第42話 二分間の千利休 スターフォース その1




 ──1977年8月15日 アメリカ合衆国 オハイオ州パーキンズ天文台──




 この日、オハイオ州立大学のジェリー・R・エーマンはSETIプロジェクトの観測を行っていた。


 地球外知的生命体探査、Search for Extra-Terrestrial Intelligence。SETIプロジェクトとは地球外知的生命体による宇宙文明を発見するプロジェクトである。


 その日も、いつものようにプリントアウトされた紙束を眺めるだけの退屈な作業となるはずだった。しかし、それは突然受信された。


 ビッグイヤー電波望遠鏡がいて座の領域内から強い電波を受信した。望遠鏡は72秒間電波を受信し、そして沈黙した。


 エーマンはすぐにプリントアウトされた表に飛び付いた。乱雑に羅列されるおびただしい数字。そのほとんどが1、2と言う数字が示す非常に微弱な電波だった。収束もせず法則性もなくただただランダムに並ぶ1と2。その中にエーマンは"6EQUJ5"と読める数列を見出した。


 電波の強さは"U"で30以上を示す。しかもその数列は範囲10kHz内と言う非常に狭い周波数内に収束し、恒星間通信で使用されると予測されていた信号の特徴を持っていた。


 エーマンは興奮に震える手でペンを掴み取り、表の数列"6EQUJ5"を丸で囲み、その側に「Wow!」と書き加えた。


 世に言う「Wow!シグナル」である。




 ──現在 月周回軌道宇宙港 事務所区域 ──




 2分間。


 たった120秒間だ。


 その2分間で、あたしに何が出来るんだろう。あたしは何をすべきで、何をすべきでないのだろう。


 2分間で出来る事は限られている。同じ2分間で他の人間と差をつけるためには、出来ない事、すなわちやらない事を決め、そのやらない事で消費するはずだった無意味な時間をより多く2分間のために費やさなくてはならない。そうすれば100%の2分間が得られるはずだ。普通とは違う濃密な2分間が。


「はいよー、お待たせ、ブリギッテちゃん」


 3分待って、と言って奥に行って姿を消していたフランクさんが帰ってくる。2分にして、と言ったらほんとに2分で戻ってきた。あたしの思考はそこで中断された。さて、あたしも仕事に戻るか。


「忙しそうね。補給を申請しに来たんだけど、後にしようか?」


「いいや、大丈夫だよ。コータの船だな」


「ええ。食糧と水のパックを」


 あたしのタブレット端末からデータを送信するまでもなく、フランクさんは慣れた感じで設備課のコンピュータを突ついていた。


 軌道港に設営されているうちの会社の設備課にはフランクさんが常駐している。アロハシャツにリーゼントが渋く決まった六十過ぎの軌道港の名物男だ。


「月、地球を3往復か。コータらしいフライトプランだな」


「ほんと。一度も家に帰らず飛びっぱなし」


 あたしはカウンターから身を乗り出して、何やらタッチパネルを連打しているフランクさんの手元を覗き込んだ。デスクの上と言うか、壁面と言うか、ふわふわとどこかへ飛んでしまわないようにと至る所にコーヒーのパックがへばりついていた。


「あのさ、食糧パックだけど、念のため聞くんだけど、子供用ってないの? いつも食べ切れなくて余しちゃう」


「いやな、あれは国際規格で必須栄養素とカロリーがちゃんと計算されてるパッケージだからな。国際線旅客ラインと違ってうちみたいな零細企業は選択の余地なし、だ」


 やっぱり、なしか。そりゃそうだ。そもそも十三歳が宇宙船に乗って働く事を想定しているとは思えない。


「宇宙船パイロットとして健康管理は最も重要な任務の一つだぞ。健康な身体の維持に大切なのはやっぱり食事だ。必要なものを必要なだけ摂取する。単独航行では実は難しい事だぞ」


「コーヒーは必要不可欠なものなのかしら?」


 フランクさんはデスクから未開封のカフェオレパックを剥ぎ取り、ニヤリと笑ってあたしへ放って寄越した。


「12時間を越えるデスクワークにはカフェインのブースターが必要だ。ほれ」


「ありがとう」


「出発はいつだ?」


「明後日。36時間後。これからちょっと予定が入ってて、コータくんといったん月に降りるの」


 軌道港からシャトルバスで3時間もあれば月面のつくよみ市に戻れる。サクラコとの待ち合わせもあるし、例の挑戦もある。36時間と言ってもあまり余裕があるとは言えない。


「そうか。貨物の積み込みは12時間後には終わるようだから、それまでには補給を済ませておくよ。あとちょっと待って」


 フランクさんは端末の画面を指で大きく弾くようにしてページをめくった。


「2分くらい?」


「最近2分にこだわってるな。何か特別な2分があるのか?」


「別に。個人的な事よ」


「ふうん、そうか。あったあった。今回のフライトに追加業務だ。質量規制があるから食糧パック一食分減らして、チョコレート詰め合わせを二人分、船の予備品として積んでおくぞ」


「ワーオ。それは予備品じゃなくて常備品登録申請かけなくちゃ」


 あたしはカウンターを蹴ってふわりと浮き上がった。ツインテールに結んだ髪があたしの軌道を描き出す。


「コータの奴には内緒だぞ」


 遠ざかるカウンター窓口でフランクさんが手を振ってくれた。あたしは空中で一回転ひねりをして見せて、ツインテールのねじれでバイバイを表現した。


 設備課カウンターのある壁がどんどん遠くに行く。岩壁に作られたツバメの巣のような同業他社の事務所やカウンターが他にもたくさん並び、壁一面が巨大な集合会社のような事務所区域を離れて、あたしはソルバルウ号が停泊しているベイドックへ飛んだ。




 つくよみ市リニアモノレールつくよみ駅前。古いゲームばかりを集めたゲームセンター「レトロゲームミュージアム」はいつも適度に賑わっている。


 レトロゲーマー達が集まるこの場所で、今夜、あたしは4度目のレトロゲーマーの会入会試験に挑戦する。テスト内容は、スターフォース2分間チャレンジだ。2分間で13万点をクリアしなければならない。普通に遊ぶプレイヤーにはまず不可能な数字だ。


 ちゃんと敵の配置を覚え、ボーナスポイントをすべて確実に獲得して12万点後半ぐらいだ。13万点を越えるにはもう一つ工夫が必要だ。


 その工夫が何であるか、コータくんもサクラコも教えてくれなかった。それはそれでいい。あたしも聞かなかったし。


 自分で見つけ出せ。通常通りのプレイではたどり着けないプレイの高みは、自分で遊びを工夫するレトロゲーマーだからこそ到達できる場所だ。そこに立てるのは選ばれた者だけだ。コータくんは言った。


 そんな大袈裟なものじゃない、とあたしは思う。


 普段やらない事をやり、いつもと違うスタイルで遊ぶ。それはゲーマーにとって普通の事だろう。レトロゲーマーにだけ与えられた特別な時間じゃない。


 やるべき事をしっかりやり、やらない事は徹底してやらない。必要なものを必要なだけ摂取する宇宙での食事にも似ている。スターフォース2分間13万点クリアはそういう事だろう。


 あたしが今日この日に用意したのはファミコンのコントローラと、ジャパニーズクッション、一枚の座布団だ。

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