?」
僕は桜子の背中をガードするように彼女の真後ろに立った。
「遅い。随分と盛り上がっていたみたいですけど、何があったのかしら?」
やっぱり聞こえちゃったか。ジョッシュの声が通り過ぎるのがいけないんだ。
「いやねー、トイレ混んでてさー、ちょっとブラブラしてたらー、ディーラーに捕まっちゃってー」
「ふーん」
桜子はちらっとこっちに振り返って、すぐ台に向き直り、そして思いっきり僕を二度見した。
「なに、それ?」
僕の手にはファミコンの箱、光線銃の箱、ファミコンロボットの箱、そしてファミリーベーシックキーボードの箱が山積みとなっていた。
「うん。偶然これが景品でさー、当たっちゃったからさー、仕方なくもらったの」
桜子がじろりと目を細めて睨み付けてきた。
「まさか、コータくん。ファミコンが欲しくてこのカジノに来たの?」
「いやいやー、偶然だよー、偶然。偶然、です」
透き通った灰色の瞳が僕を強く見つめる。
「怒らないから、ほんとのこと言いなさい」
「……ハイ。これが欲しかったの」
駄目だ。桜子の目ヂカラには敵わない。
「ふうん、まあ、いいわ。ちゃんと狙った獲物を仕留めたとこは評価してあげる」
そしてブラックジャックの台に向き直り、桜子は数秒考えるように俯いてからディーラーにもう一枚のカードを要求した。
手元のチップの具合を覗き見ると、どうやらオホーツク仕込みのテクニックは本場のカジノでは通用しないようだ。
さて、今夜のディナーはどうしよう。
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