第18話 クリスマス女子会 スーパー桃太郎電鉄3

 退かぬ。媚びぬ。省みぬ。


 とても古い漫画から学んだ教訓だ。私のメイドロイド調教にはこの三本の柱がメイドとしてと言うよりもむしろロボットとしての存在意義の支えとなっている。言わば私なりのロボット三原則だ。




「ルピンデルさん、ジュースのお代わり注ぎますよ」


「あ、ヴィーシュナちゃん、大丈夫。これくらい自分でやるよ」


「いいえ、私はジュースの美味しい注ぎ方を知ってるんです。私にやらせてください」


 主たる人間の甘い言葉に惑わされることなく自らのコマンドにこそ忠実であれ。




「ヴィーシュナちゃんってコントローラを足に置いてるの? 床に置くとしっかり固定できるよー」


「ミナミナさん、アドバイスありがとう。でも私って足でリズムとってるので、この方がやり易いんです」


 自らのプロシージャは護るべき絶対の砦である。たとえ人間が発令したコマンドとの齟齬が発生しようとも、一貫性のある手続きこそタスクをより効率的にこなせるスキルとなる。




「ここで私のターンが回ってくるなんて、これはもうこの物件を買えと言ってるようなものですね」


「前も無理して買って結局大赤字に転落したろ。学習しな、ヴィー子」


「前は前、今は今です。チャレンジする価値はあります」


 過去の事例、前例などは参考するに値しない。イレギュラーの事象も積み重なれば慣例となる。今こそただ一度きりのミッションと捉えて事に挑め。




 クリスマスだってのに、私の部屋に女三人とロボ一体が集まって、ワイワイとスーパーファミコンの桃太郎電鉄をプレイだ。月面でも平均よりはちょっとランクが上の部屋でも、さすがに三人と一体でカーペットに直座りすれば窮屈さを感じてしまう。


 もはや哀しみとか淋しさとか、そんな人間的でメランコリックな感情なんてアルコールに融解されて、ただただ私の冷蔵庫の食糧やお酒を消費する活動になっている。


「しっかしヴィーシュナちゃんはほんっといい子だねー。メイドさんとしてうちにも一人欲しいわ」


 ミナミナがスーファミのコントローラを振りながら言う。腕の動きは画面の中のサイコロとシンクロし、しかし出目の方は期待通りには行かなかったようで大袈裟にガックリと頭を下げた。


「そんなこと言われたら、私、本気でメイドさんの修行しちゃいますよ」


 ヴィー子はニコリと笑顔を作って見せた。


「サクラコと同じ笑顔のはずなのに、どうしてこうも属性が違うのかしらね。ヴィーシュナちゃんは光属性で、サクラコは闇属性ね」


 ルピンデルが言う。さらっとトゲのあること言うルピンデルも闇属性値が高いに違いない。


「いいえ、ルピンデルさん。正確にはサクラコさんが光で、私はその影に過ぎないんです。私こそ闇属性ですよ」


「3Dスキャナで完璧にデータとって私の顔を再現しているからね」


 メイドロイドと肩を組んで見せる。私はいつもの黒ジャージに寝癖頭、黒縁眼鏡だが、メイドロイドのヴィー子はファミコンカラーリングの白ジャージ、髪の毛も癖のないストレートヘアをきっちり揃えて流し、人間だったら数分で足が痺れて悶絶しそうな角度に脚を斜めに崩して柔らかく座っている。


 那須野・ヴィーシュナ・桜子。私の名前だ。ロシア人の祖母がヴィーシュナという名前をくれた。私はアンドロイドへその誇り高い名前を譲り、メイドとして育てている。ヴィーシュナとはロシア語で桜。しかしながら、名付けてから自身と同じ名前だというのが何かとこんがらがり、今ではヴィー子と呼んでいる。


 ヴィー子のターンが回ってきた。コントローラをミニスカートの太ももの上に置き、目押しするかのように画面の中のサイコロをじっと見つめている。えいっととても小さく声を出してボタンを押し、出目の分だけ数字を読み上げながら自キャラを進める。やがて分岐点に達し、少しだけ考えるように小首を傾げて、そして目的地への最短距離ではないルートを選択した。


「それにしてもロボットとすごろくゲームをするなんてね。演算能力だけ見れば最強レベルのCPU戦に挑んでるようなものじゃないの」


 ルピンデルが言うことはもっともだ。演算だけで考えればロボットに人間が勝てる訳がない。しかし桃太郎電鉄は単なるすごろくゲームではなく、そしてヴィー子はシンプルに演算処理をするロボットではないのだ。ルピンデルの脳とヴィー子の人工知能との性能差によるハンディキャップはないものと思ってくれなくては。


「とは言ってもー、なんだかんだでルピンデルが勝ってるのはなんでかなー?」


「そうですよ。私なんて、ほら、貧乏神さんをずっと引き連れているから、もう大赤字の火の車です」


「ヴィー子はちょっとチャレンジし過ぎか? 寄り道ばかりしてるからキングボンビーが離れないし」


 桃太郎電鉄はすごろくの強さ、つまりサイコロの出目の良さだけで勝てるゲームではないとヴィー子も認識している。勝つ者が勝つべくして勝つゲームだ。だからこそ無駄とも思える寄り道をしてみたり、利益率の低い物件を購入したり、様々な手を試しているのだ。しかし、それでいてこの大赤字だ。高度な演算能力がすごろくという要素に対してまるで役に立っていない証拠だ。もっとも、私がそうなるようにと調教したのだが。


「でもほんとロボットとゲームしてるってよりも人間と遊んでる気持ちになるねー」


「確かにCPU戦とはまた違った面白さだけども、サクラコ的にはこれでいいの? 人工知能の意味が失われているよ」


 ヴィー子はニコニコしてミナミナとルピンデルを見つめている。これでいい。これがいいんだ。


「いかに対人戦を再現出来るかってのが私のテーマだからね。いい感じに育ってる」


「ところでさ、ヴィーシュナちゃんがこんなにゲーム面白く出来ちゃってさー、コータがホンモノよりロボットに夢中になっちゃったらどうすんの?」


 ミナミナがぐいっと私に身を寄せて言った。何を言い出すかと思えばそんなことか。


「それはないよ。コータくんはちゃんと解ってる、はず」


「そのコータはいまどこで何してるの? クリスマスだってのにサクラコ放ったらかしてお仕事? ミナミナの言う通りだよ。しっかり捕まえとかないとどっか飛んで行っちゃうような男なんだから」


 ルピンデルが言う。当のコータくんは今頃地球と火星の中間軌道港に向かっているはずだ。たった一人で。いつも一人で。クリスマスだからって何か特別なことをしようってタイプの人間じゃない。どうせあの三人組でバカみたいにオンラインゲームでもしているんだろう。


「ちゃんと将来のこととか考えてるの?」


 ルピンデルが親戚のおばさんみたいなことを言い出した。スーファミのコントローラ片手に熱く語り出す。


「この先、サクラコはずっとメイド喫茶で働いてくの? コータのために管制オペレータとしての能力を使うとか考えてないの?」


「私が店に出てる訳じゃないよ。メイドロイドのオペレートしてるんだよ」


「コータは二人のことどう言ってるの? 結婚のこととか、ちゃん話し合ってるの?」


 ルピンデルの思考がぶっ飛んだ方向性を示してきた。話題が飛躍的に脱線していく。桃太郎電鉄のプレイと同じく、堅実でしっかりと未来を見据えるルピンデルらしい飛躍っぷりだ。ルピンデルもぐいっと私ににじり寄る。


「そーだそーだ。サクラコとコータはこの先どうなるの?」


 ミナミナはルピンデルとで私を挟み込み、ニヤニヤした顔で問い詰めてくる。


「そうだな、もしコータくんが結婚したいって言うなら、私に断る理由はないけど……」


「けど……?」


「あの狭い宇宙船で4週間とか10週間とか引きこもって、ひたすらにゲームばっかしてるような生活は……」


 私とコータくんが結婚したとして、たぶん、そういう超長距離宇宙単独航行のような人生が待っているだろう。さすがの私もそれは無理だ。あれは神原航太という人間が持つ特殊能力だ。


「……うん、拒否する」


「でしょー」


「なんかコータがもっと待遇のいい会社に転職するとかさ、こう逆転の一手ってないものかな?」


「逆転の一手と言えば」


 私達の会話を黙って聞いていたヴィー子が不意に口を開いた。一対一の対話ならある程度自然に交わせるが、複数人のテンポの早い会話への乱入はまだまだ実力不足だと思っていた。どこか会話の取っ掛かりとなる重要なキーワードでもあったのだろうか。


「桃太郎電鉄における今の私の大赤字という劣悪な状況を打破できる逆転の一手があるんです」


 ミナミナとルピンデルが私をサンドウィッチしていた状況でのヴィー子のこの言葉だ。私達人間三人は思わず姿勢を正して一体のロボットに向き直った。


 ゲームはヴィー子のターン。トップのルピンデルとの差は数百億円ある。ヴィー子の人工知能はついに桃太郎電鉄の完全攻略法を見出したのか。


 私と同じ薄い灰色の瞳で、私達をちらっと何かを確認するように見てから、ヴィー子はちいさく「えいっ」と掛け声を上げてスーパーファミコンのリセットボタンを押した。一片の迷いもなく、最短距離で腕を伸ばして。


「あっ!」


「ちょっと!」


「うっそー!」


 ヴィー子は私と同じ顔なのに、私には到底真似できそうにない舌先をぺろっと出す可愛らしい笑顔を作って見せた。


「手が滑っちゃった。もう一回最初からやりましょ」


 これが所謂てへぺろという奴か。初めて見た。


「サクラコ、何を教えたの?」


 ルピンデルがジロリと私を睨む。


「いや、私は何もしてないし」


 アンドロイドがゲームに負けそうになり、自発的にリセットボタンを押した。ロボットが人類に反旗を翻す日も近いな、と私は内心ほくそ笑んだ。


 やるじゃないか、ヴィーシュナ。

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