第27話 ムロフシ氏、颯爽と現る ザナック
「一発打つのに一人39,800円ってちょっと高過ぎない?」
「40,000円に設定しなかっただけ良心的ではあるけどな」
「しかも保険なしだし、後から文句いいませんって誓約書にサインだし、無茶苦茶もここまで来ると清々しいわ」
「文字通りの投げっ放しだな」
機内には二人掛けのシートが二列横に並び、その列がずらっと数十セット詰め込まれていた。定員は240名ってことだが、席はけっこう埋まっていて、発射前の緊張感が乗客達のざわめきから感じ取れる。
「窓もけっこう大きいし、このいかにも貨物船って内装も安っぽいし、強度的にほんとに大丈夫なの?」
窓が大きいってレベルじゃない。船の天井はほぼ強化プラスチックと分厚いアクリルの窓だ。月面の星空がよく見える。地球の海の上を走る船のような開放感がある。
「大気がないから空気抵抗を考えなくていいし、低重力だからそこまで加速させる必要もない。この程度の貨物船で十分だよ」
それに桜子、君は一つ勘違いをしている。僕達が搭乗しているのは貨物船じゃない。ましてや旅客機でもない。
僕達は弾丸に乗っているんだ。これからマスドライバーで月から吹っ飛ばされるんだ。
『只今よりマスドライバー『ムロフシ』の発射シーケンスに入ります。お手元にお荷物、お飲み物等がございましたら、お座席前シートのポケットにおしまいくださいませ』
発射前の注意アナウンスが流れ、船内に満ち満ちていた緊張感がさらにピリッとしたものに切り替わった。桜子がペラペラとめくっていた旅行雑誌と飲みかけのコーヒーボトルを慌ててシート前のポケットに押し込んで、もたつく手でジッパーを閉じながら言う。
「ムロフシって何なのよ、ムロフシって」
「この小型マスドライバーは日本製なんだよ。完成した時に名前を公募したら、何でもモノを遠くに投げるんならこいつしかいないって人の名前がつけられたらしい」
「何者だ、ムロフシさんって」
「知らない。きっとすごい人だろ」
電磁投射砲、いわゆるレールガン式のこのマスドライバー『ムロフシ』は人間を輸送することも想定して小型化されていて、他社のマスドライバーと比べてその魅力は何と言っても輸送コストの安さにある。
僕達の次の目的地、豊かの海まで旅客機で行けば2時間でチケット代は10万円を下らない。バスで行けば3万円程度だが18時間以上かかってしまう。そこでムロフシさんの出番だ。ムロフシさんにぶん投げてもらえれば旅客機並みの時間で到着し、費用もバス並みに抑えられる。うちの会社でもよく利用させてもらっているマスドライバーだ。
豊かの海の通称「月のラスベガス」まで、マスドライバー体験ツアーという名目の打ち上げだが、文字通りの弾丸ツアーだな。
船内が一度大きく振動した。船体が二本の電気伝導体レールに挟まれたんだろう。ざわついた船内が一瞬で静まり返った。
さっきまでやたら饒舌だった桜子が口を真一文字に結び、灰色の瞳を右へ左へ落ち着きなく泳がせている。両手は六点式シートベルトをあちらこちら触って確かめて、ファミコンカラーのミニスカートから伸びる例のCMの静電気防止ストッキングに包まれた脚はピシッと揃えられてふくらはぎに力がこもっているのが丸わかりだ。
「サクラコ、ひょっとして、怖い?」
このマスドライバー『ムロフシ』の魅力はコストの安さだけではない。もう一つの売りは、恐怖だ。地球上のどんな絶叫マシンでも成し得ない超級のG、最大級の加速、月面だからこそ体感できる重力からの解放。もうワクワクが止まらない。
「コ、コワイナイ」
「何語だそれ」
『カウントダウン開始。10、9』
「はやっ。ココロのジュンビがー」
『8、7、6』
「諦めろ。力を抜け。目は開けていろ」
『5、4、3』
桜子が僕を涙目で見つめて言った。
「……サヨナラ」
『2、1』
「なにそれ」
『ゼロ』
発射。そして猛烈な加速。
頭が低反発ヘッドレストに押し付けられる。まるで目に見えない手に身体全部を押さえつけられているようにシートに身体がめり込んでいく。視界が後方にぶっ飛んでいくように歪む。
二本のレールと船体の電位を相転移させ段階的に加速度を高めるため、と言っているが、絶対設計者が楽しんでデザインしたであろう、三回転半の捻りが船体に加えられ、僕達の上下は逆さまになった。
そして天井のクリアな窓が最大限の効果を発揮する。僕達の頭の上を月の地面が猛スピードで吹き飛んでいく。
そこからさらなる爆裂的な加速だ。血が、内臓が、筋肉が、どんどん押し下げられるのを感じる。魂さえも身体という器から零れ落ちてしまいそうになる。
この加速。このG。僕のソルバルウ号でも出せないスピードだ。たまんねえな、おい。
僕はふとザナックと言うゲームを思い出した。シューティングゲーム史上最速と言われる超高速スクロールを。頭上をものすごいスピードで飛んでいく月面がまるでオーロラのように揺らめいて見えた。
マスドライバー『ムロフシ』を体験する上で大事なマナーがある。それは、あらん限りの大声で叫ぶことだ。吼えることだ。
「ヒャッハアアーッ!」
「いにゃああああっ!」
数分後、僕達は優しさに満ちた無重力に迎えられる。両手両足がぷかりと浮かび、全身の筋肉が弛緩するのを感じる。
「サクラコ、大丈夫か?」
「何か、出そう」
桜子は弱々しく呟いた。
「……上から? 下から?」
「いや、魂的なのが抜けていきそう」
「それなら構わない。存分に解放しろ」
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