第24話 脱出

ケイハの感じた「イヤな予感」、それは彼女自身が以前から薄々考えていたことだ。横浜駅の各地に存在する自動改札の生産工場。複雑きわまるその設備は、横浜駅が自分で生み出したものではあり得ない。つまり横浜駅のほかの建築物と同様に、かつて人の手によって作られたものが、構造遺伝界に取り込まれて複製されたことを意味する。

 では、なぜ横浜駅以前に自動改札が存在したのか? おそらく、ほかの目的で作られた機体に、スイカネットが制御プログラムを上書きすることで、横浜駅の治安維持を担うシステムに転用したのだ。計画性を欠き場当たり的な進化しかしない構造遺伝界が自動改札のシステムを生み出せた理由は、それ以外にあり得ない。

 となれば、自動改札はもともと何だったのだ? 冬戦争の最中に数多くの産業機械が開発されていたというが、その多くは自律的な移動能力を持つものではない。人間のような四肢を持つ自動改札のデザインは、横浜駅のような平坦な床を目的に作られたものではない。不安定な環境での活動を目的としていたものだ。たとえば戦場のような。

 以上の推理を踏まえてケイハは言った。

「これは君の…いや、ユキエさんの意見への反証よ」

 ケイハはマイクに向かって言った。マイクの先には、複写されたネップシャマイの主記憶装置が接続されている。

「JR統合知性体が自らの意思で横浜駅を生み出したというなら、自動改札のシステムも一緒に生み出したはずよ。そのほうがずっと高度で頑健なシステムになったはず。わざわざ人間のロボット技術を転用したのは、横浜駅が統合知性体の意図に反して拡大した証拠よ」

 それは長い間自動改札のシステムを欺き続けたケイハの実感としても言えることだった。

 ケイハは自分の技術力に自信を持っていたが、それはあくまで現代の話であり、冬戦争やそれ以前のインターネット時代の技術者たちには数段劣るだろうと考えていた。そんな自分に太刀打ちできる以上、自動改札のシステムはそれほど高度なものとは言い難い。少なくとも、人間以上の何かが生み出したものではあり得ない。

 だがJR北海道の工作員は、数秒の間をおいてこう答えた。

「必要があります。配線図のそれをしてください。送信です」

「…?」

 ケイハは最初その言葉を自分への返答として解釈しようとしたが、すぐ違うと気づいた。この複製された知性は、何か別のことを訴えようとしている。

「配線図?」

「配線図はAAT互換です。急いで下さいが必要です。不安定な電波です。」

「AAT互換の配線図?」

 AAT互換の配線図と言われて心当たりがあるのは一つだけだった。ネップシャマイが超電導鉄道を制御し甲府まで来たときの配線の図だ。彼の電力が切れる直前に用いられた記憶であるため、ほぼ完全な画像状態で短期記憶領域に保存されていた。

「AAT配線図、送信してください。急いで。急いでいそいdddddddd」

「ちょっと待って、どうしたの?」

 だがモニターに出る文字はそれきり止まった。ケイハが何を話しかけても、もう何も答えなかった。コンピュータ自体は動いているのだが、その内部で再現されたネップシャマイの主記憶装置は、もはや彼女の言葉を言語として把握できなくなっていた。

 ケイハの複製したネップシャマイの主記憶装置はスキャンの精度が不足していたため、演算とともに数値誤差が蓄積され、知性としての機能を為さなくなっていた。

 複写時点でのデータを使っての再構成は可能だが、こう長く莫大な計算リソースを費やし続けるのは、彼女自身の安全上のリスクが高い。この店の計算機の多くは本来、甲府において自動改札を避けるICoCaシステムに費やされるべきものだからだ。

 ケイハはそう判断し、このシミュレータを止めた。


「人影を確認しました。」

「警告します。止まらないと発砲します。」

 自動改札の声を背後に聞きながらヒロトは走り続けた。電灯のないトンネルは暗い。

 銃声が響き、自分のすぐ左側の壁がばんと弾けた。背後を一瞥すると、三体の自動改札がこちらに向かってくるのが見える。うち一体はどうやら電気ポンプ銃に似た武器を装備している。ボディ内部に装備されていたのだろう。残りの二体は何も持っておらず、ただ腕をこちらに向けているだけだ。

「攻撃用デバイスが認識できません。直接捕獲に入ります。」

「攻撃用デバイスが認識できません。直接捕獲に入ります。」

 と銃を持たない二体が口をそろえて言い、残りの一体はさらに何発か発砲した後に

「可視光量が不足しています。ターゲットの位置が確定できません。赤外線を使用します。………赤外線検出器が装備されていません。」

 と言い、また発砲した。弾丸はトンネルの右側の、ずいぶん見当違いのところに穴が空いた。

 やつらの武器の多くが欠落しているらしい、とヒロトは思った。彼は甲府で見た自動改札の生産工場を思い出した。数百年にわたり複製され続ける自動改札の生産工場は、構造遺伝界がランダムな変異を繰り返していくうちに、改札機能に必要のない武器が徐々に失われていったのだ。日の差さない洞窟で世代を重ねた生き物が、その視力を失っていくように。

 あまり意識したことは無かったが、一体一体の自動改札の動きは思ったよりも遅い。ボディが厚い金属装甲で覆われているため、人間が全力で走れば十分逃げられる程度の機動力なのだ。普段の彼らは横浜駅に遍在しているため、数にものを言わせてターゲットを包囲して捉えるのだ。少数が相手であれば人間にも勝ち目がある。

 しかし持久力勝負となると話は別だ。ただでさえ足を撃たれて走れないヒロトに対し、自動改札の方はいくら動いても疲れる様子はない。エネルギー源が何なのかは分からないが、戦場での活動を想定しているとすれば、相当に長時間活動できることは間違いない。

 ついに体力の限界に達し、ヒロトは足元に置かれていた金属板の上にへたり込んだ。冷たさが下半身に伝わってくる。自動改札の一体が数秒ごとに発砲し、どこかの壁や床にあたってコンクリートに小さな穴が空く。狙いはまったく不正確だ。人間の警察員でも、音を頼りにもっと正確にヒロトを狙えるだろう。

「ケイハ、助けてくれ」

 ヒロトは端末に囁いた。だが画面には「圏外」とあった。超電導鉄道のトンネルを長く走るうちに、トンネルは深く地中に潜り、もはやスイカネットの電波が届かない場所に来ていたのだ。

 発砲音は徐々に近づいてくる。いよいよ万事休すか、と思った瞬間、端末にケイハからのメッセージが一件届いていることに気づいた。画像ファイルが一枚添付されているだけで、本文は無い。

「配線図」

 とタイトルにある。その図には見覚えがあった。いや、図自体ははじめて見るものだが、その図に書かれている内容に見覚えがあった。かつてネップシャマイと甲府に侵入したときに、シャマイの指示にしたがって列車と電光板を接続した、まさにその配線図だ。

 自分の座り込んでいる金属板を見た。これは甲府への移動に使った「車両」ではないだろうか? 甲府のときに使ったタタミ一枚分のものより遥かに長く、大型の貨物輸送に対応しているようだったが、前方のカバーを開くと、配線図にある通りの端子群が現れた。

 ヒロトはカバンからネップシャマイの電光板を取り出し、端末の配線図にしたがってケーブルをつないだ。すべての作業を終えると、祈るような気持ちで電光板の電源ボタン(と思われるもの)を長押しした。

 電光板には文字が現れた。

「侵入に成功しました。」

 電光板の光は、かつて大船からの旅路で見たものよりもずっと弱々しく、微かに読み取れる程度のものだった。バッテリーに残ったわずかな電力か、それとも車両から電力を供給しているのかは分からない。

「シャマイ!? おれだ、分かるか?」

「それでは出発します。ここからだと東京方面と甲府方面にいけますが、どっちに行きますか?」

「甲府じゃない。ここはもうずっと遠くの場所なんだ。おれは42番出口にたどり着いたんだ。そして…お前に使い終わった18きっぷを渡すって約束をしていたんだよな。でもこの状態でどうやって…そうだ、お前から借りたこの構造遺伝界キャンセラーも、もう電池を使いきってしまって」

 ヒロトはまくし立てるように喋った。だが彼の言葉はもうこの小さな電光板には届いていないようだった。言葉を理解するだけの電力が供給されていないようだった。そこにあるのは、ただ残存した記憶だけだった。

「わかりました。それでは出発しますよ。しっかり掴まってきてくださいね」

 と言われても板上に掴めそうなものは何もなく、ヒロトはうつ伏せの体勢になり、板の前方の突端を両手でつかんだ。金属板は「すっ」と一センチほど浮いたかと思うと、そのまま音もなく前方へ加速しはじめた。

 空気がものすごい勢いで顔にぶつかってきて、耳元ですさまじい音を立て始めた。手に握った金属板がどんどん食い込んできた。背後で自動改札の発砲音がぐんぐん遠ざかっていくのが聞こえた。

 数十分の後、眼前で金属板が水しぶきを上げ始めた。一瞬トンネルの中に水が溜まっていたのかと思ったが、それは違った。トンネル自体が水中に突っ込んでいるのだ。その臭いはヒロトにとってごく馴染みのあるものだった。横浜駅に入って以来五日ぶりの、海の臭いだ。

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