第18話 複写知性
甲府階層都市の第117階層。「根付屋」と看板に書かれた電機屋の奥の部屋に構えているのは、おそらく甲府でも最大の計算能力を持つコンピュータだ。ケイハがあちこちで集めた計算リソースをクラスタ化したものだ。
マシンの内部で消費される電力は、およそ個人の負担できる金額をはるかに越えているが、ケイハは電気局のメーターを適当にいじって消している。横浜駅深部の質量炉で生産される電力を右から左に流すだけの電気局職員の職業意識は低く、気づかれる危険性は皆無と言ってよかった。
この怪物的なマシンで駆動しているのは、スイカネットで古くから流通している回路シミュレータソフトだ。物理スキャンした回路構造のデータを入力し、仮想的な回路上で仮想的な電流を流す。演算内での演算が実行され、出力はモニターに表示される。
「Kitaca OS 4.2 を起動しています…」
「起動が完了しました」
「2点以上のハードウェアが認識できません。ボディに深刻な問題が生じた可能性があります」
多くのメッセージが出たあと、画面に入力待ちを示す記号が表示される。ケイハはマイクに向かって話しかけた。
「こんにちは。私は二条ケイハ。状況を理解できる? 自然言語デバイスは動いてる?」
マイクのスイッチを切ると、音声データが回路に送信され、コンピュータの冷却装置の稼働率が上がり、マシンから白い排気がもうもうと出てくる。およそ三分間の沈黙を経て、画面に文字が表示される。
「あなたの言語を理解します。僕は自分を認識しません。」
「君の名前はネップシャマイ。JR北海道から派遣されてきた工作員よ」
また数分間の沈黙。冷却用の窒素が部屋に充満していくのが気になったが、換気システムは最小限にしか動かしていない。横浜駅層状構造体の中層にあるこの店では、周囲に怪しまれずに排気をするのが難しいのだ。ケイハは以前いちど酸素欠乏症で意識を失い、たまたま来ていた近所の電機屋に見つかって一命をとりとめたこともある。もう少し上層に住めば快適なのだろうけれど、富裕層の集まる上層では警察に目立ってしまう。ICoCaによって自動改札の目も欺く彼女にとって、いちばん恐ろしいのは人間の警察だった。
「JR北海道を理解します。僕の個人を認識できません。主記憶装置に深刻な問題が重篤に発生しています」
「何か思い出せることはある?JR北海道を北海道との通信ポートに接続するトークンは覚えている?」
数分間の沈黙。ケイハはお茶を入れながらマシンの返答を待った。
「トークンは主記憶装置が実在しました。現在は修復の深刻な問題のためできません。確認して問題の原因を現在しています。」
ケイハは肩を落とす。彼のデータを使ってJR北海道とのコンタクトを試みようと思っていたのだが、アテが外れたようだった。
「ごめんなさいね。君の主記憶装置のフォーマットが全然理解できなかったから、物理構造をまるごとスキャンしたの。シミュレータだから実時間よりも三桁くらい遅いけど、会話が成立するってことに正直びっくりしたわ。ずいぶん頑健性のあるシステムになってるのね。主記憶装置のフォーマットに関する情報はある?」
その返答は20分近く待たされることになった。いっぺんにしゃべり過ぎると回路が混乱するのかもしれない。
「僕はフォーマット情報を持って最初からいません。機密事項に該当しそれは技術部が保持しています。」
「いま技術部と通信する方法はある? 私は君たちの組織とコンタクトをとりたいの。お互いにメリットがあると思う」
「あなたを僕の知識は断片的に存在しています。技術部はしかしながら秘密的な、明確な理由を必要します。」
言語部分のスキャンが不十分だったか、とケイハは思ったが、問いただすにも時間がかかりすぎるし、下手に喋ってダウンさせると再起動にまた何時間もかかってしまう。いまのうちに聞けることを聞いておく必要があった。
「できれば、あなたの知っていることを差し支えない範囲で教えてほしいの」
「僕が知ってることの全体を認識しません。それは特定の要請に連想されます。」
「じゃ、まずひとつ。君たちの生みの親である『ユキエさん』は何者なの?」
「ユキエさんは Corpocker 型の生みの親でありそれは僕達です。またそれは言語を知性体の上位の記述を解読したとされています。」
「直接会ったことは?」
「直接の意味を定義しません。補助記憶装置にデータが存在した記憶が主記憶装置に存在します。補助記憶装置が認識できません。」
「わかった。それじゃ次の質問。君がここ数日間、一緒に旅をしていた人のことは覚えてる? 三島ヒロトっていう名前の」
「名前に関しての情報はありません。人は18きっぷです。」
「ええ、その人」
ケイハは別画面に地図を表示した。ヒロトに渡した端末の位置情報が表示されている。木曾谷を越えて、最後の目的地に近づきつつある。
「彼はいま42番出口へ向かってる。木曾谷でちょっとトラブルに巻き込まれたみたいだから、ちょっと手を貸してあげたところ。42番出口についてあなたは何か知ってる?」
「42番出口は問題が始まった場所でありそれが保存されています。本社は非常に重要です。工作員を中部地域に二年前に派遣し、不足要件がありました」
「不足要件っていうのは?」
「人間であることです。本社は人間を過去に派遣し工作員をしましたために、それは東北地方内で失敗をすべて終わりました。現在では判断が不可能としています」
「ええと、ちょっと待って」
だがモニターの文字は構わず流れ続けた。
「つまり矛盾が保護を存在します。それが横浜駅が増殖を続けた数百年にわたる要因たる最大と考えられます。SUICAを持たない人間でありキャンセラーを持つ構造遺伝界が遮るものを終了を可能性です。」
ケイハは数分かけてその意味をかろうじて把握した。
「つまり…それってすごく大変なことじゃないの!?」
そこからは一分も待たず、次のテキストが表示された。
「必然的です。可能な方法がある場合、それは有限時間で実行されます。だから不死はありえません。」
そこだけ妙に文法的に整った文章は、もしかすると彼がその回路の脳内でずっと反芻していた言葉なのかもしれない、とケイハは思った。
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