-CONSERVATION- 保全機構

現代/ペンタゴン/ウィリアム


 ウィリアムはだらしなくはみ出たワイシャツを整えることもなく、再び起動した巨大モニタを虚ろな表情で見上げていた。


 彼だけではない。司令ブロックに居合わせた全ての人間が皆一様に口を半開きにし、視線を巨大モニタに釘付けにしたまま、魂を抜き取られた亡骸のように硬直している。


 巨大モニタは黒く塗り潰され、中央には地球と思われる円、その隣には英文字で『PAST WORLD CONSERVING SYSTEM』という羅列が表示されていた。


「我々は過去世界保全機構かこせかいほぜんきこう


 司令ブロックの四方に備え付けられたスピーカーから、突然女性の声が流れ始め、司令ブロックにどよめきが走った。


「二〇一二年の人類に告ぐ。我々は諸君の保有する核兵器のうち、およそ四五パーセントへのアクセス権限を入手することに成功した。それらの目標を、現在世界各国の主要都市に設定中だ」


彼女の言葉を聞いたウィリアムはその場に崩れ落ちた。彼の右手が無意識のうちに十字架を切る。


「何てことだ……」ウィリアムは呻いた。「この二日間で日本が攻撃され、グアム基地が陥落し、おまけに海軍局をはじめ、米軍の主要軍事システムが相次いで乗っ取られている。そして、それら一連の軍事行動を起こした張本人が、乗っ取ったシステムを利用し、全世界に向けてメッセージを発信している……だと?」


彼の呟きが終わると同時に、再び「諸君が抵抗しなければ」と、女性の演説が再開された。「これらの戦略核は発射されることなく、やがてアクセス権を返還することを約束しよう」


女性の声は、異常なほどに透き通ってこそいるが、一方で、不気味なほどに抑揚の無い、無感情な声だった。


「……エリザベス」ウィリアムは隣で同じように絶句するお気に入りの情報処理担当に囁いた。「何一つ成す術はないのか?」


「ないわ。ほぼ全てのシステムにアクセス制限が掛けられている。海軍局のシステムが乗っ取られるってことは、民間企業のシステムを乗っ取ることも容易いでしょうね。……何が言いたいか分かる?」


「……そんな、そんなことが……?」


ウィリアムは立ち上がった。


(早く、外に出なければ。外に出て、被害の実態を確かめなければ……!)


「市民、軍人、官僚、二〇一二年の人類全ては我々の駐在中、我々に対して忠誠を誓え。反逆しようとは思うな。抵抗しなければ諸君の安否は我々が保証する——」


ウィリアムの後に、職員らが続く。


 彼らは皆、最寄りの出口を目指していた。


「繰り返す。我々は、過去世界保全機構……」


誰もいなくなった司令ブロックに、女性の声はいつまでも響き渡っていた。

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レプリケイテッド・ヴァルキリー 三鷹台 @Utena_Mitaka

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