シュレディンガーのチョコ

 変な女の子だったんだよ。

 中学の同級生なんだけどさ。同じ水泳部で。思い付きを試さずにはいられない性質で、直射日光で熱されたプールサイドで目玉焼きを作ろうとしたり、「これ凄いトレーニングになるんじゃないかな」ってダンベル持ったままプールに飛び込んでそのまま浮かんでこなかったりしてた。

 そんな彼女、中二のバレンタイン、俺のクラスまで来てさ。箱を手渡してきたんだよ。え、ほんとに、ありがとう、なんて照れ臭さでしどろもどろになりながら受け取ったら、その箱、メチャクチャ軽くてさ。

「シュレディンガーのチョコです。開けてみるまでチョコを貰えたかどうかわかりません」

 俺は箱を振ったよ。何の物音もしなかったね。

「空っぽじゃん」

「わかりませんよ~」

「いや絶対空っぽじゃんコレ」

 ゲヒャヒャ、と女子らしからぬ笑い声を上げながら彼女は去っていった。たぶん、何かのタイミングでシュレディンガーの猫からこのネタを思い付いて以来、試してみたくて仕方なかったんだと思うよ。翌日部活仲間たちに聞いてみたら、案の定みんな貰ってたし。

「マジで何も入ってなかったよ!」

「ぬか喜びさせやがって!」

 あるいは、誰も貰ってなかったとも言えるけれどさ。 

 一方俺は貰った箱にまったく手をつけずに、そのまま自分の部屋の机の上に飾ってたんだ。箱の中を覗いてみたい気持ちを、どうにか我慢してた。

「もう開けた?」時々そうニヤニヤしながら聞いてくる彼女に、「まだだよ」ってぶっきらぼうに答えるために。

 それは要するに「君からチョコを貰えた可能性を消したくない」っていう意味で、当時の俺にはそれが精いっぱいの好意のアピールだったんだよ。もう少し素直になれんものかね。まったく、ひねくれ者にも程がある。

 で、それ以来箱は開けられず仕舞いで、結局チョコを貰えたのかどうか分からないまま俺たちは卒業して、いつの間にか高校生になって、大学生になって。いつの間にか箱がどこに行ったのやら分からなくなってた。

 ところがこの前、成人式を控えた正月に帰省して、実家の部屋の大掃除をしてたら久しぶりにその箱を見つけてさ。物置の片隅から。もういいかなって、開けてみたんだ。

 何も入ってなかったよ。

 だけど箱の裏には、小さな文字で、「好きですよ」と書かれてあったんだ。

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