第10話 脱走兵

 赤蛙の意匠をあしらったJR九州の社旗が掲げられた部屋で、将校が一人と、正座した一般兵三人が向かい合っている。その間には、長銃1ダースが床に放り出されている。南九州で生産されている電気ポンプ式の銃だ。

 金属であれば何でも弾丸になるという汎用性の高さから、冬戦争末期とその後の混乱期に活躍した。「人類史で石器の次に使われた武器」とまで言われ、最大出力にすれば人間を両断できるほどの威力を誇るが、構造遺伝界を含んだ横浜駅にはほとんど効果は無い。要するに対人用の武器だ。

「で、情報部門からの報告によると」

 JR九州軍の将校、川上が沈黙を破る。

「お前たち三人は、私用端末を用いてスイカネットに接続し、下関にある業者と連絡をとっていた。一人あたり四丁の電気ポンプ銃と引き換えに、SUICAをインストールして横浜駅に移民させてもらえるように頼んだ、と。調べてみると、武器庫からそのとおりに銃が行方不明になり」

 川上は床の銃を一丁拾う。

「当該IDの銃がお前たちのベッドの下から見つかった、とのことだ。事実であれば、武器持ち出しのうえに脱走未遂で厳罰だな。何か言いたいことはあるか?」

 と、三人の肩を砲身でそれぞれ軽く叩いた。

 三人はしばらく互いに顔を見合わせた。二人が残りの一人を非難の目で見ている。お前が言い出したんだ、お前が大丈夫だと言ったからこんなことになったんだ、自分たちは乗せられただけだ、ということを表情で訴えていた。

 その一人が観念したように口を開いた。

「で、では申し上げます。わ、我々はこのような無益な戦争をもう止めて、横浜駅を九州の地に受け入れるべきだと、か、考えております」

「州民への責務を放棄するというのか」

「我々のこの二世紀にもわたる戦争は、横浜駅を撃退するどころか敵の強さを増すばかりなのです。先だっての爆発攻撃でも、二人もの同胞が犠牲となりました。横浜駅に入ることこそが、州民の安寧なのではないでしょうか」

「…それを決めるのは我々ではない。大体、自分たちだけで逃げようとした者が、州民の安寧など大それたことをほざくな」

 川上が睨みつけると、兵士はもう何も言えず、ただ下を向いて震えていた。


 関門海峡沿いにある前線基地は、建物をまるごと覆う抗構造遺伝界ポリマーのせいで、常に独特の化学臭が立ち込めている。川上はその一室で、情報部門の若い職員に声をかけた。

「ご苦労だったな。三人とも容疑を認めたよ」

彼は机の上に両足を放り出し、右手には菓子、左手で端末のページをめくりながら「はいよ。お疲れ様でした」と答える。

「でも告発しといて何ですが、なるべく軽い罰でお願いできませんかね。あいつら、俺の同期入社なんすよ」

よくこんな臭いのなかで平然と食べ物を口にできるな、と川上は思う。

「刑罰は社内規定に基づいて公正に行う。私の裁量でどうこうできる事ではない」

「まあまあ。俺らみたいな若者が横浜駅に憧れるのも無理ないじゃないですか。若気の至りってことで大目に見てやってくださいよ」

 JR九州の情報部門である大隈がこんな海峡の最前線にいるのは、彼がスイカネット解析の部局員だからだ。横浜駅構内を流れる情報を収集・解析して戦略に役立てる、という名目になっていたが、実際のところ戦略上有効そうな情報はほとんどない。

 スイカネットに流れるのはあくまで横浜駅に住む人間たちの情報であり、下関で安くてうまいふぐ料理を出す店の情報である。構造遺伝界を通じて伝わる横浜駅自体の情報を知る術はまだない。

 だから彼の「成果」といえば、こうして脱走を企てた同僚を見つけて告発することである。

「しかし、なんで対人用の電気ポンプ銃が横浜駅の連中に売れるんですかね? あの中じゃ暴力は厳禁のはずでしょ」

「使ってはならない武器でも、所有しないと落ち着かない連中がいるんだろうよ。かの時代の核兵器のようにな」

「いけませんねえ。もっと合理的に冷静に判断しないと。自動改札のように」

 大隈はそう言って端末のページをめくった。

「なんだ、その旧字体と数式だらけの本は」

「戦前の物理学書です。入力データ層から画像の状態で発掘されたんですよ」

「ああ、鹿児島の連中の仕事か。なにか役に立ちそうなことは書いてあるか?」

「まず日本語として理解するのが一苦労なんですが、どうも構造遺伝界の基礎理論となる量子場の伝搬法則について解説されてるみたいですよ。まあ、所詮は人間の書いた本ですし、既に科学部門が知ってることだとは思いますが」

「構造遺伝界への対策は見つけられそうにないか。あれを攻略しないことには、いつまでも増えるコンクリどもとのイタチごっこが終わらん」

「そうっすね。出力層や隠れ層のデータが取れればあるいは、って感じですが、記述言語が解読できないことにはどうにもなりませんよ」

「難しそうか」

「うちの優秀な解読チームが総力を尽くしてますよ。まあ単純に考えて、ホルマリン漬けにされた宇宙人の脳を持ってきて、そいつの性癖を読み取るくらい簡単ですね」

「だが、我々にとっては数少ない希望だ。なんとしてでも解読してほしい」

「そんなら取締役会にかけあって、もうちょっとうちの予算を増やしてくれませんかね。あいつら火砲にばっか金かけてバカなんじゃないですか。横浜駅相手に物量戦で勝てるわけがないんですから。うちらはお茶代さえ私費なんですよ」

「口を慎め。いくらお前でも…」

 その時、基地にサイレンが鳴り響いた。

「駅の射出が始まりました!座標は42, 33, 128です。担当兵員は至急集合してください」

 川上は椅子にかけておいた軍服を掴み、ドアに向かった。

「呼ばれたので行ってくるぞ」

 大隈は首だけ後ろを向いて答えた。

「へい。そんじゃお疲れ様です」


 横浜駅の西の最果て、関門海峡防衛戦は、一世紀以上にわたる膠着状態にあった。かつて幅1キロにも満たなかった海峡は、連絡通路を伸ばそうとする横浜駅に対抗し、度重なる沿岸工事で三倍以上に拡張されていた。それはJR九州にとって、文字通り身を削るような戦いだった。

 防衛戦の最初の数十年は、植物が枝を生やすように伸びてくる横浜駅の連絡通路を、集中砲火で撃ち落とすという戦いだった。横浜駅の伸長速度は、速い時でも対岸まで半日かかる。火力を集中させ叩き落とす時間は十分にあった。

 ところが、半世紀を過ぎるころに横浜駅が戦略を変えた。あらかじめ駅の内部で十分な長さの連絡通路を完成させておき、射出するように伸ばしはじめたのだ。これでは到達までの時間は三十分にも満たない。このためJR九州は急遽、沿岸工事で海峡を拡張して時間を稼ぐとともに、火砲の機動性確保を迫られることとなった。現在ではどこで連絡通路の射出がはじまっても、十分後には撃ち落とせる体制になっている。だが、連絡通路の射出速度も徐々に上昇している。

 さらに数年前から、連絡通路の先端が自爆してコンクリート片をばらまき、対岸を構造遺伝界に感染させる、という現象が見られるようになった。横浜駅のこの神風攻撃により、それまで一方的な攻撃者だったJR九州側に死傷者が出始めた。今回の脱走騒ぎも、そういう状況による士気低下の余波のひとつだ。

 駅の中にいる人間あるいはコンピュータのような知性が戦略を立てているとは考えにくい。単に構造遺伝界がランダムな突然変異を起こし、横浜駅の成長に有効なものが保存されるアルゴリズムが存在している、と科学部門は推測している。

「これで、もう半世紀は戦えるでしょう」

 そう自信ありげに言ったのは、抗構造遺伝界ポリマーを開発した科学部門の責任者だ。これで沿岸部を覆ってしまうことで、構造遺伝界の感染の危険性を格段に減らせるという。量産ラインが確立し次第、四国との輸送船にも導入する見込みだ。

 半世紀に一度の戦術改良。およそ人間の感覚では及びもつかない、神話的スケールの時間だ。自分たちは神話に記されるべき戦いをしているのかもしれない、などと考えて川上はひとりでくっくとしずかに笑った。


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