第28話 苦悩
帰りの道中、隆太はホアから話を聞いた。
サラが「もう無理」と言ったのは、現在ある全ての物質は、連綿と続いてきた奇跡の連鎖の賜物なのだ、という話をしていた時だった。
モニターに映し出された文字で見るのと、実際に他人の体温を感じながら他人の声で語られるのとは、感じ取り方が違ったのだろう。
サラは発火能力を恐れるあまり、猫の死について考えることを避けてきたそうだ。
そのせいで、一度も泣けなかったのだ。悲しいと思うことすら封印してきた。
友人を作ることも避けてきた。
もし仲良くなったら、能力のことを話したくなってしまうかもしれない。でも、話したあとの相手の反応を考えるだけで、恐いのだ。
そんな葛藤を抱えるぐらいなら、一人で秘密を抱えているほうがマシだ。
そうして、家族にも心を閉ざした。
「パイロキネシスが語り合う掲示板」なるものをネットで見た時、そこで語られていることはサラにとっておぞましいものだった。
互いの能力をひけらかし、「放火するぞ」だの「燃やすぞ」だのと、悪意に満ちた言葉が散々書かれていたのだ。
もちろん話の流れから冗談だとはわかったし、彼らが本物のパイロキネシスかどうか怪しいということもわかっていた。
だが、それはサラの悪夢を駆り立てた。
自分が放火している夢をみてしまい、本当に放火したんじゃないかと恐ろしくなって、ネットで火災情報を全て調べ上げるまでは眠れない。
もしくは、自分に関係ない火災の犯人にまつりあげられ世界中から罵倒され石を投げられる悪夢をみて、汗まみれで目を覚ます。
そんなことが幾晩も、何年ものあいだ、繰り返された……
「はぁ……そんなことが……」
想像以上に壮絶な話に、隆太は言葉を失った。
別れ際に見せたサラの笑顔に抱いた希望的観測は、打ち砕かれた。
「サラは、自分の能力を悪い力だと思っています。悪魔のような力、と言っていた。自分など、この世界に居ないほうがいいと思っている。
サラにまとわりつく、淀んで重苦しく固まっているエネルギーの層が消えるには、時間がかかるでしょう」
そう言って、ホアはため息をついた。「かわいそうに……」
* * *
家に着いたのは6時近かった。レストランは既に夜の部の営業を始めていたので、ホアは急いで店に入る。
隆太も店に顔を出して、カイと手伝いをしていたフオンに挨拶してから、自分の部屋に戻った。
PCを起動すると、サラからお礼のメッセージが届いていた。
サラへの返信は後回しにして、隆太は有希子にメールした。
さきほどホアから聞いた話を伝え、今後の計画を立てるためだ。
有希子からの返信は早かった。おそらく報告を待っていたのだろう。
自分のほうがサラの家に近いから、これからもちょくちょく会って話をしたり、一緒に瞑想をしたりしてみる。隆太やホアも、時間が合えば参加して欲しい。
そんな内容だった。
サラさんに、私のメールアドレスを伝えてね。オンナ孔明より。
有希子からのメールは、そう結んであった。
(まだ言ってんのかい……)
思わず吹き出しながら、隆太はサラへの返信を打ち込んだ。
「これでよし、と……」
返信を終えて、隆太は大きく伸びをした。やはり疲れている。
首をグルグル回しながら、ホアはもっと疲れただろうな……と考える。
マイナスのエネルギーを持つ人の話を聞くのは、とても疲れるものだ。
特に、サラの場合はお世辞にも饒舌とは言い難いので、聞く側がサラにエネルギーを送ってやる必要がある。
親身になって話を聞くということは、実は相手にエネルギーを送り込む行為だ。
そうすると相手は、真剣に聞いてもらえているという安心感から話しやすくなり、伝わったことが実感出来るとそれだけである種の達成感のようなものを得る。
それは、聞いている側のエネルギーを受け取り、その力を借りて自分のエネルギーを増大させた結果だ。
それに加えてホアは、自分のエネルギーを直接手のひらから送り込んでいた。
背中に手を当てて、相手を労り励ます気持ちを注ぐ。
これは世間でも自然に行われていることだが、自分がエネルギーを注いでいると気付いている人は少ないだろう。
だが、意識してそれをやると格段に効果が上がる。
相手がそれに気付くことは無くても、エネルギーとしてしっかり伝わっているのだ。
隆太は冷蔵庫を開けて水を飲んでから、レストランを手伝うべく階下へ降りていった。
レストランはまだそれほど混んでいなかったので、隆太は洗い物をしながら有希子からのメールの件を話した。
3人はおおむね賛成だったが、ホアは少し心配顔だ。
「ユキコ、あんまり入り込み過ぎなければいいけど……ユキコはとても優しいから」
「そうだね。急に親しくなり過ぎると、マイナスのエネルギーに引きずられてしまうことがあるから。ユキコに注意しておかなければ」
カイがそう言い終わらぬうちに、フオンが「私が電話する!」と手を挙げた。
「じゃあ、頼んだよ。番号を間違えないようにね」「うん!」
フオンは最近電話の使い方を覚えたから、電話したくてしょうがないんだ。と、カイはとろけそうな顔で笑った。
数分後、フオンは得意気に戻ってきた。
「お話できたよ。ユキコ、気をつけるって言ってた」
そして隆太に向かって言う。
「ね、リュータ。オンナこうめいって、なあに? リュータに聞けばわかるって言ってた」
隆太は笑った。疲れが少し軽くなったような気がした。
隆太のブログ「雪の中での修行」
http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-30.html
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