第29話 新メンバー加入


「あれ……なんか、雰囲気変わった気がする」


 久々にサラに会った隆太は、挨拶より先に思わずそう言ってしまった。

 メールやプログでのメッセージの遣り取りはしていたが、彼女に会うのは久しぶりだ。


「え……そうですか?」


 恥ずかしそうに笑ったサラは、確かに変わっていた。周りの空気が軽くなったようだ。


「これ見て! ジャーン!」


 そう言って有希子は手の甲を隆太に向けてガッツポーズした。

 数個の石を細い革ひもで編み込んだブレスレットを手首に着けている。


「おそろいなのよ。ホラ、ジャーン!」


 有希子が肘で突つくと、サラは はにかみながら有希子と同じポーズをした。

 得意気な仁王立ちの有希子に比べ、サラは俯き気味で頬を赤らめ、なんとも弱々しいガッツポーズだ。


(恐縮しながらのガッツポーズ、初めて見たぞ……)


 ちょっと可愛いと思ってしまった隆太だったが、平静を装う。


「いいですねえ。あ、色違いなんだ」


 サラは、心を強くし平穏を保ち、人生を楽しむ効果のある石を。

 有希子は、邪気を払い明るいオーラを呼び込む石を選んだのだそうだ。


「私、金属アレルギーだから革紐で編んでもらったの。サラさんにも付き合わせちゃって」

「いえ、私も革のほうがカワイイな、って思ってたんです」


 アハハ、と隆太は笑った。

「ふたりとも、すっかり仲良しなんですね」


 有希子はやはり得意気だ。

「そうよ。しょっちゅう遊んでるの。ねー♪」


「ねー」と言われて、サラは「あ、ハイ……色々連れて行っていただいて……」と照れている。


「自分を好きになるには、まず人生を楽しまなくちゃ!」との持論により、あちこち引っ張り回しているのだろう。

 人生を楽しむ、という目的においては、有希子以上の適任はいない。



「そのセーターも、素敵ですよ。とても似合ってます」


 隆太が淡いピンク色のセーターを褒めると、サラはセーターよりも赤くなって言い訳する。


「いえ、安物なんですけど……あの、ゆりさんに見立ててもらって……」


 セーターの裾を引っ張りながら、下を向いてしまう。


「会社にも着ていったんですけど、同僚に褒められて嬉しかったけどなんだか恥ずかしくって……それに、最近明るくなったねとか、言われてしまって……」


 絵に描いたようなモジモジっぷりだ。


「ふふ。いいじゃない。恥ずかしがることないわよ」


 有希子も嬉しそうだ。



「瞑想は順調ですか?」


「はい。たぶん……」


 有希子は、自分の家の観葉植物を株分けしてサラに贈っていた。

 サンセベリアというのだそうだ。サラはそれを見ながら、毎日瞑想しているらしい。


 光り輝いて見える、という程までではないが、日々少しずつ成長している植物を大切に思えるし、可愛いと思う。自分の気持ちを受け取って育ってくれているのが嬉しい。


 サラはそう言って、微笑んだ。

 初めて会ったときに感じた、あの危険信号は大分弱まっている。


 そろそろ大丈夫かもしれない。隆太はそう判断した。


「ふたりとも、もし良かったら店に食べに来ないかって、グエンさんが言っていたんだけど……」

「えっ?!」


 サラは、咄嗟に2歩ほど後ずさった。よほど驚いたのだろう。


「あら、いいじゃない。行きましょうよ、サラさん。すごく美味しいのよ?」


 でも私、心の準備が……とまごつくサラを半ば引っ張るようにして、3人は店に向かった。


 道中、ようやく覚悟を決めたサラは「手ぶらでお邪魔するわけにはいかない」と、花を買った。


「事前に告知したら絶対に気を遣うと思ったから、言わなかったのに~」とブツクサ言う有希子を押し切る形だった。




 天空橋の駅で降りると、サラは辺りを見回した。

 空を飛んでいる者がいないか、確認せずにいられなかったのだろう。


「結構ふつうでしょう。拍子抜けしますよね」

 隆太が先回りして言ったが、聞こえていないようだ。早くも緊張してカチカチになっている。


 長い商店街を、サラは有希子に引っ張られるようにして通り抜けた。


(まるで、連行だな……)苦笑い気味の隆太が後に続く。



「おう! 隆ちゃん、彼女かい?」「違いますよ」


 商店街の八百屋のおじさんのからかう声をあしらいながら歩き、ようやく店に到着した。



 隆太が店の扉を開ける。


「ただいま~」

「オー! おかえり、リュータ、ユキコ。こちらがサラさんですね。はじめまして」


「は、初めまして」


 サラは緊張のあまり、カイが「ユキコ」と呼んだことに気付いていない。


 厨房に居たフオンが飛び出してくる。


「サラおねえさん、こっちこっち」

 いきなりサラの手を掴んで、一番奥のテーブルに引っ張って行く。


 テーブルには、それぞれの名前を書いた画用紙の切れ端が置いてあった。


「さら」「ゆきこ」「りゅうた」「ふおん」「ほあ」「かい」


 フオンの手書きのネームプレートだ。

 ちゃっかりと、サラの正面が自分の席になるように配置してある。


(「ほら、ご挨拶が先でしょう」「こんにちは。サラおねえさん」)



 ホアが厨房から出てきて挨拶し、やっとサラは持ってきた花を渡すことが出来た。


「ユキコの花瓶に飾る!」

 そう言ってフオンは、開店祝いに有希子が贈った花瓶を取りに2階へ走っていった。フオンは相当張り切っているらしい。



 花を飾る間にも料理が次々に運ばれ、テーブルの上はいっぱいになった。

 それぞれがフオンの指定した座席に着いたところで、紹介が始まる。


「こちらがマイこと、フオンです」


 5人の会議で、この機会に全員の本名を明かすことに決めていた。

 自動的にブログの内容が本当のことであることも認めることになる。


 全員を紹介したところで、隆太は先回りして言った。


「もしサラさんがニックネームのままのほうが良ければ、そのままで構いませんからね」


「いえ。私の本名は、太田佐和子です。いつも良くして下さって、ありがとうございます」

 サラは即座に、意外なほどしっかりと挨拶した。

 極度に引っ込み思案だけれど、やはり礼儀正しくきちんとした人なのだ。



 夜の営業までの時間限定だが、さあ、宴のはじまりだ。





 佐和子はよく食べ、よく喋った。


 この状況に興奮していたせいもあるが、他の5人がよってたかってエネルギーを注ぎ込んだせいもあった。皆、聞き上手だった。

 おそらく、たった5人とはいえ自分の話を真剣に聞く者がいる状況など、久しく無かったのだろう。


 有希子と頻繁に会うようになってから悪夢を見る回数が減ったこと。

 しかしなお、消防車のサイレンが聞こえると身体がすくんでしまうこと。

(「でも、この季節は火事が多いから毎年大変だったけど、最近は火事の情報を全部調べたりしなくても眠れるようになったんですよ」と、佐和子は笑顔を見せた)


 先日、会社の同僚数人と初めてプライベートで飲みに行ったこと。

 その席で、実は周りの人達は佐和子のことを気遣ってくれていたのだと知ったこと。


 実家に行って、猫の墓参りをしようかと思っていること。


 そして、両親に自らの能力のことを打ち明けようか、悩んでいること。



 どんな話題にも、5人それぞれが意見を申し述べ、話し合った。

 賛同、応援、励まし、アドバイス……中でも秀逸だったのは、有希子の一言だ。


 佐和子が「私も、フオンちゃんみたいなチカラなら良かった。火をつけるなんて、破壊することしか出来ないもの」と嘆きを漏らした時、言い放ったのだ。


「そんな、タダでもらったオプションに文句つけるもんじゃないわよ」


 ……暴言とも思える発言に、誰も何も言えなかった。天真爛漫なフオンでさえ、絶句した。


 しかし佐和子は、楽しそうに笑い出したのだった。


「もう! ゆりさん……じゃなくて、有希子さんったら、そんなことばっかり」


 隆太は即座に気を取り直して、笑いを装いながら聞いた。


「有希子さん、また突拍子も無いこと言ってるんでしょう」


 佐和子はクスクス笑いを抑えきれないまま、

「そうなんです。最初は『神様の気まぐれなプレゼントなんだから、おとなしく貰っときなさい』とかだったんですけど、段々『ありがた迷惑なプレゼント』とか、『貰う側には選べないことなんだから、仕方ない』『やっかいな親戚からの出産祝いだと思って諦めろ』とか、なんだか言う事が段々やさぐれてきて……私、可笑しくって」


 あまりにも有希子らしくて、皆笑ってしまった。


「いや~ ……ホラ、その……あれよ。こういう捉え方もあるんだな、って……ひとつの提案、っていうの? 前にホアさんも言ってたじゃない。『そうかもしれない、って思うだけでいい』って」


「ちょっと意味が違うと思いますけど」


 もはやツッコミ担当となった感がある隆太も、そう言いながら有希子なりのサラへの気遣いを感じ取っていた。徐々に乱雑に表現して問題を軽く扱うことで、佐和子の心労を軽くしようとしているのだ。


 他の皆も、それを察していた。もちろん、佐和子自身も。




隆太のブログ「新メンバー加入!!」

http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-26.html

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