第一章【ハジマリ】
第一節
「ああ! 何故そのようなことを仰るのですか!」
スポットライトが照らす中、一人の男が王へと縋りつく。
若干大げさにも思えるような動作で大勢の兵の前で縋ったその男に、無数の目線が集中する。
「本懐でなくとも、私めは貴方様に刃を向けた大罪人。此の首を以て以外で、貴方様への贖罪と忠義はどう表することができましょう! どうか何卒私めに厳重なる罰を……!」
王はただ静かに、その叫びを聞く。王になったかのように、周りの目も息を呑んで見守っている。
数秒ほどして、王はゆっくりと口を開いた。
「その言葉は最もである。故に余はそなたに罰を与えた。死を以て償うことを禁じ、その生全てを我が国のために費やせとな」
「ですが王よ!」
「どの事情にせよ、そなたの行った行為は許される程生温いものではない。しかしそれで切り捨てるには惜しい力だ」
王は静かに、そして優しく手を差し出す。その表情は慈愛に溢れると同時に力強い意思を表していた。
「無論、生き恥を晒す屈辱も察している。しかしその生き恥さえも全て国の糧に変えよ――それが余が与える罰だ」
王はそう微笑んだ。全てを許され、男は恐る恐る抱きしめて泣き崩れることで忠義を示す。
異論を唱える者は自然といなかった。王の寛大なる心に対する敬意のみが彼らの心を支配していたからだ。
背後で静かに流れていたクラシックは曲調を変え、盛大かつ強い音で舞台を彩り、鳥の羽ばたく音と共にゆっくりと幕が下り始める。瞬間奏でられているクラシックに負けないメゾフォルテの拍手が舞台を包み込んだ。
幕が下ろされ終えると、公演終了のアナウンスが流れ、ぞろぞろと観客がホールから出ていく。
そして幕が降りた後もまた、目まぐるしく舞台が変わる。
「トラベロ、そっちまとめてくれ!」
「はーい!」
歳と経験を重ねている者が多い中で、彼らに負けぬ手慣れた手つきで指示された道具を解体し、運びやすいように紐を使ってまとめていく。
それが終わればまた次の道具を解体しては次々に運び出し、俳優たちがメイクや衣装を解く間に舞台を片付けていく。
それがトラベロの仕事。
縁の下の力持ちという言葉が似合う役目……所謂裏方だ。
流通拠点たる巨大国家マゴニア、別名「世界中心国」。
そのマゴニアでも有数の劇団「シャングリラ」が、トラベロの所属している団体だ。
元々、今は亡き彼の両親とシャングリラ団長は交流があり、その縁で引き取られ学生時代から仕事に携わっていた。
高校卒業後は正式に裏方として入団、そして現在に至る。
劇を終えた舞台を片付け、また別の舞台では地盤を作るのに精を出す仕事にやりがいを感じていた。
それ以外の大した出来事は何もない。ごく普通の青年として平凡ながらも充実した日々を送っているだけの人間だ。
「検品完了です、搬出忘れありません」
「オーケー。みんな今日はお疲れ様。後は帰って寝るだけだ、ゆっくり休んで次の舞台に備えなよ」
全ての仕事を終えた後に団員全員がバスに乗り込み、帰路に着く。バスに揺られながら各々互いを労い、疲れを癒そうとビールを開けたり配られた弁当を貪ったり……楽しく談笑しながら過ごしていた。
それを見て幸せそうな表情を浮かべながらトラベロもまた空腹を満たすべく弁当の白米を口に運ぶ。
一口食べればまた一口。あっという間に弁当の中身がなくなる。しかしまだ足りないのだが、間食につまめる物は……と、悩んでいると前の席から年代の近い団員が顔を覗かせた。
「おうトラベロ、お前それだけじゃ足りないんだろ。ほら、これやっから食えよ」
「えっ、あ、いやいいですよっ、そちらだってお腹が」
「いーんだよいーんだよ! ほら食え! さっさと食え!」
「トラくーん! あたしこれ苦手だから代わりに食べて!」
「ああ何かすいません……!」
申し訳無さにぺこりと頭を下げながらも、渡されたおにぎり、卵焼き等様々な食べ物を嬉しそうに頬張る。
女性団員はハムスターみたいと笑い、男性団員はいい食いっぷりだと調子に乗らせる。それを見て団長や古参たちもまた釣られて笑う。
そんな日々が本当に楽しく、充実していた。
だが充実すればする程、時間はあっという間に過ぎるもの。
バスは目的地へと辿り着き、速やかに解散、各々自宅へと足を進める。
トラベロは団長の後ろに続き、彼女と自分二人分の荷物を軽々と持ち疲れを感じさせない足取りで歩く。
「明日休みだからちゃんと寝ろよ」
「わかってます。寝て、たくさん食べて……いいですか」
「わーった、明日は思う存分食え!」
「やった! ありがとうございます!!」
電灯が照らす道を談笑しながら歩いていく。野良猫の欠伸のような鳴き声を時々耳に挟みつつ、一歩歩く毎着実に自宅へは近づき、玄関のすぐ手前まで――きたところで何かが目に映る。……人だ。人が一人いる。。
「……誰かいますよ」
「空き巣か? ……トラベロ、通報準備」
「了解です」
団長はトラベロから荷物を受け取り、武器のように構える。トラベロも同じく構えながらもすぐに通報できるよう携帯を片手に握りしめ、恐る恐るにじり寄る。細心の注意を払い、そっと覗き込むと空き巣でないことはすぐにわかった。
――いや、空き巣でない以前の問題だった。
人が倒れていたのだ。とても小柄で小学生程の背丈しかなく、少しくすんだ長い長い桃色の髪を辺りに散らばせてぴくりとも動かなかった。
「ちょ……ちょっとあんた! 大丈夫かい!?」
団長が慌てて揺さぶるとその人物はぴくり、と反応を示す。よかった、生きていたとひとまず胸を撫で下ろす。
抱き起こすと女性の特徴たる膨らんだ胸が視界に移る……どうやら少女のようだ。
髪は伸びきり服は酷くボロボロ、何かから逃げてきたのかというような出で立ちだ。しかしそれよりも視線が向いたのは少女の手。包帯でぐるぐるに巻きつけられ、他者の手を拒むような雰囲気を放っていた。
「……とりあえず一旦家に運ぶよ。トラベロ鍵開けて!」
「は、はいっ!」
ひとまずはここに置いていては危ない。
意識のない少女を連れて急いで家のドアを開けた。
ベッドに寝かせると、少女は段々と落ち着いたのか寝息を立てていた。
「……どうしましょう。病院に連れていきます?」
「うーん。……いや、そこまで弱ってはなさそうだ。しかし、これはどこかに誘拐されていた子が逃げ出してきたみたいな出で立ちねぇ」
少女の姿はどう見ても普通の生活を送ってはいなかった。
服は最早ボロ布という表現が相応しく、辛うじてワンピースの形を保ち肌を隠しているだけという状態だ。
伸びきった髪も酷く傷んでいて、小柄な身体は非常に白く、そして細い。少し力を入れてしまっただけでもすぐにぽきり、と折れてしまいそうだ。
「とりあえず今夜は様子を見て、悪化するようだったら病院。警察に相談するにもこんな状態じゃ無理よ」
「じゃあ、僕が彼女を看ますから団長はお休みに」
「最初から任せるつもりだったよ、そう言うと思ったしね。しっかり看病してやりな」
「了解です」
目が冷めたら教えてよ、と残し団長は静かに部屋を出た。
「熱、は……なさそう、かな」
そっと額に手を当てたが、そこまで暑くはない。
むしろ、冷たい。逆に不安を覚えてしまう程に冷たかった。
「……こんなになるまで、ずっと歩いてたのかな」
ぽつりと呟き、少女の髪の毛を起こさぬ用に手櫛で梳かす。
前髪がふわりと顔から滑り落ち、その白い顔が明らかになる。
「……この、人」
その顔が視界に映った瞬間、トラベロは何とも言えぬ感情を抱く。
――何故だろう、とても懐かしい。まるで昔会ったことが、あるような……
そう思考を巡らせた瞬間、酷い頭痛がトラベロを襲った。
「――っう、あ……!」
痛い、痛い、痛い。今までに感じたことがない程に痛い。
こんなのが続けば文字通り頭が割れてしまいそうだ……と頭を抱えて蹲る。
そして強烈な痛みと共にノイズのかかった光景が頭を過る。
走馬灯の用に目まぐるしく何度も同じ場面が流れこむ。
「……これ、は……昨夜、の」
その光景はトラベロが夢で見たものと同じだった。
手を繋いで歩き笑っている、幼い自分であろう少年の姿……そしてその握った手の先にいる顔が真っ黒に塗り潰された女性。
その光景がひと通り過ぎ去ると自然と頭痛は消えた。しかし若干頭がガンガンする。頭を軽く抱えながらトラベロは再び少女を見やる。
その瞬間、どくんと心臓が跳ね、先程の懐かしさと共にまた形容しがたい感情に囚われる。
(……僕は、この人を知っている)
その感情が確信を生んだ。再び少女の顔を見た瞬間に、彼は少女のことを知っているのだと直感した。
しかし何故かなんてわからない、わかるハズがない。そんな記憶は一つもないのだ。彼の短い記憶の中には、この少女の姿は一つもない。では何故知っているのか?
考えを巡らせていると、少女の眉がぴくりと動くのが目に映った。
「…………ん」
重そうに瞼を開き、天井の明かりに目を細めるその目はくすんだ翠色をしていた。
「…………あ。気が付きました?」
「……え」
ゆっくりと辺りを見回す少女の瞳にトラベロが映る。最初は状況を把握できずぽかん、と口を開けていたが――
「……え、あ…っ!?」
途端に起き上がり、怯えた表情でベッドの端へ逃げ縮こまる。
――あれ、何か勘違いされてないか!? ……という結論に達してトラベロは慌てふためきながら訂正を図った。
「いや! 違います! 大丈夫です! 僕何もしてません、してないです!!」
「……っ」
「あと運んだの僕じゃなくて団長……えっと女性なので! 僕は全く触ってないです! 変なことしようなんてこれっぽっちも思ってませんから! ね!?」
何故か手まで動きながら必死に訂正するが少女はまだ震え、恐怖と怯えの色に瞳を染めてこちらを見やる。
人そのものに対して恐怖を示すような表情で、身を守るかのように布団を纏い口を開こうとしては噤む。
何か言いたそうにしているようだ。
「えっと、だから、その」
トラベロが訂正を続けようとした瞬間、腹の虫が大きく鳴く。
思わず自分の腹の音かと思ったがそうではなく、少女があっ、と口にして恥ずかしさで顔を俯けている。
……そりゃ、何も食べてないだろうしお腹空くよね。
トラベロはくすりと笑う。
「お腹、空いたんですね?」
「……あ、その…………え、と」
「そんな恥ずかしがらずに。僕なんか毎日ですもん。お粥でいいですか?」
顔を真っ赤にした状態で少女はこくり、とすぐに頷いた。
「じゃあちょっと作ってくるんで待っててください。それと暇だったらそこの棚の本、読んでいいですよ」
にこりと笑い、トラベロは静かにドアを開けて部屋を出た。
ぱち、ぱちと目を瞬きさせ、少女はそのドアを見つめる。
ドアの向こうへ出ていった青年の顔が強く印象に残り、頭を離れない。
――何で、こんなに懐かしい気持ちなんだろう。
彼の言った通り自分は何もされていない。むしろ彼は自分を助けてくれて、こうして看病をしてくれたのだろう。
しかしそれだけでこんなに懐かしく思うのか。
――きっとわたしは、彼を知っているのだろう。どこかで、会ったことがあるのかな。
そんなことを考えても答えなど出ない。
(そういや……本、読んでいいって、言ったよね)
青年が出て行く前に指さした、ベッドから左斜め先の本棚を見やる。本棚にぎっしりと、かつきっちりと整理されて本が並んでいる。シリーズ物は一巻からきちんと連なっていて、部屋の持ち主たる青年の真面目さを物語っているかのよう。
(凄く、いっぱい。……おもしろそう)
ベッドから降り、少しふらついた足取りで本棚へ向かう。
いざ間近で見てみると、とても分厚い文庫本ばかりが並ぶ。
物によってはカバーがかなりボロボロになっているものもあり、相当読み込まれていることが伺えた。タイトルも見たところどれも彼女の気を引き、どれを手に取ろうかと迷ってしまう。
少し楽しそうな顔で本を見定め、これだというものに目星をつけて手を――動かさなかった。
代わりに動いたのは、彼女の髪の毛。生きているかのように滑らかに、慣れた動作で本を取る。
その後はベッドに座り、そのまま本を開きページを捲った、その瞬間だった。
ガチャリ……と静かにドアが開き、青年が小さな鍋の乗ったトレーを片手に入ってきたのだ。
少女は戦慄し、本を乱暴に落としてがたがたと震え出す。
――どうしよう、どうしよう。見られた。見られてしまった!
きっと今、凄く気持ち悪い目でこちらを見ているだろうと、嫌な思考しか働かない。
……僕は、見てはいけないものを見てしまったのだろうか。
震えて縮こまる少女を前に、トラベロはどう言葉をかければ良いものか迷い始める。
しかし、ここで何も言わなければ尚更誤解を与えてしまう。
気にしていないことだけは伝えなければ。
「あ、その。すいません、タイミング悪く入っちゃって」
「……え?」
「えと、上手く言えないですけど。僕はそういうのは全然、気にしませんよ」
「……ほん、とう………です、か」
「はい。僕はこんなことで嘘を吐きませんから。嘘がすぐに顔に出る人間ですし」
そう言ってトラベロはにこりと笑顔を浮かべた。
瞬間、何故か少女の恐怖が一瞬にして消え失せる。
その言葉が本音からくるものだと確信できたと同時に、何故こうはっきりと間違いないと思えることに疑問を感じた。
――何で? わたしが、彼を知っているから? 彼のことを懐かしく思っているから……?
先程抱いた感情と照らし合わせても答えは出ない。
「……あの、どうかしました?」
「え、あ、なんでも……ない、です」
「ならいいんですけど。とりあえずお粥ができましたから、冷めないうちにどうぞ」
トレーをベッド横の棚に置き、トラベロは鍋の蓋を開ける。
すると優しい匂いが辺りに立ち込めお粥が姿を現した。
ごくりと思わず唾を飲み込む。
「少しだけ味つけたんで、食べやすいとは思うんですけど」
「あ……ありがとう、ございます」
「ちょっと待ってくださいね……はい、あーん」
少女の前にお粥が掬われたレンゲが差し出される。
「え、あ、自分で……食べ、ますから」
「遠慮せずに。はい」
「……す、すみません。い……いただき、ます」
恐る恐る、差し出された一口のお粥を口にする。
――おいしい。 思わずぽつりと呟く。噛む度噛む度優しい味が口の中に広がっていく。
口に合ってよかったです、そう言おうとしたトラベロの目が少し見開いた。
少女の目に涙が溢れ、ぽたりぽたりと滴っていく。
「……っ、う……ふぇ、え……ええええ……!!」
やがては声を荒らげて泣き出した。何度も、何度も、包帯で縛られた手で涙を拭っては嗚咽を漏らした。
――ああ、彼女はこういう時間すらも与えられなかったんだ。
おいしい食事にありつくことも、他者と普通に接することもできなかっんだ。
衣服が汚れても、髪が傷んでも……歩き疲れて足が痛くても。
誰にも助けてもらえずに、生きてきていたんだ。
……泣きじゃくる少女の姿はそれらを察するに十分だった。
(ずっと、辛かったんだな)
泣いて震える小さな頭をトラベロは優しく撫でる。
その暖かさにまた少女は大粒の涙を零して、縮こまるように俯き号泣する。
その涙が止まるまで、トラベロはただ少女の頭を撫で続けた。
「……ごちそう、さまでした。ありがとう、ございます」
――数分後、涙を止めた少女はお粥を食べ終えぺこりと頭を下げた。
すっかり冷めてしまったお粥はそれでもおいしく感じ、幸せそうな表情を浮かべている。
「お粗末様でした。これだけ食べられたら、きっと明日には体調も良くなってますね」
「……そう、だといいんです……けど」
「きっとそうですよ! あ、話が変わるんですけどそういや僕、名前を聞いてませんでしたよね?」
「……名前、ですか?」
「はい。あ、僕はトラベロ……トラベロ・ルシナーサです。よかったら、名前を教えてもらえませんか?」
「……トラ、ベロ?」
どくん――心臓が大きく跳ねる音がする。
彼の名前の響きが心に深く突き刺さる。
この名前を、少女は何故か知っていた。
とても懐かしい……けれど少し苦しくて、胸がちくりと痛む。
しかしこの感情は恐怖ではない。これは一体何なのだろう?
「……どうか、しました?」
「あ、その。どこかで……聞いたことが」
「え……どこかで会ったことあります?」
少女は首を横に振り、トラベロも「ですよね」と首を捻る。
互いに初対面で、自身の名など売れているハズもない。
考えられるとすれば同名の別人か、あるいは……
「……もしかしたら、会ったことあるけど覚えてないだけ、とか」
「……そう、なんでしょうか」
「可能性はあるかなって。僕、昔のことは全く覚えていないですし」
「わたしも、です。昔の記憶なんて、思い出せなくて」
「……そうなんですか? 貴女も記憶喪失なんですね」
珍しいこともあるなぁとトラベロは呟いた。
「なんだと思います。……トラベロさんも、なんですか?」
「僕、十二から前の記憶なくって。まぁ、全く気にしてないですけど。……すいません、話逸れましたね。
えっと……」
「……ファナリヤ、です。ファナリヤ・カナリヤ」
「ファナリヤ……さん?」
どくん。
……まただ。また心臓が高鳴り出す。
その響きに何とも言えない懐かしさを感じると共に、脳裏に先程見た光景が再び浮かび上がる。
――やっぱり、僕は彼女を知っているのかもしれない。
また頭痛がして眉間に皺を寄せると少女……ファナリヤが不安そうな顔をした。
「あ、ちょっと頭痛が……大丈夫です。もう収まりました」
「……大丈夫、ですか?」
「はい。……でも、何ででしょうね。僕もファナリヤさんの名前を聞いたことある気がします」
「……どうして、なんでしょうね」
「でもまぁ、いいんじゃないですか? 僕はそう思いますよ。お互い覚えてないけど、どこかで縁があったってことで」
「……そう、ですね」
「もう夜が遅いですしこのまま泊まってってください。明日また色々聞いたりとか、警察に相談とかします」
「……すみ、ません」
「あ、でも」
ぴ、とトラベロが指さしたのはファナリヤの髪。
「それ、団長の前では動かさないようにしてくださいね」
「は、はい……そう、ですよ……ね」
「そういやそれ、
――神秘力。
ここ近年最近出現するようになった、人智を超えた力の総称。
内容はその名に相応しい程か? ……と思うような力から、それこそ今までの常識が覆されるレベルのものまで、まさにピンからキリまでと言われている。
トラベロ自身は神秘力を所持していない。
周りにも――もしかしたら隠しているだけかもしれないのだが――神秘力を持つ者は一人もいない。
故に、ファナリヤの持つ力が新鮮に見える。
男性比率が圧倒的で、、女性は滅多にいないと言われているから尚更だ。
「……そういう人、始めて、です。……女性の
「んー……別にだからって気持ち悪がる理由ってあんまり感じないですけどね、僕は。……包帯をしてるのも、それと関係が?」
こくりと頷いてファナリヤは少し俯きがちに答える。
「神秘力は一人に二つ、必ずある、んです。わたしも、髪を操る《
手で触ったものの心や、情報を嫌でも読み取る《
「……心を読みたくないから、手を縛っている…んですね?」
やっと理由に合点がいく。手が自由に動けてしまえば、その分望まずとも心を読んでしまう。
髪を操る力があるからこそ無理して手を動かす必要もない。
……確かに、その気はないのに心を読んでしまい相手の裏を知ってしまうのはとても嫌だろう。
彼女にとってそれは、筆舌に尽くしがたい苦痛。それだけは間違いないのだ。
「……だから、その。手は動かせなく、て。そういう時は」
「上手いこと理由をつけて、僕が代わりに動く。……それで大丈夫ですかね?」
こくりとファナリヤは頷いた。
「わかりました。それでいいならいくらでも」
「……すみません」
「いいんですよ、僕が好きでやってるんですから」
――ああ、彼は心の底から、わたしに親切にしてくれている。
ファナリヤは改めてそう確信する。けれどその裏は違うかもしれない……なんていう不安も何故か一切なかった。
それもきっと、心のどこかで彼に感じている懐かしさが証明していることなのだろうか。
けれど、それだけに疑問は根強く残る。
――僕は。
――わたしは。
何で、この人を知っているんだろう?
……その答えが出るには、まだ長い長い時間を要することになる。
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