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御巫咲絢

プロローグ

夢を見た。

どこか覚えのある公園で、幼い少年が誰かと遊んでいる夢。

少年は夢を見ている自分と全く同じ顔……恐らく、幼い頃の自分なのだろう。

無邪気な顔で、遊び相手を「おねえちゃん」と呼んで少年が

抱きつくと、「おねえちゃん」はにこりと笑い、優しく頭を撫でてくる。

その「おねえちゃん」の顔はわからない。胸元から上は全てモザイクのように黒でぐちゃぐちゃに塗り潰されている。

――だけど、とても優しい女性であることは痛い程に伝わる。

「……おねえちゃん、どうしたの? 何かとても悲しそうな顔してる」

「そう? ……そう、だね。もうここに来れなくなるから、かな」

「会えなくなるの?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないの」

顔は見えない、けれどその佇まいも声も悲しげなものだ。

少年はそうなの、と少し眉を下げて俯いた後、彼女に問うた。

「どこにいくの?」

その問におねえちゃんは「どこかなぁ」と答える。

「でもどこかにはいるんだよね?」

そう問いかけると「多分ね」と返ってくる。

そっか、と少年は呟く。

しばらくして力強く「おねえちゃん」の手を握り、強い声で言った。

「じゃあ僕、大きくなったらおねえちゃんに会いに行くね」

はっとした表情をしているのが、ぐちゃぐちゃな黒を隔ててもわかる。一方少年は屈託のない笑顔だ。

「絶対に会いに行くよ! おねえちゃんを探してみせるよ。……ね?」

はっとした表情を数秒程俯けた後、彼女は優しい声でこう言った。

「――じゃあ、約束だね。会いに来てくれるの……楽しみに待ってる」

「うん! 約束だよおねえちゃん!」

小指を互いに差し出して指を切る。嘘ついたら針千本飲ます、お決まりの童歌を歌って手を繋ぎ、紅い夕焼け空の下仲良く帰り道を歩いて――


そこで青年の目は覚めた。

瞬きする目に朝日が差し込む。

「……夢か」

ぽつりと呟いて起き上がり、大きな欠伸と共に背筋を伸ばす。

目を擦りながら時間を確かめると、眠たげな目が一瞬にして見開いた。

「……うわああぁあああっヤバっ、寝坊したぁっ!?」

青年は急いでベッドから飛び降り身支度を整える。

髪だけはとてもぼさぼさのまま、階段を降りたリビングに置いてある一口サイズのチョコだけをつまむ。

ヤバい、ヤバいとうわ言のように呟きながら、スニーカーを履いて玄関を飛び出した。


彼の家からそう遠くない、走れば数十分もかからない施設。そこに大勢人が集まっていた。施設の入り口を大きく開け、せっせと道具を運びトラックに積んでいる。

衣装やそれに伴う小道具、舞台セット……演劇に欠かせない重要なパーツばかりが一人の女性の指示で次々と積まれていく。

「すいませんっ、遅くなりました!」

その中、焦った顔で駆け足でやってくる一人の青年。

指揮している女性がいち早く気付き、声をかける。

「遅いよ! また夜遅くまでスケジュールの確認したろ」

「……は、はい…本当すいません」

「仕事熱心なのはいいけど、寝坊したら意味ないだろ? まぁ、知ってて敢えて起こさなかったけどね!」

「えっ、ちょ! 同じ仕事なんだから起こしてくれたってっ」

「知るかそんなん。お前が一回二回遅刻しても大丈夫ってこった。ほら、来たんならさっさと運ぶの手伝いな」

「あ、はい! 了解ですっ」

指示に従い駆け足で道具を持ち出しに向かう青年。

運んではまた運び、また運んではさらに運び……の繰り返し。

そうして演劇の舞台の準備をしていくのが、彼の仕事。

演劇を終えるまで彼の仕事は延々と続くのだ。


それが青年……トラベロ・ルシナーサの日常、”だった・・・”。



この日常は予期せぬことからがらりと姿を変える。

しかし、そんなことはまだ誰も知る由もない。

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