同窓会

 案の定、原形を留めている人なんて僕くらいのものだった。

 人間の形を保っているのがそもそも少数派、生き物の形をしていない人もちらほら見受けられ、中にはもう何の形もしていない人すらいた。

 僕は目の前に置かれたカシスオレンジを一口飲む。今時こんなものを出してくれる店を良く見つけてきたものだと思う。アルコールなんて、もう一部の好事家のためのものになってしまった。酒以上にお手軽に、かつ合法的に酩酊を楽しむことのできる手段は、今ではもう両手で数えきれないほどにある。

「二十歳も過ぎたのに、お前はいつまで生身なの?」

 同じ卓についている友人が僕に尋ねる。会わなかった数年の間に、彼の身体はすっかり金属質になっていた。純粋なエタノールに近い液体をまるで燃料のように取り込みながら、説教がましく僕のことを指さす。

「食い物にも気を使わなきゃならんわ、老いても痛んでも取り替えられんわ、いい加減不便だろそれ」

「実体があるのすらナンセンスよ、ちょっとした移動にも時間を取られるなんて信じられない」

 そう言うのは情報体になった彼女だ。今回はディスプレイを通しての参加。「俺は空を飛ぶのが好きだからいいんだよ」と言う機械体の彼に「男はいつまで経っても子供ね」と返しながら、彼女は1と0で構成されたカクテルを嗜んでいる。

「~~~~~~~~~~~!!!!」

 これは高次元生命体と化した友人の言葉。あるいは、僕には到底理解しえない言葉のようなもの。何かを伝えようとこちらにコンタクトしていることは辛うじて感知できるが、その中身はさっぱりわからない。どうせ、僕に対する批判か何かだろう。

「いや、確かに辛いし苦しいし、不便で面倒なことばかりなんだけどさ」

 誰とも目を合わせないように(合わせる目がない人もいるけれど)、テーブルの中心に視線を落としたまま、僕は言う。

「でも、それを忘れちゃいけない気がするんだよ。生きるのって、本来辛くて苦しくて不便で面倒なんだってこと。それをちゃんと覚えている奴が、一人くらいはいた方がいい気がするんだよな」

 友人たちが三者三様に呆れたような様子を見せる。

 まあ、わかってもらえなくてもいいよ。そう小さく呟いて、氷が融けてすっかり薄くなったカシスオレンジを僕は飲み干す。それからヘラヘラ笑ってみせる。

 多分、僕より遥かにいろんなことができて、遥かにいろんなこと知っている彼らからには、僕の笑顔は実に滑稽なものに見えているんだろう。

 だけどお前ら、例えばこの薄いカシスオレンジがどれほど美味しくないかとか、そんなことはもう分からないんだろ?

 優越感と劣等感がないまぜになったような、意味のない反骨心を胸中に燻らせながら、僕は無様に間抜けにヘラヘラ笑う。

 同窓会はまだ続いている。

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