第49話 その2

 スペースルンバ。無重力域専用自律型自動掃除ロボット。新進のロボット開発企業が数年前に発売した機体で、主に宇宙船内のカーゴとかの大きな空間や、軌道港の倉庫などの限られた範囲での浮遊塵や水滴の除去を目的として設計された球体ロボットだ。5体の集積機体とマザーと名付けられた一体の集合中継機の計6体から構成されるロボット群で、宇宙船パイロット達からの評判はなかなか良く、宇宙船一機に一セットは飼われている。


 直径30センチメートルの球体型の集積機は吸い込み口から取り入れた空気を機体の上下左右にあるエラから排出することで推進力を得て、自在に三次元的運航が可能で無重力空間においての集積機能に特化している機体だ。


 レモンイエローに統一されたカラーリングと、黒々とぱっくりと開けられた口。その可愛らしいフォルムから、レトロゲーマー達の間では『パックマン』と言う非常に誇り高い愛称で呼ばれる掃除機であり、もちろんコータくんもパックマンラブっぷりを発揮して愛して止まない機体の一つだ。って言うか、デザインはパックマンの丸パクリだろう。ちゃんとライセンス許可取っているのか。


 ともかく、そのパックマンことスペースルンバが人類に反旗を翻したって?


「それはあり得ない事。ちゃんと一から説明しなさい」


 ロボットの反乱だなんて、そんなのはSF小説の中だけの話だ。あたしと目を合わせようとしないコータくんに問い詰めてやる。


「ちゃんと説明書に書いてあるように用途を守って運用したんでしょうね?」


「説明書は使い方がわからない時に読むんだよ」


 ゲーマーらしからぬ事をのたまうコータくんの顔を覗き込むと、サッと視線をかわすように顔を背ける。


「パックマンに襲われて、今まさに使い方がわからなくなったように思えるけど?」


「そんなサクラコみたいに怒らないでよ。ちょっと、イレギュラーが発生しただけだよ。たぶん」


「何かやったのね? 何をやったの?」


 あたしの問いかけに、だんだん小さくなっていくように見えるコータくん。まったく。これじゃどっちが子供か解らないじゃないか。


 狭いバスルームユニットの中にいつまでも篭城している訳にもいかない。とにかく外で何が起きているか、敵の情報を得なければ。


「コータくん。怒らないから、言いなさい」


「……はい。最近出回ってるパックマンの改造コードをインストールしたんだ。より的確に迅速に大きなゴミにも対応できるって」


 いつまでもこうしていられないと思ったのはコータくんも同じようで、コータくんは言い訳しながらバスルームのハッチをそうっと開けて、その隙間に耳を寄せてまず音をチェックした。あたしもそれにならう。


「ついでにソルバルウの三次元マップを読み込ませて、空気密度センサーと移動物体センサーのデータも連動するようにリンクさせた」


 コータくんがヒソヒソ声で続ける。ハッチの外からパックマンの排気音は聞こえない。この場所に空気密度を乱す移動物体はないと判断して、どこか別の場所に索敵に行ったんだろう。


「そしたら、ソフトの相性が悪かったのかな。移動する物体なら何でも吸い込もうとして止まらなくなっちゃった」


 あたしがお風呂に入っていた短い時間でよくもまあそんな奇跡的なトラブルを起こして、そして被害範囲を拡大できたもんだ。そのマイナス的行動力は尊敬に値するわ。さすがあたしのパパ。


 コータくんは床に落ちて埃まみれになったミートボールを見るようなじとっとしたあたしの視線にようやく気付いたようで、慌てて取り繕うように言った。


「あ、でもけっこう面白いんだ。まさにリアルパックマンって感じで、あ、こっちがモンスターで、常にパワーエサ食べたパックマンに追われる立場だけど」


 コータくんがハッチを開放する。目の届く範囲にパックマンはいない。動くなら今だ。でもどうすればいい?


「ブリギッテ、これをつけて」


 コータくんがAR眼鏡を手渡してくれた。


「それでソルバルウのマップとパックマン達の動きが解るから」


 眼鏡をかけると、視界の右端にソルバルウのマップが表示され、左端にはその拡大図が3D視点で見えた。右のマップに二つの動く赤いマーカーが現れて、二つの動きの遅い青いマーカーに向かってけっこうなスピードで移動を始めた。あたし達が青いマーカーか。敵パックマンが二体こっちに向かっているって事か。あと三体は動いていないのか、マーカーは見えない。


「二体のパックマンが右から来てる。貨物区の方。あと三体のマーカーはないよ」


「マザーを叩けば僕らの勝ちだ。ちょっと迂回して行こう」


 何かいつの間にかパックマンと鬼ごっこする展開になってるけど、まあいいか。集合中継機のマザーは貨物区に設置している。それを破壊するか、バッテリーを抜くかすればこんなお遊びも終わりだ。少しだけ付き合ってあげるか。


「ゆっくりな」


 コータくんが左に向かってゆっくりと進み出した。マップ的にぐるっと大きく外回りに動いてパックマン達より先に貨物区へたどり着けばいい。


 二体のパックマンのマーカーが確実にこっちに近付いてきている。残り三体のマーカーはまだ見えない。どこにいる? 何故動かない?


 バスルームのハッチを開けた時点で温められた空気が湯気とともに通路に噴き出したはずだ。空気密度は大きく乱れて、あたしとコータくんと言う大きな移動物体も現れた。パックマン達は総出で処理にあたるはずだが。


「何なのこの緊張感」


 心臓がドキドキ言ってる。見慣れたはずの船内も、ちょっと、いつもと違ってゲーム的に見えてしまうのは拡張現実眼鏡のせいか。


「これがパックマンってレトロゲームの真髄だよ」


 コータくんが通路の突き当たり、T字路まで飛んで行った瞬間、あたしの視界に三つの赤いマーカーが現れた。すぐ目の前だ。すぐそこにいる。突然の出来事だった。


 アンブッシュ! まさか、自動お掃除ロボットが待ち伏せするなんて。


 通路の角から突如として現れた三体のパックマンがコータくんに襲いかかり、コータくんは声を出す間も無く両腕、右脚をパックマン達に噛み付かれた。


「コータくん!」


 コータくんが食われる。……って、いや、待って待って。別にあたし達はゲームで遊んでる訳じゃない。パックマンに食べられてゲームオーバーって事にはならない。


「ねえ、コータくん。そのままそいつら捕まえちゃえばいいんじゃない?」


 あたしは思い付いた事をそのまま言ってみた。三体のパックマンに甘噛みされたままジタバタしてるコータくんが、なるほど、と顔をこっちに向ける。


「その手があったか。うん、思ってたほど痛くないし。でも、もうちょっと遊んでいたいなー」


「バカ言ってないでとっとと捕まえて。遊ぶならあたしが寝てからにしてくんない?」


「はーい。あ、ブリギッテ、後ろにパックマンが」


 しまった。気が緩んで、うっかり拡張現実マーカーを見落としていた。マップ上のあたしのマーカーのすぐ側に赤いマーカーが迫ってきているじゃないか。


「ヤダッ!」


 そんなに痛くないと解ったものの、やっぱりお掃除ロボットに噛み付かれるなんて嫌だ。あたしはとっさに頭を抱えるようにして小さくうずくまった。


 無重力にふわふわと漂うあたしの長い髪が何かに触れた。しかし予想していたパックマンの甘噛みはいつまでも訪れず、ふと顔を上げると、二体のパックマンはあたしをスルーしてコータくんにアタックしていた。


「こっち来んの?」


 一体が空いていた左脚に噛み付き、そしてもう一体が、コータくんの顔面にパクリと食らいついた。


「えっ」


 そしてお掃除ロボット全機が一斉に吸引を始めた。少し離れたあたしのところまで風が流れてくる。五体のパックマン達はエラをパクパクと言わせて空気を排出し、コータくんの身体を運び始めた。


 そうか。パックマン達は甘噛みしていたんじゃない。コータくんを大型ゴミと認識して、確実に撤去するために五体全機が同期して除去作業していたんだ。


「痛っ! 痛いっての!」


 ちょっと人間的におかしな格好になってきたコータくんが叫ぶ。前衛的なデッサン人形みたいに捻れが入ってくる。


「関節逆! 関節逆! そっちに曲がんない!」


 どんどん勢いを増してコータくんを運び去ろうとするパックマン達。コータくんの悲鳴がどんどん小さくなっていく。


「ちょ、ダメ、吸わないで! 吸っちゃダメ!」


 あたしは為す術もなく、ただコータくんの身体が持ち去られるのを見ているしかなかった。ついにパックマン達が通路の角を曲がり、コータくんの姿も見えなくなった。最後に「無理ッ!」と言う悲痛な叫びを残して。


「マジで?」


 嫌だ。あれは嫌だ。お掃除ロボットに吸われるようなキスをされるなんて絶対嫌だ。あいつら、殲滅してやる。

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