第二部 速攻型ツインテール

第41話 第二部 速攻型ツインテール プロローグ

 火星。太陽系第四惑星。公転周期687日、自転周期24.7時間。フォボスとダイモスと名付けられた二つの衛星を持つ赤い惑星。直径は地球の半分くらいで、質量は10分の1程度。大気の組成はその95%を二酸化炭素が占め、平均気温はマイナス40度以下になる。冬になると極地は分厚いドライアイスに覆われて時速400キロを越える暴風が吹くと言う、人類が生きていくにはあまりに過酷な環境であるが、確か、現在は約4万人が入植していて、その数はどんどん増加している。


 あたしが目指す星だ。


 宇宙船ソルバルウ号は火星周回軌道上、高度200キロメートルを維持し、日の出の瞬間を待っていた。火星軌道宇宙港への配送がてら、ある自然現象を観測するためだ。


「ずいぶん多くの船が周りにいるけど、そんなメジャーなイベントなの?」


 その筋の研究機関に観測を依頼されたとか、航路運行上の障害物として避けては通れない自然現象とか、そんな大袈裟なものではなく、コータくんのひどく個人的な願望で火星軌道からの出発を12時間遅らせているのだ。


「うん。火星で年に一度、地球で言うならだいたい22ヶ月に一度のこの時期にしか見られない現象で、特に今年は15年ぶりの当たり年になるだろうって言われてるんだ」


 コータくんはパイロットシートでタブレット端末を操作しながら答えた。その自然現象を動画として記録するらしいが、ここは高度200キロメートルだ。そんな位置から火星地表で発生するイベントを観測できるものなのだろうか。


「いい加減教えて欲しいんだけど」


「実際にブリギッテ自身の目で観た方が感動もでかいよ」


 ずっとこれだ。子供扱いされていると言うよりも、どこか、もしもその自然現象があたしの期待以下だった場合の予防措置に聞こえなくもない。


 ソルバルウの周囲100キロ圏内にもレーダー観測できるだけで25隻の宇宙船が待機している。コータくんのように個人として飛んでいる機もあれば、観光客船をチャーターしてやって来た船もあるようだ。地球からはるばる13週間もご苦労なことだ。


 15年ぶりの当たり年って、前回はまだあたしが生まれる前で、コータくんだってまだまだ生意気なガキだった頃の話だろうに。信用するに値する数値なのか、その15年と言うのは。


「なあ、ブリギッテ。スターフォースの調子はどう? 13万クリア行けそうか?」


 あたしの退屈を感じ取ったのか、コータくんがパイロットシートからくいと首を上げた。ちょうどコ・パイロットシートに着くあたしの脚の間から顔を覗かせる感じだ。


「レディの脚の間から話しかけるのはどうかと思うわ。踏むよ」


「サクラコは問答無用で踏むけどね」


「あたしはママと違いますので。お生憎様」


 スターフォース。かなり昔のシューティングゲームだ。


 レトロゲーマーの会と言う集団がいる。古いゲームばかりを集めたレトロゲームミュージアムと言うゲームセンターのオーナーが主宰の会で、その入会テストがスターフォース2分間プレイで13万点クリアと言うものだった。


 あたしは今のところ3回チャレンジして、未だクリア出来ず。12万点後半止まりだ。コータくんもサクラコも無理して入会するほどのものじゃない、ただの飲み会の理由付けみたいなものだ、と言ってはくれるが、あたしとしてはコータくんサクラコ二人に出来てあたしに出来ないと言う事に納得がいかないのだ。


「入会したって、別に何か特典がある訳じゃないし、のんびり行こう、のんびり」


 そう言ってくれるコータくんの顔を脚をクロスさせて隠し、シートに深く寄り掛かって、遊んでいた3DSのボリュームを高めた。


「今回のフライトから帰ったらまた挑戦するよ。今だって一日30分練習してるし」


「ならいいや」


 あっさり引き下がるコータくん。


 あたしは一つ嘘をついた。実は一日30分じゃない。一日一時間だ。それでもまだ13万点の壁は突破出来ていないが。


 あたしの目標は宇宙船パイロットになることだ。こんなゲームごときのテストでつまずいてなんていられない。宇宙船パイロットになり、地球火星間往復無寄港単独航行の最年少記録を破るんだ。それが何よりの目標だ。


 現在の記録は二十三歳。あと十年もある。いや、あと十年しかない、か。記録保持者は、あたしの脚の間から見えるとこにいる。神原航太、あたしの義理の父親だ。この人の記録を破るため、一日でも早く宇宙船パイロットにならなくては。


「100万点ボーナスまでは行った?」


 まだスターフォースの話題が終わっていなかったか、コータくんはまたタブレット端末でモニターの調整をしながら言った。


「まだそんな先まで行ってないよ。2分間を繰り返し反復練習してるだけ」


「そうか。たまには違う遊び方でもしてみるといい。100万点ボーナスを取るのだっていい練習になるぞ」


「そう。覚えとく」


「で、その100万点ボーナスキャラなんだけどさ」


 ソルバルウ号のメインモニターが火星の地表を映し出した。画面中央に小高い丘があり、風が出ているのか、赤い地表には線が描かれれいるように大地に模様が浮き出ていた。


「正式名称がクレオパトラって言うんだ。そいつを出現させて破壊すると100万点ボーナス。ラリオス5万点ボーナスの20倍だ」


「すごいインフレね」


「ご褒美だからね。で、そのクレオパトラだけど、その隠れキャラの外見はクレオパトラと似ても似つかなくて、むしろツタンカーメンみたいに見えるんだ」


「クレオパトラって世界三大美女の一人でしょ? あとヨーキヒとオノノイモコ。クレオパトラとツタンカーメンじゃずいぶん違うけど」


「一人おっさんが混じってるが、まあいいか」


 メインモニターの火星の地表がだいぶ白んで見える。もうすぐ日の出だ。太陽が火星の向こう側から顔を出す。


「見ようによってはツタンカーメンマスクに見える100万点ボーナスキャラだが、他にももっと似ているキャラがいるんだ。それがこいつだ。シドニアエリアの火星の人面岩だ」


 朝日が赤茶けた火星の大地を真っ白い光で斜めに切り裂く。全体が暗くくすんで見えていた夜の地表が、まるでそれ自身がキラキラと輝いているように鮮やかな色彩を取り戻す。火星がより赤く、朝日に照らされた場所は白く、影が落ちた場所はさらに黒く、目覚め始める。


 メインモニター中央に据えられた小高い丘も朝日に照らされて、でこぼこした表面の陰影がくっきりと現れて、何かの形に見えてきた。人の顔だ。確かにそれは人面に見えた。


「来た来た来た来た!」


「ふうん。確かにエジプトのミイラマスクに見えなくもないわ」


「あの人面岩近くにエジプトのピラミッドに非常によく似た自然建造物もあるんだ」


 自然建造物って、自然物なのか、人工物なのかどちらだろうか。


 火星の人面岩はあたし達に何かを語りかけるように少し口を開き、真っ黒い眼窩に何を映しているのだろうか。……えーっと、これで終わり? 何か劇的な変化が見られるんじゃなくて?


「ねえ、コータくん。ひょっとして、光の加減で人の顔っぽく見える、で終わり?」


「うん。すごいよな」


「目がビカビカ光るとか、口がパクパク動くとか、なし?」


「口からイオンリング出したら別なゲームになっちゃうもんな。あ、ハドソンはコナミに吸収されたんだっけ。なるほど、そういうことか!」


「……バカなの? あたしらだけじゃなく周りの25隻の船もみんなバカなの? こんな光の加減で人の顔っぽく見えなくもないもの見に13週間もかけて!」


「ブリギッテ、ロマンと言うフィルターを通そうぜ」


「コータくん、現実をありのまま見なさい」


「あ、はい」


 何としてでも、地球火星間往復無寄港単独航行の最年少記録を破らねば。と、あたしは心に誓った。こんなバカな父親で、もう。

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