第27話 サラの笑顔


「お茶ですよ~」


 何事も無かったかのように部屋に戻り、有希子がお茶の準備をする。

 急須から湯のみにお茶を淹れ、それを隆太が配ってゆく。お茶請けの菓子盆もある。


 サラの目には涙のあとが残っていたが、赤くはなっていなかった。


「熱!」「ふふ。ドジね。あ、ほら、お菓子もどうぞ」


 そんなやりとりで、場が和む。さっきまでこの部屋で話していたことには、まだ触れない。



 お茶とお菓子を配り終えた頃、「あの……」と洟をすすりながら、サラが頭を下げた。


「さっきはすみませんでした。私、いろいろ思い出してしまって……」


「別に、何も謝ることなんか無いですよ。ねえ」「そうそう」


 隆太と有希子は、お菓子を食べながらそう言った。別に大したことじゃない、というように。


「サラさん。今まで避けてきたことをちゃんと考えたり、泣いたり笑ったりすることは、心を解放しますよ。そうすると、心が柔らかくなって色んなことを受け止められます」


 ホアの言葉に、サラはコクコクと無言で頷いた。


「でも、焦っちゃ駄目よ。ゆっくり、ゆっくり。ね」


 サラはまた頷いた。そして、小さな声で呟いた。


「そしたら、ランさんや緑川さんみたいな女性になれるかな……」



 数秒の沈黙ののち、隆太がボソッと呟いた。


「ランさんはともかく、こっちの人は(と、有希子をチラリと見る)目標にしないほうがいいかも……」


「聞こえてるわよ」

 表情ひとつ変えずにお茶を啜りながら、有希子がドスの効いた声で言った。


 サラは、袖口で目を擦りながら笑う。


「そんな。緑川さんも、とても優しいです。さっきだって、わざと席を外して下さったでしょう?」


「え! ああ、うん……そういうわけじゃ……」


 柄にも無く、有希子がモジモジしている。隆太は笑いを噛み締めた。



「サラさん、他人の優しさに気付けるのは、あなたも優しい人だからですよ」


 ホアの言葉に、今度はサラが真っ赤になった。


「いえ、私なんてそんな……」こちらもモジモジだ。


 隆太は笑いを噛み殺すのに苦労した。

 苦労したが、心の中はなんだか暖かく少しくすぐったいような、不思議な気分だった。





 駅まで一同を見送りに来た有希子は、サラに声をかけた。


「今度一緒にランチでも行かない?」


「え……」

「こんなオバサンとでよければ、だけど」


 そんな、オバサンだなんて……と、サラはまたあたふたしている。


「そういえば緑川さんって、いくつなんですか?」隆太は遠慮無しに聞いた。


 有希子も平然と答える。


「33」


『ええっ!!!』


 3人とも驚いた。ホアも知らなかったようだ。



「……なによ。悪い?」


「イヤ、いいんですけど……その……もうちょっと、落ち着きましょうよ……」


 隆太の言い草に、ホアとサラが同時に吹き出す。サラはいまや、声を立て身体を折って笑っている。


「な、なによぉ。みんなして……」


 有希子の抗議もむなしく、3人は長いこと笑いあった。



 別れ際、サラはため息混じりに言った。


「はぁ……私、こんなに泣いたり笑ったりしたの、久しぶりでした。……ちょっと、疲れた」


「でも、悪くない疲れ方でしょう?」


 そう聞いた隆太に、サラは今まで見た中で一番の明るい笑顔で「ハイ」と頷いた。


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