第6話 密閉ロストテクノロジー ドラゴンクエスト2 その1
僕の目の前に小ぶりな箱がある。
無重力空間に浮かぶ黒い箱。両手で持ってイヤな奴の後頭部を殴るには最適な大きさの黒い箱だ。
旧世代のゲームハード、ゲームキューブにゲームボーイのソフトが遊べるように外付けのアタッチメント、ゲームボーイプレイヤーを装着したくらいの大きさの立方体だ。見た目柔らかそうな丸みがあり、しかしその表面は硬さには定評のあるモノカーボン繊維でみっちりと編み込まれていて、そしてずしりと重い。
「ゲームキューブとかいうのってこれくらいの大きさだったよな」
僕とおんなじこと考えてたか。つや消しの真っ黒い小箱を挟んで向かいに浮かぶマサムネが言った。
「ゲームキューブには持ち運べるようとってが付いてたらしいけど、これはほんとただの箱だな」
マサムネはソフトモヒカンをさっと整えて、その手で偏光塗料のせいでただでさえ黒いモノカーボン繊維がさらに真っ黒に見える小箱を持ち上げようとする。力の作用点を見誤ればこっちの身体が動いてしまうくらい質量がある。うまく持ち上がるか?
「なんで髪を触ったんだ?」
このイギリス籍の男は何かと髪型を気にする。さらっとした金髪がつんっと軽く立てられたソフトモヒカンは一分の隙もなく、この無重力空間でも乱れることなくそそり立っている。
「儀式だよ、儀式。それに相応しい逸品だ。コータも敬意を払えよ」
「知らないよ。さっさと持ち上げろ」
「ニホンジンこそ格式を重んじるんだろ?」
「なら僕は異端の日本人でいいよ。ほら、早く」
マサムネは眉間にしわを寄せて僕をひと睨みし、黒い小箱をそっと持ち上げた。少し力が入ってしまったんだろう。マサムネの身体がちょっと浮いた。
「文字が見えるだろ? ニホンゴか?」
黒い小箱の底に、正確には下を向いてた箱の正面には小さな日本語がプリントされていた。それはこう読める。ドラゴンクエスト2、と。
それがネットオークションに登場した時、全宇宙のゲームコレクター達に今世紀最大級の衝撃が走ったらしい。
1987年に発売されたファミコンソフトの現物が出品されたのだ。100年以上前の本物のファミリーコンピュータのゲームカートリッジだ。考古学者にとってはファラオのサイン、恐竜研究者にとってはトリケラトプスのフン、映画マニアにとってはルーク・スカイウォーカーが食事シーンで左手に握っていたスプーン。そういうレベルのレア中のレアなアイテムだ。
今までにそういったブツが出品されなかった訳でもない。ただ、そのほとんどが偽物だった。質の悪い模造品だったり、外側だけきれいにコピーして中身が空っぽの詐欺まがいのものだったり、ごくたまーに本物が出品されたりもするが、もはや遊べるものではなく色褪せてそれが何のゲームか判別が不可能なほどボロボロのカートリッジだったりする。
それが今回はどうも事情が違った。亡くなった曽祖父の遺品を整理していた出品者が見つけたもので、二つの幸運がそのカートリッジをネットオークションへと導いていったようだ。
一つ目の幸運はその出品者がゲームにまったく興味がなかったこと。なのでそれがどれだけ貴重で価値のあるものか知らなかったのだ。そして二つ目の幸運は当時の技術レベルで考えられる最高の保存方法が施されていたことだ。禍々しいまでに真っ黒い保存ケースだったので逆に捨てられずに済んだのだ。
そのオークションを知ったレトロゲームミュージアムで働いているマサムネ・ガードナーが、このゲームカートリッジを全人類の遺産として博物館に展示すべきだと僕にオークションへの参加を持ちかけてきたのだ。
マサムネは僕がまだ第一線の宇宙船パイロットとして輝いてた時代の元同僚で、僕が退社するきっかけとなったとある大事件で莫大な財産を手に入れたのを知っている数少ない証人だ。
激しい入札の応酬の末に、月面都市多層構造マンションの一室が買えるくらいの金額でミュージアムがカートリッジを落札し、僕が落札額の7割出資したので一番最初に遊ばせてもらえる権利を得たのだ。
何故僕がそんなにお金持ってるのか、そしてとある大事件とは。それはまた別の機会に。
ところで、ゲームコレクターには2種類の人種がいる。まずは僕のようなゲーマーだ。ゲーマーはとにかくゲームで遊ぶことを意義とする。それが最新のゲームだろうが、前世紀の古いゲームだろうが、とにかくゲームで遊びたいのだ。
もう一種類はコレクターだ。マサムネはこちら側に属する人間だ。コレクター達はゲームというアイテムをやたら所有したがる。それのレアリティが高ければ高いほど所有する価値が上がるらしい。オリジナルに限らず、限定数量の販促品なんかもコレクションの一つに数えられる。
このゲームソフトはゲーマーにとってもコレクターにとっても貴重過ぎるレア物だ。やば過ぎる絶滅危惧種だ。
「開けるのか?」
マサムネは黒い小箱を僕達の間に浮かばせて、うまく縦軸を固定したままゆっくりと横回転運動を加えながら言った。
「そりゃあ開けるさ。箱を開けなきゃ遊べない」
ちょうど僕の目線の高さでゆっくりと回る黒い小箱。その向こう側にマサムネの眉毛をへの字に曲げた顔がある。
「何て顔してんだよ」
「もったいねえなあ。この箱そのものもすげえ資料的価値があるものだぞ? ロストテクノロジーと言っても過言じゃない代物だぞ?」
「お金返してくれたらこのままミュージアムに寄贈するよ」
この一言でマサムネはおとなしくなった。そりゃそうだ。マサムネは1円も出してない。僕は大口の出資者だ。僕に意見する権利すらないぞ。付き合いで船に乗せてやってるだけでもありがたく思ってくれ。
「異論はないな。開けるよ」
運送会社の貨物船パイロットとしての立場を利用して、オークション出品者からダイレクトに品物を引き取ったその帰り道に早速開封だ。ゲームを買ったらその帰り道に速攻で開封するもんだろ。
「せめて開封作業の記録映像だけでも撮らせてくれよ」
マサムネはタブレットPCを取り出して黒い小箱の真上に配置した。それじゃあ僕はファミコン本体を用意するか。ファミコン誕生100周年記念モデルだ。オリジナルファミコンを忠実に再現した赤と白のコントラストが機能美を見せつけてくれる骨董品だ。
「ずいぶんと年季の入ったの引っ張り出してきたな。ちゃんと動くのか?」
「メンテにぬかりはない」
ここは僕が管理している宇宙貨物船の居住区だ。太陽系を駆け巡る運び屋にとってはもうそれは自分の生活空間となり、当然のように古今東西ありとあらゆるゲームハードが揃ってる。ファミコンだけで3台ある。動かないの合わせると5台だ。
「よし、いいぞ。開けてくれ」
すっと髪を整えてマサムネが偉そうに言った。
2030年代に急成長を遂げた宇宙ビジネスの中でもとびきりユニークだったのがスペースタイムカプセルサービスだ。特殊な処理が施された保存ケースを小型人工衛星に搭載して地球周回軌道上に打ち上げてしまう大掛かりで贅沢なタイムカプセルサービスだ。『あなたの思い出のコーラもいつまでも飲める状態で宇宙保存します!』という斬新なキャッチコピーで打ち上げたものの、国際宇宙航行法に抵触する恐れがある、って言うか、どう考えても危険なデブリをばら撒いてるだけだろって話になって事業開始からはや三カ月でサービス廃止、企画会社は倒産。
そのおかげで元の持ち主の思い出がたっぷり詰まったこのカートリッジは、保存処理は施されたものの宇宙へ打ち上げられることはなく、巡り巡って僕の元へやってきて、再びファミコンへとセットされることとなったのだ。
ドラゴンクエスト2。リメイク版や復刻版などは相当遊んだけど、オリジナルファミコン版は初めてだ。今からワクワクが止まらない。やっぱりゲームはパッケージを開ける瞬間こそ至福の時だ。ダウンロード版じゃあ味気なさ過ぎる。
「で、どうやって開けるんだ?」
「大丈夫。ちゃんと調べてあるよ」
数十年前にたった三ヶ月だけ存在した謎の企業が開発した謎の技術が施された謎の保存ケースだ。その解除方法も一筋縄ではいかない。
「まず外側のモノカーボン繊維は偏光塗料が塗られてて光を完全にシャットアウトするっぽい」
「だな。見たところ継ぎ目らしいのはない。完全に密閉された箱だ」
マサムネの言う通りこの黒い小箱は一見して表面にとっかかりになりそうな継ぎ目もボルトやナットなどの痕跡もスイッチ状のデコボコもない。ミクロの繊維でみっちりと編み込まれているので一面のっぺりとしたつや消し黒だ。
「外からの光学的な刺激は遮断。と言うわけで、カギは中にあるらしい」
「中? 超長期保存を目的としてるんだから電池とかは使ってないはず。電波とか、電気的な信号じゃあないな」
いい読みしてるマサムネ。僕は開け方を知ってるので、この圧倒的優位な状況を少し楽しむとするか。
「ヒントは、この偏光仕様のカーボンは光は通らないが熱を通す」
「熱、ね。形状記憶合金の鍵か?」
上から目線って奴を楽しもうと思ったが、マサムネは一発で正解を言い当ててしまった。
「あっためればいいのか? って、コータ、何で顔しかめてんだ?」
別に。しかめ面なんてしていないさ。とりあえず、保て平常心、だ。
「知らないよ。正解は、そう、あっためるんだ」
「一発で当てられて悔しいのか?」
「知らないって」
「別にいいさ。で、どうあっためるんだ?」
「摂氏73度の環境で3分間待つんだってさ」
「微妙な高温だな。お湯でも沸かすか?」
「いや、お湯だと一定温度を3分も維持できない。オーブンで焼く」
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