卒業

「よし」


卒業式終わりに運動場で行われる花道。


そこを通り終えれば、運動場で写真撮ったり友達と喋ったり、後輩からプレゼントをもらったり。


いつもこのワチャワチャ感は、プレゼント渡しに終えた私が音楽室から見下げていた景色。


ただこっちの立場になると少し不思議な感じ。


「春ちゃん!七瀬先生と写真撮りたいから手伝って!」


「あーうんいいよ(笑)」


駆け寄ってきた愛ちゃんは満面の笑みで私にカメラを渡す。


普段は大人しくないくせして、七瀬先生の前ではシュンと大人しく乙女ぶる愛ちゃんは七瀬先生を好きなくせに交流をあまり持たなかったため、この日だけは積極的に行こうとでも思ってるのだろう。


最後…だからね。


「ほれ。行ってこい」


「う、うん!」


ポケットに手を入れて運動場の隅に立ってる七瀬先生の元へチョコチョコと寄っていく愛ちゃん。


私もそれに近付いた。


「な、七瀬先生!写真撮ってください!」


「ああ、いいよ。カメラは?」


と言いながら、私の持ってるカメラが視界に入り、手を伸ばしてくる七瀬先生。


私は思わず手を引いた。


「え?(笑)」


「愛ちゃん言葉選び悪い(笑)」


「えっ、あ!あの一緒にっていう感じで…」


「ああ(笑)いいけど」


愛ちゃんの顔に、再び花が咲くようにきらめく。


そんな笑顔を見ながら私は全身がアングルに入るまで下がった。


「はい。チーズ!」


愛ちゃんの大事な大事なツーショットだ。念のために二枚撮っておいた。


「ありがとうございます!」


「いえいえ」


「ありがと春ちゃん!」


「はいよ」


カメラも愛ちゃんに返して…ここは一件落着。撮りたくないなんて言われたらどうしようかと思ったけど、まあさすがにそれは大丈夫だった。


「お前、後輩にモテるねんな」


「まあ…一応副部長やし?」


両腕いっぱいにぶら下げた袋を見て七瀬先生がそう言ってくる。


そして私はその袋で動かしにくい手をなんとか動かし、スマホを取り出した。


卒業式は持ってきてもOKなのだ。愛ちゃんはスマホを持っていないだけ。


「撮っていい?」


「うん」


内カメラで写真を撮る。


私はこの写真を最後の思い出にするつもりだ。


「これ。読んで?」


「え?ああ…うん」


卒業式前、猛スピードで書いた封筒にも入っていないルーズリーフに書かれた手紙を渡して、その場を離れた。


もう後ろは振り向かないと決めて書いた手紙。別に長文でもなく、ただ大事なことだけ厳選して書いた。


終える。これで全て。私は、これを終えてただの高校生ライフを送る。


「よーーーし!」


「何(笑)」


周りにいた部活仲間に変な目で見られるがそんなことも気にしない。


気にしないが故、この大声を五日後また違う場であげた。


公立高校の合格発表の日。


大きな紙に気持ち悪いほど数字が並ぶ中から、自分の番号を探す。


「よーーーし!」


あったのだ。


「お母さん?あった!あった合格やで!うん!今すぐ帰る!うん!バイバイ!」


母にも電話ですぐ伝えて。


私の新しい〝春〟が幕開いた。


ただ…帰りのバスに乗っている時、ふと窓を見ると中学生らしき人がいかにもサッカー部な格好をしているのを見て…ある人を思い出す。


振り切ろうとしたが、思い出すくらいいいか…と。スマホを開いて卒業式のツーショットを見た。


ピースもしないし、笑顔も微妙。ただ…それも七瀬先生らしいか。


読んでくれたかなあ…。


〝七瀬先生へ


好きです。避けたくて避けてるんじゃないんです。

ある生徒にばれて、噂が広まりました。それがもし大事になったら…と思うと怖くなりました。先生の職業を先生から消したくなかった。

だって、私達がこうなれたのも先生が教師だったからなわけだから。


好きです。けど終えましょう。


私を好きになってくれてありがとうございました。

思い出をいっぱいありがとうございました。


彼方 春より〟


あの手紙。


「はぁ。…あ!」


ボーッと思い出に浸ってると、地元のバス停だったことに気付き、慌てて降りるボタンを押し立ち上がった。


お金を払ってバスを降り、家へ向かうと。


「いい加減気付けよ」


「え?」


後ろから声がして振り向くと。


そこには…。


「合格したんだってな。おめでとう」


「な…んで…っ」


七瀬先生がいたのだ。


「なんで合格なんて…」


「学校に連絡くるもん」


「じゃあなんでここに?」


「きっとこのバスで行っただろうなーと思って。春が受けた高校、バス停あったから。まあ、ただの予想だったから当たったのもたまたまって言ってもおかしくない。親が車でーなんてもありえるし、時間わからないから2時間待ったし…っていうか、俺さだいぶ前に言わなかったっけ?」


「なにを?」


「別れないよって。お前が俺のこと好きじゃないなら別れるけどって」


言われたよ…覚えてる。


あの時も、バレたらやばいと思って、クラブを抜け出して七瀬先生のところに向かったんだ。


「お前の判断は正しかったかもしれない。俺だって知ってたよ。俺らが付き合ってるとかなんとか噂で回ってたって」


「そう…なん?」


「うん。だから、確かに危なかったっちゃあ危なかった。俺がその噂が回ってたのを知ってるってことは他にも知ってる先生いただろうし。俺から離れるお前の行動は正しかっただろうし、俺の職を守ろうとしてくれたことは感謝してる。でもお前よく考えて?卒業すりゃなんの問題もなくない?」


「あ…」


もともと七瀬先生に好きと言われた時、卒業したら付き合おうって言われてて…それを私がバレないように今からで…ってしちゃったわけで。


今私たちは生徒と教師の関係じゃなくて…。


「アホやな相変わらずお前は」


「…そうやな」


「認めるんだ(笑)」


「だって別に先生にアホとか言われ慣れたし」


「そうだね。すごい言った覚えがある」


「言われたし書かれた」


「ああ、書きもしたね(笑)。で」


「…で?」


「別れなくていいよね?」


そう言った七瀬先生は…ほんっとに優しい表情してて。


それは普段、学校で見なかった表情だった。


「…うん!」


「家まで送るよ。行こ」


「ありがと」


そして私は自分から先生の手を握りに行った。


「同級生に会ったらどうするの?(笑)」


「べーつに?なんも思わん。卒業したし!」


「ああ…そう(笑)」


そう言って握る強さを少し強くしてくれる。


ちょっと不思議な感覚だけど…付き合うに年齢もなにも関係…


あれ…。


「そうえば先生何歳?」


「ああ、ははっ!知らんねんなそういえば。でも知らない方が身のためかも」


「知らんとかおかしいやろ普通(笑)」


「まあね(笑)そんな早く聞きたいなら、今日ご飯でも行く?他にも話したいことあるし。あ、でも親とお祝い行ったりするか」


「うんん。それは親の仕事の都合で明日」


「あ、そうなん?じゃあ…」


「うん。行こ」


「お金…持ってくるなよ」


「え?マジ?」


男の人は女の人にお金を払わせないってのがあるのは知ってるけど、本当にそうなんだ…なんて、恋愛経験がないから今実感。


「マジ」


「いや、さすがに悪いというか…」


「いや、春のポケットマネーじゃ足らないとこ連れて行く」


「うわ…オトナやな」


「残念ながら、ちゃんとしたオトナなんだよね〜」


そんな会話をしてるともう家の前。


「とりあえず、連絡先。家の前まで車で行くから。着いたらメール入れるよ」


そう言って、スマホの画面に電話番号とメールアドレスを表示した七瀬先生。


「番号とメアドって…LINEは?」


「してない。あのアプリのせいで明らか問題増えただろう?世の中に。嫌いなんだよね」


「ああ…実に社会科教師らしい理由やな…まあ、いいけど」


お互いの連絡先を登録し、とりあえず一旦帰宅。


急なお出かけ。もちろん何の用意もしてない…。


「七瀬先生、授業で化粧をわざわざしてケバくする意味がわからないって言ってたな…スッピンで行くか」


とか


「服装どうしよ…シンプルがいいか…」


とか。


考えに考えて、いつものお出かけより圧倒的に時間をかけている私。どんだけ彼氏に気遣ってんだ…。



そしてそれから何時間後かに、メールの着信音が鳴り響く。


「うお、きちゃったきちゃった…」


『今から向かいます。30分後には着くよ。』


「うおっ、まじか。あ、メールはさすがに返したほうがいいか…。なんて返そう…シンプルがいいよね…うん」


そんなことまで考える私。向こうは私と比べ物にならないくらい真面目な部分があって、普通考えたらこんな気遣うのしんどいはず。


だけど。


『外で待ってます。』


『いや、外かなり寒いし、家の中にいて。着いたらメールするから。』


『あ、はい。ありがとうございます』


楽しくて仕方がない。


「やっさし…」


そして、惚れて惚れて仕方がない。


一人部屋で気持ち高ぶったその数分後


『着いたよ』


そのメールが届き『今出ます』って送ろうとしたけど、すぐ出るんだから、そんなメールいらないって思われるかなって思ってすぐ家を出た。


うん…やはりこの彼氏にはとても気を遣う…。


家を出ると、外には黒い乗用車が止まっていて、その前にスーツを着た一人の男性が立っている。そう、七瀬先生だ。


「どうも。私服もスーツやねんな」


「どうも(笑)うん基本スーツ。助手席乗って?」


こういう時は、後ろに乗るべきか横が普通なのかとか考えてたから、言ってくれたのがとてもありがたい…。しかも、横を勧めてくれたのがこれまた嬉しい。


助手席に回るため、車の前を通ると車に初心者マークが付いてある。


「先生初心者なん?この年で」


車に乗ってからそう尋ねる。


「初心者じゃないよ。とるのが面倒くさいだけ。あと、この年でとか言うのやめてくれるかい?俺、永遠の十八歳キャラだから」


「なにそれ。アニメの見過ぎやろ」


「別にそれは関係ない」


「そう?っていうか、年齢教えてよ」


「三十九」


「うっそ!三十九?!三十代前半やと思ってた…」


「うるさい。だから聞かない方が良いって言ったじゃん。ちなみに今月誕生日がきてその年齢になるんだけどね」


そうえばあることを思い出す。二年生の時は永遠の十七歳って言っていたような…。


「ああ…年齢の隠し方案外単純やってんな…一の位は自分の年齢に合わせてたんや」


「うん。そうだよっていうのともう一個大事な話」


「なに?」


「俺、もう嫁とは離婚してる。指輪外した時にはとっくに」


「え…?それって具体的にいつ?」


「具体的には覚えてない。お前を生徒としての好きを越しちゃったんだなって気付いた時に離婚しようって言った。多分、お前が社会の裏に天羽書き始めてちょっと経った時」


ということは、私が七瀬先生を好きになり始めた時…か。


「あーちょっと思い出した。お前が授業の感想欄に〝面倒くさかったら私のは読まなくていいよ〟って書いたのを読んだ日に嫁に言ったような」


私はそのままなにも返せず、少し沈黙になる。


「なんか喋れや」


「いやだって、そんな暴露されると思ってなかったもん…先生シャイやからあんまそんなこと言わんし?(笑)」


「なにがシャイじゃ」


「ほとんどずっとシャイやんか」


車が信号待ちで止まる。


「なんやねん。人おちょくって楽しいか?」


「ちょ!やめてこそばい!(笑)」


手を腰辺りにツンツンと攻撃してくる。


「もうやめてって!!(笑)こそばい超えて痛いからもう!」


「ほれ、ほれほれ」


「いやー!もう!変態!!」


「誰が変態じゃ」


最後にコツンと頭を叩いて運転に戻る七瀬先生。


「もうなんなんよぉ…」


「なんなんでもないよ。春が悪いんじゃない?」


「意味不明…(笑)」


そう呟きながら運転席を見てみる。


初めて見る運転する七瀬先生の横顔。


私との会話に少し微笑みを浮かべながらハンドルを握る七瀬先生の横顔は…。


かっこよくない顔のはずなのにかっこよく見える。とても…とてもかっこよく見える。


「なんすか」


「え…?ああ、なんもない…(笑)」


視線に気付いた七瀬先生につっこまれて、目線をそらした。


「なんもないんやったら、なんか言いたげに見てくるな」


「じゃあ言おっか?」


「なに」


そこでまた信号に引っかかって、ハンドルから手を離した七瀬先生がこっちを向く。


「かっこいい」


シンプルにそう伝えると、プイッと目線を外される。


「なに照れてんの?」


「別に」



前から日光が射す車内。



後部座席に伸びる影が一つに繋がった。

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左手薬指の輝き 櫻弓 想 @sho0125

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