第54話 魂の階段

 翌朝。


 空は早朝から晴れ渡り、澄んだ空気は新緑の息吹に満ちていた。

 新鮮な空気の中、隆太は思い切り深呼吸した。


 少し遅れて屋上に出てきたカイは、隆太の顔を見るなり嬉しそうに笑った。


「リュータ、昨日の夜、何かありましたね?」


「ああ……ハイ。……わかりますか?」

 少し照れたように、笑い返す。


「わかりますよ。強く美しいエネルギーが出ています」


 ついでやって来た ホアとフオンも嬉しそうだ。


「顔も少し違うよ。ね、ママ」


 見上げるフオンに、ホアも「そうね」と笑顔を返した。



 隆太は、昨夜気付いたことを話して聞かせた。

 日本に来て日の浅い彼らにもわかるように、簡単な言葉を選びながら話すので時間がかかった。

 彼らも時おり質問を交えながら、一生懸命聞いてくれた。


 4人はガーデンチェアを持ち出して座り、互いのエネルギーを交換しながら話し合った。


 相手の話に注意深く耳を傾けるということは、実は相手に自分のエネルギーを注ぎ込む行為だ。

 そして、こちらの思いをわかりやすく伝えようとすることは、自分のエネルギーを差し出すことなのだ。

 エネルギーの交換が続くうち、その『場』のエネルギーはだんだん強くなる。

 すると、話し合いはスムーズに進み、お互いに深くわかりあうことが出来るようになる。

(サレンダー ~翼の守人~「ー 28 ー 苦悩」https://kakuyomu.jp/works/4852201425154905534/episodes/4852201425154925803



『ありがとう』という感謝の言葉は、自身の心を、魂を解放する言葉でもあることに気付いたと話した時だ。


 カイが突然立ち上がり、隆太を抱きすくめた。


「わっ! な、なんすか!!」


「リュータ、素晴らしいよ!!!」

 カイは眼を潤ませ顔を紅潮させている。隆太は背中をバンバン叩かれ、少し咳き込んだ。


「よく気付いたわ、リュータ。そのとおりですよ」

 ふたりの様子を優しく見守るような眼差しで、ホアも微笑んでいる。


「それにね、私たちが何かに感謝するとき、私たちはその相手の後ろにあるものにも同時に感謝していることになります。ずっと続いてきた生命。いま周りにある生命。全ての出会い」




(ああ……そうだ。俺はずっと、瞑想でそのことを教わってたんだ……)



 今までの教えを思い返す。

 きっと、ひとつの教えに幾重にも意味があるのだ。


 だが、突き詰めれば。言っていることはただひとつ。


「愛(あるいは感謝、善意)」だ。



 以前、有希子と話したことを思い出した。


 エネルギーの正体とは何なのか、ということ。


 ふたりともこれという理由は説明出来なかったのだが、「エネルギー = 愛」という答えに一致した。

 なんとなくそう感じて、しかもそれが正しいと直感していたのだ。

 たしか、ハッキリわからないながらに、ブログにも書いた筈だった。

(隆太のブログ「エネルギーの正体」http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-24.html)



 つまり、人は何かに感謝するとき、”これまでの時間とこれまでの存在、全てからの善意”に感謝し、なおかつ”それを受け取る自分を許す”ことになるのだ。




「そうだ。俺、ほんとは知ってたはずなんだ。なのに、すっかり忘れてしまって……」


 ようやくカイの抱擁から解放され、隆太はガーデンチェアの背にもたれ肩を落とした。


「俺、まるっきり馬鹿みたいだ。せっかく教わったことを忘れていつまでもふさぎ込んで、皆に心配かけて」



「いいんだよ、リュータ。人間だからね。何度もつまづくものなんだ」

 そう言って、カイが笑う。


「……何度も?」



「そう。何度も。これから長く生きる間に、辛いことだって起きる。その度にきっと、同じように苦しむ。同じところをぐるぐる回っているみたいに」


「でもね、リュータ。一周回った間にあなたが経験したことの分、あなたの視点は上に昇っているのよ。」


 ホアの言葉に、カイが頷く。


「リュータは少しの間、教えを遠ざけてしまったけど、自分の力で感謝の持つ新しい意味を見つけたね。そうやって、私たちの心は成長していくんだよ」


「こういうふうに、だよ」

 フオンが指でぐるぐると螺旋を描く。

 下から上へ向けて、ぐるぐると。



「何があっても、『愛』を忘れなければ大丈夫。

 全部が繋がっていること、自分が宇宙の一部であることを忘れなければ、大丈夫」


 彼らの言葉が、隆太の胸に染み渡り全身に広がる。



 らせん。


 人の魂は螺旋を描くように成長する。

 広がったり狭まったりしながら。

 高く昇ることもあれば、ほとんど高さが変わらないこともある。


 だが、元の場所より低くなることは無い。愛を忘れなければ。



 愛を軸にして昇っていく、らせん。




「あ!!」隆太が突然声を上げた。


「螺旋!! らせんだ!!」


「なに? ……らせん?」


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