第14話 特別仕様体

 目の前にはコンクリートで出来た小さな丘。冷えて固まった溶岩のように、液体を思わせる流線型をしている。この徳島の地にたどりついて間もない横浜駅の先端部分が、まだ自分がどういう姿を形成すべきか決めかねているような様態だ。

 JR北海道の工作員ハイクンテレケは構造遺伝界キャンセラーを取り出し、駅構造に照射をはじめた。必要なのは安定した通信路の確保と、そして自身の安全確保だ。

 四国地方のまだ生成されたばかりの横浜駅構造体は、キャンセラーにより構造遺伝界を失っても素材自体の硬度が残っているため、本州のように自然には壊れない。彼女はこれを自分の手で削っていく。他の工作員たちと違って彼女のボディは特別仕様となっているため、コンクリート程度なら掘り進めることが可能だ。

 主記憶装置が焼き付きそうになるのをこらえながら作業を進めた。人が通れる程度のトンネルを掘り、反対側まで貫通させる。途中にカーブをつけて、外から中が見通せないようにする。

 十分な空間を確保したあと、トンネル内で通信端末を起動する。電波環境は良好。これなら相当な量のデータが送れそうだ。


<<< Suicanet Status: 仮想直通経路 "JRH" を確立しています… >>>

<<< 暗号化のキーを交換しています… >>>

<<< 安全な接続が確立されました >>>


「はい。こちらJR北海道北海道技術部二課、帰山です」

「ハイクンテレケです。長く連絡が出来なくて申し訳ありません。さきほど徳島に到着しました。現在の位置情報を送ります」

 おお、という帰山の安堵の声がネットの向こうから聞こえる。通信は相当にクリアだ。遅延も少ない。

「君が無事というのは良いニュースだが、その位置からスイカネットにつながるってのは悪いニュースだな」

「ええ。淡路島は鉄道が無かったので構造遺伝界の侵入が遅かったのですが、既に鳴門海峡を越えて四国本島まで横浜駅が到達しているようですね。いま確保できる帯域の範囲で、補助記憶のデータを送ります」

<<< データ送信中… >>>

「OK。きちんと受信してる」

 通信速度を示すバーは、ハイクンテレケの四国上陸以来もっとも高い値を示している。明日の朝までにはかなりの量が送れそうだ。

「ついでに連絡事項だが、関東地域で活動していたネップシャマイの通信が途絶えている。本部では何らかのトラブルに遭った可能性があると見ている」

「私同様にスイカネット圏外に出ていた、という事は? あいつは元々適当に動き回るタイプですし」

「最後の通信は大船とある。あの位置から圏外まで一瞬で移動することはありえん」

「通信モジュールの充電を忘れている、ということも考えられます」

 帰山が鼻で笑っているのが聞こえる。

「君はシャマイに厳しいな」

「あいつは社交性は高いんですが、ところどころネジが抜けてるんですよ。オリジンに似たんでしょう」

「最後の通信によると、興味深い人間を見つけたので行動を伴にしている、ということだ。どう興味深いのかが分からないが、そいつが何か関与している可能性が高いな。いずれにせよ、四国だけじゃなく横浜駅の住民にも敵対勢力がありうることは認識しておいてくれ。危険な場所には踏み込まず、そちらの判断で帰還していい」

「いまのうちに補助記憶のデータを全部そちらに送りますか? いつ私が死んでも問題ないように。いまの通信速度なら2週間もあれば送れそうですよ」

「だめだ。君は無事に帰ってくれ」

「それもそうですね。工作員が減るのは本社にも損害ですし」

「あのなあ。工作員の頭数が欲しけりゃ、金をかけてヒューマノイドを製造しなくても、対岸に渡ってSUICAを持ってる子供でも捕まえてくりゃいいんだ。駅の住民に攻撃される心配もないしな」

「つまり私のボディが特別仕様で貴重な資産だからちゃんと帰れ、ということですね」

「だからそういう言い方はやめてくれ、テレケ。確かに君のボディは横浜駅外での長期任務を見越して耐久性の高い仕様になっている。だが俺の言いたいのはそういうことじゃない。君が戻ってこないと、ユキエさんが悲しむし、俺も悲しい」

「ボディが重要でないのであれば、主記憶装置のデータごとそっちに送りましょうか。私がそっちに戻ったのと同じことになりますよ」

「君は行動力が高いが、少々社会性に問題があるな。シャマイとは逆だ」

「私もオリジンに似たんですよ。では、そろそろ反芻時間をとりたいので、おやすみなさい。同期すべきデータがあったら送っておいてください」

<<< 通話終了します… >>>

<<< データ送信は継続中です。残り8時間11分… >>>


ハイクンテレケは通話を終えると、ふう、と溜息をひとつついた。四国に入って以来まともに補助記憶を反芻する暇もなく、主記憶がかなり焼き付いていたのだ。

 寝床の安全を確保しなければならない。トンネルの両側に簡易センサーを置く。これで暴徒が襲ってきても、反対側から逃げることが出来る。両側から襲ってくるほどの計画性のある相手ならば戦闘に持ち込むしかない。相手が銃を持っていても、自分のボディなら多少は耐えられるだろう。だが今後の任務に差し支えるのでなるべく避けたい。

 トンネルの大きさは自分がかろうじて通れる程度だ。このような横浜駅の先端部では、眠っている間にコンクリートが変形して閉じ込められる危険性があるから、なるべく広めのスペースを確保しろと言われる。だがハイクンテレケは狭い場所で眠るのが好きだった。生き埋めを防ぐための最小限のセンサーだけ起動しておけば問題無いだろう。人間の胎内回帰願望が自分のどこかに残っているのかもしれない。

 目を閉じて補助記憶の書き込みを停止し、反芻をはじめる。まず先ほどの本社との通信データが主記憶装置を回り始める。

「あのなあ。工作員の頭数が欲しけりゃ、金をかけてヒューマノイドを製造しなくても、対岸に渡ってSUICAを持ってる子供でも捕まえてくりゃいいんだ。駅の住民に攻撃される心配もないしな」

 帰山の声がこだまする。津軽海峡を渡って子供を誘拐して工作員に育て上げるというのは、比喩でもなんでもなく、十年ほど前までに実際に行われていたことだ。JR北海道の上層部なら誰でも知っている。

 効率の悪さのわりに成果はほとんど上がらず、そうこうしているうちに道内の耳聡いジャーナリストがその事実を公表し、対横浜駅防衛戦がはじまって以来のスキャンダルとなった。結局は技術部門の暴走という形で処理され、技術部門の最高責任者および幹部数名が罷免された。その後釜として現れたのがユキエさんだった。

 JRに来る前の経歴は不明だが、彼女の登場により技術部は飛躍的な発展を見せた。こうして誕生したのが、ハイクンテレケら Corpocker 型のヒューマノイドであり、構造遺伝界キャンセラーをはじめとする新型兵器であった。

 …さらに過去の記憶の反芻が始まる。瀬戸内海を横断して四国に渡ってから現時点までのデータだ。すでに香川北部は横浜駅化され、自動改札によるSUICAを持たない住民の追い出しが始まっていた。JR四国はもうだいぶ前に解散状態にあり、統治者なきこの島で治安は悪化の一途をたどっている。

 反芻速度が増すにつれ、定着処理の負荷が増し、意識はゆっくりと薄れる。やがてハイクンテレケは眠りの状態に入る。

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