第4話 その2
レトロゲームミュージアム。宇宙大航海時代においても、まさしく僕らレトロゲーマーの聖地だ。現存しているコンピュータゲームと名のつくものをすべて集めることを意義とした個人経営のゲームセンターだが、収集展示している前世紀のゲームハード、各種ソフトウェアはその資料的価値からもゲーマーだけでなくコレクターからもまさに奇蹟の所業だと賞賛されている。
ファミコン誕生以前のゲームも含めて、もう物理的に存在すらしていない古いアーケードゲームですらオリジナルデータを過去の記録動画から修復し、ゲーム筐体から自作してワンクレジットで遊べるようにしているゲームセンターだ。
「わあ! 来たかったんだ、このお店!」
意外にも今日一番のリアクションを見せてくれる桜子。
昼間っからワイン頼んでも大丈夫そうな小洒落たイタリアンで遅めのランチ、季節感なんて微塵もない月面では珍しく季節を演出しているファッションビルでウインドウショッピング、抹茶スイーツが評判のカフェでお喋り、とまあタウン情報誌がオススメしそうなデートコースも、僕にとっては退屈なものだったが、すべては桜子をこのゲーセンに誘うための布石のようなものだったのだ。一般的な女性には無縁なレトロゲームセンターにいきなり誘うような無粋な真似はさすがの僕でも遠慮したい。
「サクラコさんがゲーセンに興味あったなんて意外だな」
しまった、と言うように眼鏡の奥のキラキラさせた瞳をそらす桜子。このリアクションも予想外だ。
「あー、ほら、私だって時間つぶしにスマホでゲームしたりするしー。そういえば、カンバラコータさんのゲーム好きはオペレーター女子の噂話でもよく聞くかな」
何か話題をすり替えようとしてそうな桜子の話し口だ。もっさりとした黒髪をわさわさとかき上げながら視線をこちらに合わせようとしない。
「へえ、オペレーター達の間で僕の噂話がされてるなんて嬉しいな」
「カンバラコータさんの操船技術は私達も一目置いてるよ。離着港を担当するとすごい楽できるって。だからみんなカンバラコータさんの担当をしたがるし」
「さっきからフルネームで呼ばれるのが気になってるんだけど、なんで?」
「なんか言いやすくない? カンバラコータって」
ゲームミュージアムに入店。店に足を踏み入れた途端に僕達は電子音のカオスに包まれる。それぞれのゲーム筐体が奏でるBGMがぐちゃぐちゃに混ざり合い、まるで複数の外国語を一気に聞いているみたいに断片的なフレーズが耳に入ってきて、それでいて一つの楽曲のようなリズムに変わってくる。
「さあて、一緒に遊びたいゲームがあったんだよ」
僕は両替機にクレジットカードを挿し入れてとりあえずゲームコインをたっぷりと買った。ゲームするのにいちいちこのコインをインサートしなければならないレトロな演出だ。
「私にも出来るゲーム? そんなにゲームで遊んだことないよ」
入店した時から一際目立つ筐体があった。モニターが二つくっついたような大型筐体でベンチスタイルで二人横に座ってプレイ出来るシューティングゲーム。もう名作中の名作で、筐体から自作して再現されたゲームミュージアム自慢の名機だ。
「ダライアス2だ。知ってる?」
「知らない」
だろうな。もしも知ってるだなんて言われたらこの場でプロポーズしたいくらい理想の女性だ。
「やればすぐにわかるよ。ただ敵を撃てばいいゲームだ」
「そうなの?」
そう言って桜子は自然な流れで1プレイヤー側に座った。僕は2プレイヤー側に座り、早速コインを2枚落とし込む。
「難しいルールはないよ。敵に弾を当てて、敵の弾を避ければいいんだ」
「うん、わかりやすくていい」
ゲームスタート。モニターとスピーカーとベンチシートが一体となっている筐体のおかげですごい臨場感のある音楽と効果音が楽しめるゲームだ。オープニングミュージックからズンズンと腰に響くサウンドを奏でてくれる。
「こんなでっかい画面でゲームするの初めて」
桜子がジョイスティックの感触を確かめるように、ブランデーグラスを持つみたいに左手の手のひらを上に向けて中指と薬指の間にスティックのボール部分を置いてカチャカチャと大きく回して動かし、右手人差し指と中指とでピアノの鍵盤を叩くように交互にショットボタンを連打した。
「ちょっと待て」
「ん? 何? ゲーム始まっちゃうよ?」
ダライアス2の大型筐体に座る那須野・ヴィーシュナ・桜子。筐体にすっぽりと収まりそうな小柄な身体でぴんと背筋を伸ばしてベンチシートに腰掛け、コントロールパネルに両手を添えてキラキラした灰色の瞳で二画面ディスプレイを見つめている。スラム街で育ったみすぼらしい少年がショーウインドウに飾られた金ピカのトランペットを羨望の眼差しで見つめてる的なとても絵になる風景だ。
しかし、なんだこの違和感は。
「サクラコさん、実はゲームやり込んでるでしょ」
「……何のことかしら?」
ジロリと僕を睨む眼鏡の奥の灰色の瞳。
そして沈黙。静かにゲームのオープニングが流れて、主人公達の通信の台詞がやけにクリアに聞こえてくる。
「ゲームで遊ばないとか言ってる人が、ブランデー持ちとかピアノ撃ちとか、そんなコンパネ操作しないよ」
「……ふうん」
軽快な音楽とともに餌に群がる小魚のように敵機襲来。桜子機は敵機との横軸をずらしながら華麗に撃ち落としていく。とても初心者とは思えない動きだ。
「で、あんたも私の噂を垂れ流すの?」
桜子の声のトーンがもう一段階低くなった。横目で僕を見ながら、僕が取ろうとしたパワーアップアイテムを掻っ攫う。ほんとにダライアス初プレイか、と疑ってしまうほど自機に迷いがない。
「まさか。やっとデートが楽しくなってきたって言うのに」
「楽しくなってきた?」
「うん。今日のデートの目的地はこのゲーセンだったんだよ。でも女の子をいきなりマニアックでレトロなゲーセンに誘うってのはちょっとセンスないでしょ」
とんがった魚の形をした中型敵機が放つレーザーをギリギリ引きつけてピアノ撃ちの小気味いい連打音を聞かせてくれながら桜子は言った。
「確かに。カンバラコータさんらしくない退屈なデートだと思ったわ」
「やっぱり? 僕も退屈だった」
「自分で言うな」
横二画面分のフィールドを大胆に縦横無尽に飛び回る桜子機。おかげで敵弾がうまく散らばってくれてこっちも動きやすくなる。この機動は素人のものじゃない。これはもうゲーマー確定だ。
「それにしてもサクラコさん上手いな。ほんとにダライアス初めて?」
「ダライアス、はね」
意味深なことを言った桜子は横に座る僕にちらっと笑顔を見せてくれた。今日一番の笑顔で、管制オペレーターしてる時ともまた違った柔らかい笑みだ。
「そういえば噂がどうとか言ってたね。確かにあんまり良くない噂を聞いたことあるよ」
「もう、それそれ! つまんないデートしやがったから途中で帰ったらそれだ。オトコのくせにみっともない」
「それはサクラコさんが悪いと思うぞ」
「ああ? だってつまんないんだよ? 一緒にごはん食べたくらいでもう彼氏面してくるし、結局自分の自慢話しかしないし」
桜子のプレイが荒ぶってきた。自弾の軸がぶれ始め、着弾を収束させらない。二人同時プレイなので一人がゲームオーバーになればこっちも一気にやられてしまう。ここは落ち着け、那須野・ヴィーシュナ・桜子パイロット。
「一回目のデートだってのにいきなり酔わせようとしてきた奴もいるし。どこ連れてくつもりだったんだか」
「誰彼構わず誘いに乗るからじゃないか?」
「恋愛に関しては、私でいいって言ってくれるなら別に誰でも良かったからとりあえずデートは断らなかったの。そしたら、ここのパイロット達ろくなのいないわ」
「それに僕は含まれるのかな」
「オペレーター女子の間ではカンバラコータさんは人気あるよ。私も今日のデートだって、やっとカンバラコータが誘ってくれたって気合い入ってたんだからな」
気合い入ったデートで寝癖頭と黒縁眼鏡に真っ黒いジャージでダメージジーンズですか、そうですか。
「ねえ、私のこと好き?」
ドーン、と爆発音がベンチシートから背骨を貫いて頭のてっぺんまで抜けていった。墜ちたのは僕の機体だ。あの低めでエコーがかかったような甘い声でそんなこと言われたら、どんな敵弾よりも厄介な弾幕だ。
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