第22話 下り道

「スイカネットのノードのいくつかは私の権限下にあるから、ある程度は自動改札の動きを撹乱できるわ。しばらく周囲に近づけないでおく」

 というケイハの言葉どおり、42番出口から南に向かう斜面には自動改札の姿がまったく見当たらない。エキナカの視界が開けた場所で、こうも自動改札の姿のない光景は珍しい。深夜のためか、人の姿もほとんどない。斜面のずっと下の方に、警察員の服装をした二人の男が登ってくるのが見えるだけだ。

「場所を指定するから移動して。そこまで行けば後はなんとかする」

 とケイハが指定した位置は、現在地から南へかなり行ったところにある。18きっぷの残り時間は7時間。なんとか間に合いそうな時間だ。

 横浜駅では、ある程度の大きさのある斜面にはどこもエスカレータが生成される。だがエスカレータの傾斜は一種類しかないため、山の斜度がそれよりも低い場合は、あちこちに踊り場が置かれて斜度が調整される。いまヒロトが下っているエスカレータ列も、あちこちに畳数枚分の踊り場が置かれ、あみだくじのように経路を切り替えることが出来る。

 斜面を登ってくるふたりの警察員は、踊り場につくたびに、ヒロトのいるレーンに近い方に方向転換をしてくる。こちらに向かってきているようだ。近距離で見ると、二人は驚くほど似ていた。背格好も顔つきも同じだ。顔は中性的で、年齢もよくわからない。

 ヒロトが乗っているエスカレータの先には、円形の踊り場がある。真ん中に巨大な柱があって視界を遮っているが、どうやら放射状にエスカレータが伸びているようだ。柱の奥に、二人の警察員が見える。ヒロトを指差して、何か会話をしている。こんな山奥に、それも深夜にひとりで何をしているのかと聞かれるのだろうか。よく見ると、男はヒロトを指差しているだけでなく、その手に金属製のものを持っている。そこまで視認した瞬間、

「ぽん」

 と腑抜けた高音がエスカレータの広がる斜面に響いた。

 ヒロトは急速に右足の力が抜けるのを感じた。そのままバランスを崩してエスカレータを何段か転がり落ち、ごとんと大きな音を立てて腰をついた。何が起きたのかわからなかった。自分の右足の、膝から下の部分に強い熱を感じる。見るとズボンが赤黒く染まっていた。そこでようやく、自分の脚が撃たれたと気付き、刺すような痛みがやってきた。

「なっ…」

 突然の痛みに悶えているあいだに、エスカレータは下り、体が踊り場に放り出された。ふたりの警察員が来てヒロトを見下ろしている。近くで見ても、顔の違いがほとんど分からない。服装もほぼおなじで、唯一の違いは片方が拳銃のような武器を持っていることだ。

「動かないでくださいね。いま逃げられると次は足では済みませんから」

 銃を持ったほうの男が無表情で言った。おそらく電気ポンプ銃の一種だ。大船でネップシャマイの上半身を吹き飛ばした長銃に比べると威力は小さいようだった。ヒロトが自分の脚から流れる大量の血――そんなものはエキナカに入ってついぞ見ていなかった――に大声で喚いているのを二人は無視して

「ではこれで私は勤めを果たしました。ここでお別れですね。後のことはお願いします」

 と、拳銃をもうひとりの男に渡した。

「ご自分で撃つ必要もなかったのでは? 拘束した者のひとりでも使えば」

 もう一人の男が言った。声もほとんど同じだ。

「それは無責任というものです。我々は駅の治安を守る者として、自分のやることに責任を持たなければ」

「すばらしい心がけです。しかしこの男で間違いないのでしょうか?」

「はい。先ほど確認したとおりです。スイカネットに瞬発的な振動が発生し、その直後にこの男が現れました。そしてSUICAを持っていません。これだけ揃えば十分でしょう」

「もっともな考えです」

 銃を渡した男はあたりをきょろきょろと見回した。

「はて、自動改札が来ませんね。どういうことでしょうか」

「災禍が既にここまで発生しているということは?」

「それは非常にまずいですね」

「確認が必要でしょう」

 そういうと男が拳銃を踊り場の柱に向けて発射した。ぽん、と気の抜けた音が響いた。弾丸は柱に衝突してバラバラに砕けた。破片を見ると、どうやら警察員の制服に使われている真鍮製のボタンだ。柱には傷一つつかない。逆位相遺伝界はまだ、この場所まで浸透していないのだろう。

「問題はないようですね。自動改札はおそらく、何らかの理由があって遅延しているのでしょう」

「我々は長年正しい目的と責任にもとづいて行動しているので、横浜駅から特別な権利が認められた可能性もあります」

「ありえますね」

「となれば、この銃はあなたが持つべきでしょう」

「いえ。私はすでにあなたに仕事を託した身です。たとえ自動改札に遅延があったとしても、それを受け取るわけには行きません」

「しかしながら」

 二人は銃の受け渡しを続けた。その様子を見ているうちに、もうどちらがヒロトを撃ったほうなのか分からなくなった。

「何なんだ、お前らは」

 ヒロトが叫ぶと、二人は思い出したように彼を見て

「おっと、こんなところで話し込んでいる場合ではありませんでした。この男はどうします?」

「連れて行くのですよ。私はなにも懲罰としてこの男を撃ったわけではありません。上で必要になる可能性があるからです。だから脚を狙いました」

「わかりました。時間が経つと状況は悪い方にしかいきません。私が彼を42番出口まで連れて行きましょう」

 そう言ってヒロトにやはり無表情で手を差し伸べて

「立てますか? できれば自分で歩いていただけると助かるのですが」

 何がなんだか分からないが、とにかくこの二人が明確な自分の敵であることをヒロトは認識した。もっと早い段階で認識すべきだったのだが、そもそもエキナカにおいて自分に敵がいるということを彼は想像していなかったのだ。

 ヒロトは、警察員の差し伸べた手を握ると、そのままぐっと手前に引いた。男は「うっ」と声をあげてバランスを崩して倒れ、反対側の手に握られていた拳銃が床に落ちた。ヒロトがとっさにそれを拾ったが、弾丸となる金属片が装填されていなかった。もうひとりの警察員が後ろから拳銃を奪い取ろうとしたので、ヒロトはそれを力の限り放り投げた。拳銃は放物線を描いて数レーン先のエスカレータに落ち、上へ登っていった。すぐに床に落ちている自分のカバンを拾い、柱の反対側にあるエスカレータを転がり落ちるように降りていった。踊り場には二人の警察員が残った。

「抵抗されましたね」

 と立っている警察員は言い、倒れている方に手を差し伸べた。彼はそれをとり立ち上がりながら

「なぜ抵抗されたのでしょうか? 私たちは正しい目的で行動しているはずですが」

 と言った。

「わかりません。とにかく私は銃を回収します。あなたは彼を追ってください」

 と言い、ひとりはエスカレータを登った。もうひとりは下った。


 ヒロトは必死で逃げたが、脚を撃たれた状態ではほとんどまともに歩けず、踊り場を数個下ったところで、ゆうゆうと歩いてくる警察員に追いつかれた。

「抵抗しないほうがいいですよ。ここであなたが私を攻撃すると、あなたが自動改札に連行されてしまいます。それでは我々の正しい目的は達成されません」

「待て、一体何なんだ、お前らは。警察じゃないのか?」

 しかし男は、その質問の意味がわからない、という顔をして

「上に戻りましょう。あなたが不必要に動いたせいで、42番出口から遠ざかってしまったのですよ。時間がかかるほど状況は悪くなります」

 といってヒロトの腕を掴んだ。そのとき男の背後から何者かが現れた。もうひとりの警察員かと思ったが、それは自動改札だった。自動改札はヒロトの腕を掴んだままの警察員に

「あなたは駅構内で禁止されている暴力行為を行いました。よってSUICA不正が判定されました。これにより横浜駅からの強制退去が実行されます」

 と告げた。男は相変わらずの無表情で言った。

「はい。そのとおりです。私は自分の目的と責任にもとづいて行動しましたので、問題はありません」

 自動改札は警察員を金属製のワイヤーで拘束すると、ヒロトに向かって言った。

「18きっぷをご利用のお客様に申し上げます。きっぷの有効期限はまもなく終了になります。終了後は強制退去が実行されます。お客様のご理解とご協力をお願いします」

 そういうと、自動改札は警察員の男を連れて――というよりも並んで歩くように――エスカレータを登っていった。両者が視界から消えると、あたりはエスカレータの稼働音と「ベルトにおつかまりください」「エスカレータから身を乗り出したり、駆け上がったりはたいへん危険です」といったアナウンスだけが響き続けた。

 ヒロトはしばらく震えていたが、上着をちぎって即席の包帯で脚を止血すると、ふたたびエスカレータを下り、ケイハの指定した位置へ歩き続けた。

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