第5話 その3

 ゲーマーとしての片鱗を見せつけてくれた桜子だったが、やはりダライアス2初プレイと言うのは本当のようであっさりとゲームオーバーになり、それでも彼女なりのゲーム哲学「コンティニューしないプレイ」を貫いて僕のプレイを横で眺めていた。


 彼女なりのゲーム哲学とやらに「他のプレイヤーの邪魔をしない」と言う項目はないのか、あれこれと喋りかけてきては僕のプレイを掻き乱してくれたけど、まあそれはそれで今日初めてのデートらしい会話だったので良しとする。


 そして程なくして僕もゲームオーバーになり大型二画面連結ディスプレイが暗転すると、真っ暗な画面の中に桜子の横顔が浮かんで見えた。少し首を傾げるようにして僕を覗き込んでいるその横顔は微笑んでいる。


 ちらり、横目で確認してみる。桜子はじいっと黒縁眼鏡の向こうから僕を見つめ、僕と目が合うとコンパネに片肘を付いて低い声で言った。


「楽しそうにゲームしてる」


「実際楽しいよ」


 そう言ってから、僕は慌てて付け加えた。


「ごめん。放ったらかしだったか」


「ううん。コンティニューしない主義だからいい。それよりも、女の子放置してゲームに夢中になっちゃうデートなんてあり?」


「ダメか?」


「うーん、割と楽しめてる。今までで一番いいデートかも」


「なんだ。じゃあいいや」


「もっかいやりたい。コイン入れてよ」


「はいはい」


 僕は筐体に連コインしてゲーム画面に向き直った。ディスプレイに映る桜子はまだ僕を見つめている。


「あ、そうだ。サクラコさんにお願いしたいことがあったんだ」


「私に?」


 そんなにじっと見つめられ続けたら照れてしまう。とりあえず桜子の意識をゲームに向けるために、僕は今日のデートの本来の目的を彼女に告げた。


「実はさ、僕はサクラコさんの声が好きなんだ」


 びくんと震える画面の中の桜子。慌てた様子で画面に向き直り、まだゲームは始まってもいないのにコンパネをカチャカチャといじりまわす。


「何、急にそんなこと言って」


「急でもいいだろ。好きなんだから」


「うるさい。ゲームに関係ない」


「いや、それがあるのさ。これ聞いて」


 僕はスタートボタンを押した。ダライアス2をもう一度最初からプレイだ。オープニングデモが始まり、耳に残る印象的な音楽が流れ、例の台詞が聞こえてくる。


「このキャラの台詞。よく聞いてて」


 レーダーに反応あり。など、オープニングデモとともに英語でのナレーションが続く。


「……なに、これ。何が欲しかったって?」


 キョトンとした顔を見せる桜子。しかしゲームはすでに始まっている。いつまでもそんな顔してるとあっという間に墜とされるぞ。


「ほらほら、お魚の敵機襲来」


「わっと、まあ、確かに魚介類をモチーフにした敵だけど、出撃するって時にこんなこと言う?」


 桜子機はすぐに体制を立て直し、縦軸を小刻みにずらしながら飛来する小魚達を一機も漏らさず撃ち落とす。さすがはゲーマー桜子。


「さあ? でさ、この台詞をサクラコさんに言って欲しいんだ」


「ええっ?」


 桜子は今度は画面から目を離さずにリアクションを取った。さすがはゲーマー桜子。


「僕の好きな声で、この名台詞を聞きたくって君をデートに誘ったんだ」


「あんたはバカかっ?」


 こっちをチラッと見て、またゲーム画面に集中して、桜子はゲームとツッコミを見事に両立させて僕を睨みつけた。


「ゲーセンに誘って、ゲームの台詞を言わせるデート? あんた幾つよ?」


「サクラコさんと同い年だよ」


 あっさりと答えてやる。桜子の声が聞きたくてデートに誘ったのは本当だ。一緒にゲームで遊びたかったし、それがデートの目的だって胸を張って言える。そもそもやましい気持ちはないし。


「アッハハハハッ!」


 桜子が急に肩を震えさせて笑い出した。このフロアにいる全員が振り向きそうな大声で、一緒に笑いたくなるような気持ちのいい笑顔で。


「笑っちゃってごめん。でも、ほんとにそんな理由でデートを?」


 まだ腹筋がプルプルと震えているようで声が上ずっている。


「うん。君の声が好きだから」


 今度は僕が桜子を見つめてやる番だ。ゲーム画面と桜子の頬が赤く染まった顔とを交互に見つめる。


「恥ずかしいからヤダ」


「えー、ここまで言わせて断るか?」


 桜子もゲーム画面をチラチラと見ながら僕を見つめてくれる。


「じゃあ、こうしよう。この一機で、私より先に進めたら、何でも言うこと聞いてあげる」


 さらっととんでもないことを言ってのけた桜子はコントロールパネルに柔らかくしな垂れかかり、少し上目遣いに僕と視線を絡め合わせてきた。


「先に墜ちた方が、負け。ね?」


 もうすぐステージボスが現れる。巨大戦艦急速接近中とゲームも叫んでいる。そんな時にこんな瞳で見つめられたら、もうボスどころじゃないぞ。


「ねえ、私を見て……」


 桜子は身体を斜めに傾けてコントロールパネルに体重を預けるようにして僕に顔を向け、黒縁眼鏡の奥の澄んだ灰色の瞳に僕を映している。僕もゲーム画面から桜子へ視線を向け、彼女の顔を真正面から見据えた。


 僕と桜子はお互い無言のまま見つめ合い、やがてステージボスの音楽が流れ、猛烈な弾幕が僕達を襲った。そして僕の自機はボスのレーザーを被弾してあっけなく爆発した。


「はーい、私の勝ちね」


 画面の中では桜子機がゆっくりと縦軸移動をしながらボスの弾幕をかいくぐっていた。


 そうか、周辺視野か。


 桜子は左座席の1P側に座っていた。右座席の僕の方へ顔を向ければ二画面連結の右画面がぼんやりと見えるはずだ。右画面にはボスがいたので、いわば弾幕の発生源だ。桜子は敵弾の発射元が見えていた。それならば自機が見えていなくても軸をずらして弾を躱すことができる。それに引き換え僕が周辺視野で見ていたのは左画面、自機がいる画面だ。敵弾はいきなり目の前に現れる。避けられる訳がない。桜子はそれを知っていて、こんな賭けを仕掛けてきたのか。


「じゃあ、カンバラコータくんは私の言うこと何でも聞いてね」


「えっ? 何かそれ違うぞ?」


 桜子機がステージボス撃破。ゲーム復帰した僕の自機はふらふらと頼りなく弾幕から逃げ回ってるだけだった。


「おんなじ。カンバラコータくんが勝てば私が何でも言うこと聞くってことは、私が勝ったらカンバラコータくんは私の命令に従うって意味でしょ?」


「さっきそんなこと言ってないだろ」


「イヤならいいよ。もう帰る。言うこと聞いてくれるなら、晩ご飯も付き合ってあげる」


 さらに条件が追加されたような気もするが、実際にハンデはあったもののブラインドゲームで桜子が勝ったのは確かだ。桜子のプレイをもっと見たいし、ここはいったんこの条件を飲んでおくのもいいか。


「わかったよ。で、何? 何か欲しいのでもあるのか?」


「晩ご飯奢って」


「はいはい」


 そういえば、ちらっと腕時計を覗く。まだ晩ご飯には早いが、まだまだゲームで遊んでいたい時間だ。そして桜子には九時で帰ってしまうと言う噂があったはず。


「今からだと、ゆっくりごはん食べると九時過ぎちゃうけど、いいか?」


「いいよ。今日は早く帰ってゲームしなくてもいいし。ここでいっぱい遊ぶから」


 デートで夜九時前に帰ってしまうのは単にゲームをしたかったからか。ヘヴィーゲーマー確定だ。


「ふうん。で、何か食べたいのある? 行きたいお店とか」


 桜子は低くて甘みのある声で言った。


「I ALWAYS WANTED A THING CALLED TUNA SASIMI. OK?」


 気が付けばあれから二年の月日が流れ、ゲーセンデート以来、桜子は宇宙港のパイロット達からのデートの誘いを断るようになり、そして僕は未だに桜子の言うことを聞き続けていたりする。何をどう間違ったのか。

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