「あーあ」

翌日、学校で一番に接触を計ってきたのは草臣くんだった。ぼくを見つけるや否や、手を振ってぼくを呼ぶ。手を振るのは“ばいばい”の意味にもなるのだが、来て早々帰れなんてことはないだろう。そこまで嫌われてはいない。


草臣くんの元に行くと、放課後の予定を訊かれた。そういえば昨日、今日また売りに行くとメールがあった気がする。


「暇だよ。行くの?」


「もち」


親指を立てる。そして急に顔を近寄せてきた。


「帰るのめんどいからさ、このまま行こうと思って三万持ってきた」


ポケットをポンポンと叩く。学校に大金を持ってくるなんて、なかなか思い切ったことをする。盗られないかと心配になったが、


「今日は体育もないし、1日中身につけるから平気だよ」


とのこと。まあ、三万だし、草臣くんだっていつも以上に注意を払うことだろう。ぼくは了解し、放課後の予定を決めた。


「ああ、そういえばさ、草臣くんは神栖くんからワゴン車のこと聞いたんだよね?」


「ワゴン車? ああ、あの買取屋のことね。うん、そうだけど」


「吉雪堂って知ってる?」


「吉雪堂?」


眉根を寄せて訊いてくる。お店の聞き方も上手く漢字に直せていないような言い方だったので知らないのだろう。


「知らないなら別にいいんだ」


「なんだよ、気になるな」


「ぼくも詳しく知らないんだ。だから訊いてみたんだけど」


なるほど、と草臣くんは首を振った。納得してくれたらしい。逆に調べてみるかとまで言ってくれたがあまりに悪いので断っておく。


「なんなら、神栖たちにも訊いてみようか?」


草臣くんの提案に少し迷ったが、断った。あまり騒がれても困る。ぼくが吉雪堂にこだわっているようには見せたくない。


会話の区切りを見計らったようにチャイムが鳴った。時刻は8時30分。ホームルームが始まる時間だ。先生はまだ来ていないが、直に来るだろう。


慌ただしくなるクラスの中で、談笑している土樹を見つけた。机を椅子代わりに使って、女子と話していた。チャイムが鳴っても土樹が動かないので、机の主が土樹の腿を殴っている。


昨日、土樹からの報告はなかった。まだ情報収集の段階だと思うが、どうなのだろう。学校の中でまで景色写真でいる必要はない。


いくら殴られても全く動かなかった土樹だったが、さすがに先生が来たら退いた。そのときにぼくと目があったが、表情を変えずに目線を反らす。


先生が教壇に立つと、日直のかけ声で礼をした。先生は全員が座ったのを待ってから話し出す。


「え―、この中には知ってるよ人がいるかもしれないが、最近お金をちょっとだけ高値で買う人が出てきたらしい」


ざわ、とクラスがどよめいた。ざわめきの種類が“知らなかった”ではなく“とうとうか”という種類だったことにぼくは驚く。クラスの大半が知っていたのか。


「今のところ被害らしいものはなにもないようだが、みんなは注意するように。簡単にお金を売るような真似はしないこと」


草臣くんの顔を見たくなったが、後ろの席なので見ることができない。おそらく口をへの字に結んでいることだろう。


「すでにこの中に売った人がいるようだが、これ以上は止めておくように」


先生はそれで今の話題を切り、簡単な連絡をしたあとでホームルームを終了させた。教室から出て行こうとする先生を土樹が呼び止めていたが、喧騒のせいで会話内容まではわからない。あとで聞いておくことにしよう。


土樹から目線を移し後ろを向けば、予想通り口を結んだ草臣くんの姿があった。


草臣くんは目線を机の上に落とし、黙っている。


「どうする?」


先生の見透かされたような注意はそれなりに草臣くんの心に響いたようだ。土樹みたいな性格ならいいとして、ぼくみたいな性格は先生の顔色をかなり重要視する。


草臣くんも同じ匂いを持つはず。だったら同じ考えのはずだ。止めろと言われたことはやらない。


『先生が言ったことはなんでもするのか』と訊かれれば間違いなくNOと口では言う。けれど、心の中では迷っているはずだ。ぼくはそういう性格なのだ。


「止める?」


ぼくが訊くと、諦めたようなため息と共に首を縦に振った。


30円の儲けと職員室呼び出しの天秤は、お金のほうが軽かったらしい。注意されたその日のうちに、しかも制服でなんて馬鹿もいいところだ。


「せっかく持ってきたのにな」


「しょうがないよ」


一時間目の先生が入ってきて、ぼくは前を向いた。






授業の始まりはいくら遅れても構わないが、終わりが伸びるのは絶対に許さない。それが学生の心理ってもんで、先生もわかっているらしく終了五分前には今日のまとめに入った。


板書すべきことはほとんどないので、シャーペンを分解しながら終わりを待つ。芯のカスを手で拭いながら構造を研究する。こんな小さな中にもたくさんの技術が詰まっているんだなあと感心したところで授業が終わった。


後ろで脱力した声がした。草臣くんが机にうつ伏せている。


「三万の重圧は相当なもんみたいだね」


草臣くんは力無く笑う。冗談と思っているのかほんとにそうなのかわからない。


「今日保たないかも」


ぼくは口元を緩ませ、鼻から息を抜く。


「夢見」と声がかかったのは、草臣くんを励まそうと言葉を選んでいるときだった。


「ちょっといいか」


ぼくの隣に土樹が立っていた。指を後ろに、正確に言えばドアの向こうを指していて廊下に出ろと同じ意味になっている。


「うん……いいけど。なに? 土樹くん」


「向こうで話す」


ぶっきらぼうに土樹が言って、振り返った。廊下に向けて歩を進める。


「……ということだから、行ってくるね」


「いきなりだったね。なにか土樹くんにしたの?」


「ぼくが? まさか」


「気をつけて、八つ当たりかもよ。なんか、土樹くんって夢見くんのこと嫌ってるっぽいし」


「んなバカな」


草臣くんの言葉に思わず本性が出てきた。いけないいけない。修正修正。


「ぼくは知らないよ。土樹くんが嫌ってるなんて」


「断言はしてないよ。好かれてないって言ったんだ」


一体なにが違うんだ。


「ほら、土樹くん。みんなとは笑顔で話すでしょ? でも夢見くんに対しては投げやりな態度で」


あれが土樹なりの精一杯の演技なんだよ、と訂正できたらどんなに楽か。なんだか哀れに思えてしょうがない。


「待たせるのも悪いから、もう行くね」


「気をつけてよ」


「ありがとう」



教室を出ると、ドアの近くに土樹はいなかった。待ちきれないのでどこかに消えたのかと思いきや、階段の近くで手招きしている土樹を見つけた。


「探したよ」


「ずいぶん遅かったな」


「草臣くんに忠告をもらってね。ぼく、どうやら土樹くんに嫌われてるらしいし」


「は?」


目が点になる土樹に、先ほどのやり取りを話す。土樹は日々の行動に納得こそしなかったが、反省するようにがっくりとうなだれた。


「そっか、他人からはそう見えんだな。気をつけよう」


「土樹は普段通りでいいんじゃない? 変えようとするから失敗するんだよ」


「普段通りに話して失敗したから、こうやってんだろうが」


土樹の言ってることは正解なので言い返せない。普段通りにしていたらぼくたちが親友だとみんなにバラすようなものだ。


なんとなく空気が悪くなってきたので、話題を変える。


「で、ぼくを呼んだ理由はなにさ」


「おお、そうだ。忘れるとこだった」


ポンと手を打つ。簡単なやつだ。そしてわかりやすい。


「昨日できなかった経過報告な。聞き込み調査は順調だ。お前が言った質問を訊いてる。今のところ怪しんでるやつはいないな。順調だが、でも終わってない。もう少しかかる。で、だ。名前矛盾を呼んだ理由だったな。それはな、話しを聞いてる内に妙なことに気づいたから、言っとこうと思ってな」


「妙なこと?」


「俺さ、顔広いだろ。同年代の友達もいれば、大学生だっている。念のため大学生の人も質問してんだけどさ、なんかおかしいんだ」


「一万円買取の噂が、大人は知らなかった」


ぼくがそう言うと、土樹は器用にも顔以外を固まらせた。顔はなぜかひくついている。


「お前知ってたのか?」


「景色写真の情報で確信になった。実は昨日お母さんに言われてね。今日始めて怪しい買取の噂をきいたって。先生もそうみたいだし」


先生ときいて、土樹はまた手を打った。


「そうだ、俺聞いたんだ。そしたら今日知ったって言ってたぞ」


「やっぱりね」


さて、これでまた重要な情報が一つ入手できた。これで仮定がどう動くかわからないが、動かないなんてことはないだろう。穴は増えるか、それとも埋まるのか。


「それと、名前矛盾。ぞろ目の札の件だが、まだ見つかってない。見たことはあるかって訊いても、番号なんて大して気にしてないっていう返事がほとんどだな」


「普通はそうだよ。ぞろ目のお札は仮定だからあまり踏み込んで聞かなくていいよ。重要な質問は土樹に言っただけだから」


土樹は首をかっくんかっくん動かして了解した。土樹がクラスに戻って、時間差をつけてぼくも戻る。


席に座ったぼくを草臣くんはじっと見ていた。


「なにかされなかったか? カツアゲとか」


学校で?


「されてないよ。それにぼくは学校に大金なんて持ってきてないからね」


「…………あ―……」


心配がぶり返してきたのか、草臣くんはまた机に突っ伏した。




携帯の電池というものは、当たり前だが使えば減っていく。画面を開いたり操作すれば消耗は早くなり、ゲームなんかすればあっという間だ。ぼくの携帯は古いので減りはかなり早い。


あっという間に残量が減った携帯を恨みながら、充電器を探す。せっかくいいとこまでゲームが進んでいたのに、残量の少なさに驚いて止めてしまった。やりながら充電器を探せば良かった。そう思っても、遅い。前回の画面を開いても、新しいゲームが始まるだけだ。


充電器を探していると、ぶるると振動がきた。電話だ。番号と共に、懐かしい名前が一緒に表示される。


永家


その懐かしさに、思わず二度見してしまったほどだ。慌てて出る。


「も、もしもし」


「おお、うつつか?」


うつつ。土樹ですら呼ばないぼくの名前だ。これまでの友達でうつつと呼ぶ人は永家しかいない。


「久しぶりだな」


「そうだね」


充電器はどこだろうか。確かどこにも持ってってないはずだからここら辺にあるはずだけど。


「いきなり悪いな」


「そうだね。ああ、違う。うん」


「……どうした? なんかガサガサ音がすっけど」


「充電が無くなりそうでさ。今充電器を……ああ、あった」


断りを入れて会話を区切ると、急いで充電を開始した。携帯に赤いランプが灯ったのを見ると安心して電話に出る。


「充電開始」


「そりゃ良かった」


「久しぶりだね」


「だな。メールもしてないから、3ヶ月ぶりぐらいか」


もうそんなになるのか。月日が流れるのは早い。


「この時間に家にいるってことは、やっぱり部活入ってないんだな。うつつ」


充電器を繋がれたため行動範囲がかなり限られてしまった。延長コードも近くにないので、コンセントの周りにスペースを作ると、座布団を腰に置いて後ろに寄りかかる。


「やっぱりとは失礼な。結構悩んだ結果なんだぞ、これでも」


「悩んだねえ。大方、部活紹介の冊子を見た程度だろ」


「見てる間は必死に読み込んだんだよ」


「だからなんだよ」


携帯はすぐに熱くなってきた。充電してるからだろう。手汗が携帯にくっついてぺとぺとする。


「そっちはどうなの? 今……学校?」


「ああ。部室。ほんとはもう始まる時間なんだけどさ、体育館が空かなくて待機中」


「なに部?」


「演劇」


「演劇?」


予想だにしなかった名前だった。あの永家が劇を……。注目を浴びるのが嫌いだったはずなのに、どういう心境の変化だろうか。友達に誘われてしょうがなく、だろうか。


「別に誘われたからじゃないぞ」


考えを読んだように答えを言う。さすが、ぼくに一番近かった永家だ。ぼくの言いたいことがよくわかってる。


「部活はいいぞ。お前も入れよ」


「違う学校の人に言われても。それに、放課後は自由になりたいんだ」


「このあと予定とかないのかよ。友達と遊びに行くとか」


「あったけど、なくなった」


先生に注意され、草臣くんは行く気をすっかりなくしたようだ。やっぱり行く! なんてことはしない。放課後は手を振って別れた。草臣くんも部活に入っていないので、おそらくそのまま帰宅の流れだろう。


「昨日は朝から1日中動かされたからね。その休養も兼ねて、今日はゆっくりしようかと」


「その言い方だと、相手は土樹だな」


「……そうだけど」


なんでわかったの? 半同一の永家はぼくの質問を正確に汲み取る。


「だってお前、1日中“動かされた”って言っただろ? 普通なら遊ぶ、だ。お前の癖だよ。どうも土樹が絡むと、お前はおかしくなるんだよな」


昨日のアレは、遊びじゃなかった。だから動いたという単語を使ったのだが……。


「なんかいろいろ無理があるよ。遊びじゃないかもしれないじゃないか。誰かの手伝いとか」


「そのとき、お前は愚痴を言わないよ。誰が聞いてるかわからない状況でお前は絶対他人の悪口を言わない」


疲れたというのが悪口なのだろうか。ぼくは問いかけたくなったが、相手もある意味ぼくだ。そうなのだろう。


ぼくは内面から見る『ぼく』を一番よく知っているが、永家は外見から見える『ぼく』を一番よく知っている。ぼくの理解度は、確実に土樹以上だ。


「ぼくは今家にいるけど、それでも悪口を言わないと?」


「言わないね。だってお前は、おれの周りに何人いるかわからないだろ」


「…………」


「うつつは名前通り現実主義だ。自分に不利にならないように動く。だから相手が見えない場所にいるとき、お前は当たり障り無いような言葉を選ぶ。見えなくて愚痴を言うときは信頼してるときだ。影口を聞いてもお前を嫌いにならない。そう確信を持たないと絶対に言わない」


ぼくは鼻から息を吐いた。全く、本当に、参った。


「知らなかったよ」


「おれだから気付いたみたいなもんがあるからな」


笑いながら永家が言った。ゴンと音がしたのは、どっかに寄りかかったからだろうか。


「そっかそっか、楽しくやってるのか。こっちは大変だぞ。私立だから勉強がハンパない」


大変だと言う割には、その声は弾んでいる。充実しているということなのだろう。勉強に部活にと精を出す永家の姿を想像するとキラキラと輝いていた。


「勉強って言っても大丈夫でしょ。永家、成績良かったじゃん」


半同一だった永家とぼくの一番の違いはそこだったりする。同じ匂いでも頭は違う。できれば一番似てほしいところだったのだが、上手く行かないものだ。


「いやいや、やっぱな私立は違う。天才がうようよしてるな。そいつらが平均点を引き上げてるから、おれなんて平均点ギリギリだ」


「まさか」


「本当だよ」


天才なんて表現をつかうのはなんとなく永家っぽくないと思ったが、永家がそう表現するぐらいなのだから本当にそうなのだろう。


天才ねえ……。まだキチンと目にしたことはないが、そう呼ばれる種類の人間は確かに存在するらしい。


「まあ、こっちはこっちでなんとかやってるけどな。友達もなんとかできた」


「それは良かった」


永家は引っ込み思案ではなかったが、自分から話しかけるタイプではなかった。友達がいないとこでやっていけるのかと思ったが、どうやら大丈夫なようだ。予想以上に安心した自分がいて、不思議な気がする。


「近況報告はこのくらいかな。そんなに困ったことはないし」


「だね。こっちも全然。小学校からの友達が半分だから、気楽なもんだよ」


ははは、と永家が笑う。そしてひとしきり笑ったあと、ガラッと纏う空気を変え、話題も変えた。


「一万円を買ってくれる人がいるんだって?」


「……よく知ってるね」


言ってから気付いた。永家は学校こそ違えどこの辺りに住んでいるのだ。知っていて当たり前だ。


「面白そうじゃん」


「そう? て言うか、なにが?」


「普通に考えて、一万を買うのはおかしいだろ? だったらなにかあるじゃんか。おれ、推理小説好きなんだよね」


「詳しいことは土樹が知ってるよ」


「ああ、その土樹からいろいろ聞いた」


…………なぬ?


「というか、今朝メールが届いたんだよ。吉雪堂を知ってるかとか、そういうメール。一斉送信でもしたんだろうな。知らないアドレスがいっぱいくっついてる。で、どういうことか聞いたんだよ」


「一斉送信ね。……土樹はそういうの抜けてるから」


「おれは時間が合わないから見たこともないけど、実際にいるんだな。タダで10円をくれるなんて漫画みたいな優しい人」


「わかんないよ。土樹は偽札かもって疑ってるんだから」


「土樹だけじゃないだろ。というか、お前ら二人で調べてんだろ? その店」


「よく知ってるね。……土樹、どこまで話したの?」


「お前の名前を出したら簡単に聞き出せた」


「……簡単に名前を使わないでよ」


ぼくはため息を吐いた。まったく、そんな簡単に情報を漏らすなんて。景色写真と土樹 空海の区別があまりついてないように思える。


「知ってるなら話しは早いや。永家はどう思う?」


「どうって言われてもな。簡単な情報は得たけど、あいつ話しが下手でさ、全然わからんの。素直にそう言ったら土樹はお前に聞けって」


たらい回しですか。


ぼくは解約した携帯を開き、メモを見る。この中で名前矛盾でないときに得た情報はどれだったか。


メモに日付はないので、選びながらポツリポツリと情報を提供していたが途中でめんどくさくなった。土樹がどこまで教えたのかわからないの加え、土樹の情報に曖昧な部分もあるかもしれないのだ。結局、ほとんどの情報と、ぼくが打ち立てた仮定も渡した。


「なるほど、一万を買い取る理由は誕生日番号を探すため。というのは建て前で、ほんとはぞろ目のお札を狙っていると」


「ぞろ目はわかんないよ。キチンとそう言ったわけじゃないから」


電話の向こうで息を吐く音がした。少しの間、永家は黙っていた。


「吉雪堂って、金なんて扱ってたんだな」


「え?」


「おれは、吉雪堂のじいちゃん知ってるけど、見たこと無いからさ。あのじいちゃん、骨董品……ていうか古いもんは好きだったけどお札も扱ってたなんてね……」


「吉雪堂の店主知ってるの? ぼくまだ見たことないんだけど」


「は? 会ってるだろ? 吉雪堂に行ったんじゃないのかよ」


「行った。行ったけどお店にいたのは違う人だったよ。若い人」


「若い人? ……知らねえなあ。アルバイトか?」


「それはわからない。雇ったんじゃないの?」


「ああ、かもなあ。あのじいちゃん結構な歳だったし。アルバイトを雇うのも当然かもな。ということは金もそいつが鑑定できんのか」


そっかそっか。永家は納得したように言葉を区切る。思い切って、ぼくは聞いてみた。


「永家はどう思う? ぼくの仮定」


「ん? どうって言われてもな。とりあえずはお前の考えてる方向でいいんじゃないか」


「なにか気づくことは?」


「……そうだなあ。時間制限と場所かなあ」


「時間と場所?」


解約携帯のメモを開く。


「どういう風に気になるの?」


「そいつらは普段から車で店を持ってるわけじゃないんだろ? なのに同じ場所にいるのはおかしい。場所を変えれば、それだけ噂は広まるだろ」


新しいメモ帳に永家が言った言葉をメモする。言葉全てを打ち込めるほどぼくの手は早く動かせないので、要所要所だけを素早く打ち込んだ。


「場所は、固定すれば客が見つけやすいからじゃない? 昨日いたのに今日いない、売ろうと思ったのに。なんて」


「もしおれが買い取る側だったら、目的以外の札なんか進んで買い取りたくないけどな。目的の札は一枚。範囲は広いほうがいいに決まってる」


なるほど。


「だとすれば、時間制限は次の場所に移動するから定めたってのは? 一週間か二週間間隔で各地を転々としてるとか」


「移るって言ってもすぐ近くなんだろ? 誕生日にしろぞろ目にしろ、北は北海道、南は沖縄まで探します、なんて車で旅するわけじゃあるまいし。だったらネットで募集かけたほうがずっと早い。なんらかの情報でそこにあること知って、でも簡単に売ってくれそうにないから現地に向かったんだろうが、打つ手が時間制限を設けましたってのは軽すぎる」


それに、と永家は続ける。


「一番気に入らないのはな、なんなんだ? その場所を選んだ理由が、過去警察に見つかってすぐ逃げられるようにするためって」


永家が電話の向こうで怒りを見せる。そこまで怒るようなことじゃないと思ったが、『推理小説が好き』と言っていたので、なにか許せないことがあったのかもしれない。


「単純に警察が嫌なんでしょ。だから運転席に一人置いて、おじさんはすぐ逃げれるような格好。目の前には大通り。完璧じゃない」


「あのな、逃げてどうすんだよ」


そのあまりにも落胆の色が濃い声は、がっくりと肩を落とす永家をはっきりと隣に見せた。


「一万の買い方を思い出せ。そいつらは両替だって言い張るためにそうしてんだろ? じゃあ逃げる必要はないだろ。一度注意を受けてるなら尚更逃げるべきじゃない。サイレン鳴らして追ってくるぞ、そんな怪しい逃げ方したら。これから違う場所で買うことを続けるにしても、波風立てるべきじゃない」


ぼくは夢中で文字を打ち続けた。変換を間違っても構わない。とにかく永家の言葉をメモし続けた。


「じゃあなんでそんな場所に車を置くか。簡単だ。ある意味お前の言うことも正しいが、もっとはっきりしたことだ。単純に捕まりたくないんだ。おれは予想するぞ。その車の二人、犯罪に関わってる」


犯罪。打ち込んで、ぼくは止まった。もしそうなら、これはすでにぼくたちが扱える範疇を越えている。


「……うつつ?」


「ん? ああ、なに? ちゃんと聞いてるよ」


「いいか、あんま踏み込みすぎんなよ。土樹はあの性格だから、ずかずか踏み込む。お前が止めなきゃ、なにやらかすぎわかんないぞ」


「わかってるよ」


嫌になるほど、わかってる。


「わかってるか、本当にわかってるよな。なら、もうひとつ忠告だ。いいか? よーく聞けよ」


「うん」


携帯を握りしめ、永家の言うことをそのまま打ち込む。


「情報は鵜呑みにするな。一度確認しろ」


短い文だったので、ぼくは全文しっかりと携帯に打ち込んだ。


「わかったか?」


「うん。よくわかった」


「そうかそうか。でも、ただ聞くだけじゃ身にならないよな。だから、身を持って知ってもらおう」


「ん?」


「実はおれな、土樹と連絡なんか取ってない」


「………………ん?」


「メールは来たのは本当。けど、土樹に連絡とる前にお前に事情を聞こうと思ってな」


「…………」


「一万買取がいることは聞いてたけど、どんな場所で、誰がなんて知らない。全部お前がしゃべったことだ」


「…………」


「情報は鵜呑みにするな。一度確認しろ」


……やられた。親友だと思って油断していた。


そういえば、永家はぼくが話すまで詳しいことを何一つ言わなかった。それに、今思い出せば所々おかしいところがあったじゃないか。永家は買取所を車だと知る前になんといったか。


永家は、店と言った。


それに吉雪堂を話したときでもそうだ。永家は吉雪堂のアルバイトがお札の値段を決めると言ったが、本当はそうじゃない。店主がお札の値段を決めているはずだ。


そこで疑問を持つべきだった。ぼくのミスだ。


「情報は大事だぞ。他人にけっして渡さないようにな。例えそれが親友だとしてもだ」


「……うす」


「じゃあ、土樹によろしくな。また遊べたらいいな」


そう言って、電話は切れた。ぼくはしばらく脱力し、自分の馬鹿さ加減を呪った。


充電したまま通話したため、かなりの高温になった携帯をもう一度酷使して、メールを打つ。


送信完了とともにまた脱力感が遅い、しばらくは立ち上がれなかった。


あーあ。





土樹へ

土下座して謝りたいことがあるから

暇になったら連絡頂戴


追伸

別に緊急じゃないからね





「あーあ」






緊急じゃないと言ったのにも関わらず、土樹は部活が終わってすぐに連絡をくれた。すぐにと言っても、ぼくの中学校は携帯の持ち込みは禁止されているので、学校が見えなくなってすぐのはずだが。


すっかり充電が終わった電話の向こうで「どうした?」と土樹が訊く。ぼくはとりあえず永家から電話があったことを伝え、それから会って話すことに決めた。場所は土樹の家になった。汗だくで、シャワーを浴びたいから、ということ。


しばらく待つと、メールが来た。シャワーを浴び終えたというメールだった。ぼくは解約携帯だけを持って土樹の家に向かう。


土樹の家には土樹のお母さんもいたが、すでに話しはしてあるらしい。ぼくを見るとなにも訊かずに通してくれた。


ぼくの家と同じ間取りの家なのに、家具が変わるとまるで別物になる。土樹の部屋に行くと、土樹はTシャツ短パンというラフな格好で出迎えてくれた。


「おーす。で土下座したいことって?」


前置きが無いのはいつものことだ。今はそれがありがたい。ぼくはどこから話そうか迷ったが、最初から話すことにした。


「今日、永家が土樹からメールをもらったらしくてね」


土樹は永家の名前に懐かしんでいたが、話しが進むにつれ頬がどんどん上がって行った。最後にぼくが騙されたとこまできくと、土樹は腹を抱えて笑っていた。


「すげー、すげーよ。さすが永家だ。お前の扱い方と言ったら右に出るやつはいないな」


「なんたって半同一だからね。考えてることが大体わかるんだよ。それを忘れてた。だから先を読まれて、先手を打たれた。次からは気をつけるよ。とにかく、ごめんね。勝手に情報流して」


土樹はまだ笑っている。謝っているのに笑われていると変な気分だ。


「いや、いいんじゃねえの。おかげで良い意見がもらえたんだろ」


ぼくは肩をすくめた。土樹は許してくれたようだが、ぼくは自分を許せていない。


永家が相手とはいえ、土樹を信じなかったせいだ。


「意見はもらったけど、まだ信じる気はないよ。一度調べるつもりさ」


「それがいい。師匠のお言葉はきっちり守らないとな」


……師匠?


「永家は師匠じゃないよ。半身だ」


「どっちでもいい。俺には同じだ」


同じじゃない、そう反駁しても無駄だろう。ムキになっても伝わらないはずだ。ぼくと土樹はコンビ。互いを補う関係だ。半身じゃなく、長所と短所を全てひっくり返したぼくを見るような、まったく逆の関係。


「にしても、一斉送信って他人にアドレスがくっついていくんだな。知らなかった」


「ちゃんと処理をしないからだよ。確か、どうにかすればそういうことにはならなかったはずだよ」


「なんにも情報が含まれていなかったな、今の発言」


「しょうがないでしょ。ぼくは一斉送信なんて使わないから、知識として蓄えていないんだ」


ぼくは例えめんどくさくても一人一人にメールを送る。一斉送信なんて楽はしない。


こんなことがあっては遅いからだ。


「さて、じゃあ俺からも報告な。お前からの質問だがまだ全員じゃないが、大方聞き終わった。そんで、ここ数日でさらに売ったやつもいたらしいから、そいつらにも訊いた。結果。質問内容、二つともイエスが大半だ」


ぼくが頼んだ質問は『一万を買う理由を知っているか』と『吉雪堂を知っているか』の二つ。その二つが、イエス。


土樹は人差し指と中指を立ててピースサインを作る。


「さらに情報を足すぞ。『一万を買う理由』を最近知ったのは当たり前だが、なんと吉雪堂の名前も最近知ったって奴が多い。中にははぐらかした奴もいたが、おそらくあのおじさんから聞いたんだろうな」


土樹の言葉を聞きながら、携帯に打ち込む。情報は必ず確かめろと永家は言ったが、この場合はどうすればいいのだろうか。


「変な話だろ? ライバルを広めてる買い取り屋。これじゃまるで……」


「あのおじさんと吉雪堂は手を組んでるようだ」


土樹が腕を組んでぼくを見る。ぼくは肩をすくめた。


「別に変な話しじゃない。あのおじさんが吉雪堂の名前を出したときから、その可能性は考えてた。ライバルってのは、ある面から見れば仲間だよ。最終的な目的は同じ。今回は目的のお札を手に入れること。手を組んだって不思議じゃないじゃんか」


動けないが名前がある店の吉雪堂。動けるが名前のない買取屋。ぼくと土樹みたいな関係だ。


「手を組んでるなら、なんでライバルなんて演じてるんだ? 買取の件にしても、わざわざ競う必要ないじゃんかよ。それに宣伝目的のワゴン車だったら買い取る必要がない。まったくない」


「それに関しては言うことないよ。その通りだ」


素直に納得したのがそんなにいけなかったのか、土樹は目を見開いた。


「珍しいな。まだしょげてんのか?」


「しょげてない。情報が足りないだけ。もう一度考えてみる必要があるからね。永家の言ったことを考えると、このまま進むのは危険だ」


永家が言った『犯罪』の二文字が足踏みさせる。『偽札』のように限定されない分、考えることが多すぎて処理できない。


携帯の画面を見つめたまま思考を巡らせていると、「そういえば」と土樹が入ってきた。


「吉雪堂の若い人な、最近入ったらしいぞ」


「誰情報?」


「家の母親」


土樹のお母さん?


「母親も又聞きみたいだけどな。俺も知らなかったんだけどさ、吉雪堂の店主って人柄が良かったんだろうな、結構人気ものだったんだ。いきなり変わったからどうしたんだろって」


「店主さんは、病気かなにか?」


「どうだろうな。ずいぶんご高齢みたいだし、病気の一つや二つあってもおかしくないかも。ただ老体が辛いってのもあるかもしれんし」


「……怪しいね。永家の話しだと、元々吉雪堂はお札を扱ってなかったみたいだよ。アルバイトが入ってからお札を扱うようになったかもって」


「アルバイトとおじさんが組んでるってか。……あのおじさんも、吉雪堂のバイトって線はないか? 売り上げを上げるために仕組んだとか」


「売り上げが上がったかどうかはわからないけど、確実に知名度は上がったよね。それでゆくゆくは吉雪堂の売り上げも上がるだろうけど、だったらもっとわかりやすく車にステッカーでも貼ると思う」


「わざと謎にして、客に調べさせるとか。俺たちみたいに」


「なんでわざわざゲーム形式にしなきゃいけないのさ。何人ぼくたちみたいに考えるかわからないのに。だったら名前を見せて、地図でも配ったほうが効果的だよ。買取は宣伝費やパフォーマンスって手もあるけど、だったらやっぱり名前を見せるよ」



「そっか……良い線だと思ったんだけどな」


土樹は落胆するが、別に落ち込むことではない。おじさんと吉雪堂が組んでいると思っているのはぼくだって同じだ。ただ、前提条件が違う。


売り上げ目的に、あの買い取り屋は動いていない。


「やっぱり、まだまだ調べる必要があるよな。名前矛盾、次はなにを調べればいい?」


「そうだね……」


永家は踏み込みすぎるなと忠告してくれた。が、もうすでに深くまで踏み込んでいる気がする。チラッと土樹を見ると、好奇心と探究心でキラキラと輝いていた。こうなると、もう引き戻すのは無理そうだ。


ぼくができることは道を提示すること。それと止まるように標識を出すことしかできないのだから。


止まるように言っても、引き返すかどうかは土樹が決めることだ。


「危なくなる前にそろそろ、勝負をかけるべきなのかもしれない。あのおじさんに、訊いてみようか。『ぞろ目のお札はいくらで買ってくれますか』」


「やるか?」


土樹の顔はいっそう輝く。


「やっていいのか?」


「訊くだけだよ。ほかになにも言わないでよ」


「わかってるよ。あ―、明日が楽しみだ」


日程を決めたはずはなかったのに、どうやら土樹の中では明日決行になっているらしい。まあ、別にいいけど。


明日、もしかしたら全てわかるかもしれない。土樹ほどではないが、ぼくの心は少し踊っていた。


遠足を待つ子どものような心境で、明日を待つ。明日で決める。そう胸に誓っていたのだが。


現実はそううまく行かない。






「ゆ―め―み―……」


恨めしや、そうも聞こえそうなほど暗いトーンで土樹が呼んだとき、ぼくは草臣くんと談笑している最中だった。


時間は朝、ホームルームが始まる前。クラスがまだざわざわとしている中、土樹の声は掻き消されそうなほど小さい。けれど、膝と膝がぶつかるほど近くに立つ土樹の声は、ぼくたちの耳にはしっかり届いた。


「話がある」また、ぼそり。


この前と同じように廊下に連れだそうとする土樹。背中を見送ったまま、土樹には見えないように草臣くんは言った。


「いったいなにをどうしたら土樹くんをあそこまで落ち込ませることができるの?」


むしろこっちが訊きたいくらいだ。


土樹の背中を追って教室を出ると、この前と同じ場所に土樹は立っていた。階段の前。最初の一段に片足を乗せ、背中は壁につけている。腕組みしてぼくを待つ土樹の前にいくと、ため息で歓迎してくれた。


いったいなんなんだ? こんな朝早くから。


「お前に有益な情報をやる」


投げやりに土樹は言った。名前矛盾。口パクで、別称を呼ぶ。情報は携帯に打ち込むは基本だが、残念ながら中学に携帯を持ってきていないのでそれはできない。


それを知っている土樹は、情報を一文で纏めてくれた。


「ぞろ目が見つかった」


「は?」


「ぞろ目の札が見つかった。今日、別のクラスの女子から聞いたんだ。ファミレスでバイトしてるやつなんだけどな。レジにいるとき、ぞろ目の札を見たらしい。なんと、7のぞろ目だ」


口元だけ笑みを浮かべる土樹。だが目は笑っていない。


「持っていたのはおじいさんだったらしいんだけどな。お金を払おうとして、また引っ込めたらしい」


「ん? どういうこと?」


「一度会計しようと一万を出したけど、それがぞろ目だと気付いたんだろうな、慌てて別の一万に変えたらしい。そのとき怪しいなと思って注意深くお札を見たら番号がぞろ目だと気付いたんだと。聞いた女子も、ぞろ目の一万が金になることを知っていたから目が言ったんだろうな。かなりよく覚えていたぞ」


「なるほどね……。見つかったなら、今日の」

「やだ」

「勝負は中止にしようか」


土樹の二文字は華麗に無視。いちいち気にしてたら先に進まない。


「いいじゃん、別にいいじゃん。ぞろ目が見つかったからって、勝負を止める理由にならないって」


「駄々をこねない。それに、勝負は止めないよ。相手が変わるだけだ」


「その相手はぞろ目のおじいさんだろ? 無理だって、どこにいるかもわかんないのに」


土樹の言うことは、ぞろ目を持っていたおじさんの容姿まではわかっていないらしい。聞いたのはぞろ目だったということだけで、「顔を見たら思い出すよ」とその程度しか覚えてないようだ。よく覚えていたって、そのときの状況だったらしい。


「続行しようぜ、相手は変えずに」


よほど買取屋との勝負に熱を持っていたのか、なかなか土樹は引き下がらない。おじさんとのやりとりを昨日からシミュレーションしていたぼくとしてもこの変更はあまり望ましくないが、しょうがない。


勝負をかける意味がなくなってしまった。


「変更なしって言ったら、もうおしまいじゃないか。ぞろ目が見つかったなら、儲かる理由も説明がついた。今ここで吉雪堂とワゴン車の関係を突き止めてもしょうがない」


改めて思い出す。ぼくと土樹の目的はなんだったか?


最初は偽札かどうか確かめること。


次は儲かる仕組みを確かめること。


ぞろ目がわかったなら、ぼくの仮定から儲かる仕組みが説明できる。強いていうなら、あとはぞろ目のおじさんを探して、実際にお札を見るだけで今回は終わりだ。


情報はしっかりと裏を取りましょう。


「まだまだだ。確かに儲かる理由は説明ついても、時間制限だって、ワゴン車の場所だって説明できてないぞ」


「そこを解明する意味もなくなったと思うけど」


「いや、納得できねえ」


できないって言われても……。


ぼくは腕を組む。考える。確かに、土樹の言うことは最もだった。まだまだわからないことはある。


だが、全て解明する必要がどこにあるのだ。


わからないならわからないでいい。必要なことだけを調べて、今ぼく達はそれがわかったのだ。厳密に言えば完璧じゃないけれど、赤点はない。


「それとも、もう一度変える? 理由。いっとくけど、変えるとしたらこれが最後だよ。何回も目的や理由を変え続けられると、終わるものも終わらなくなる」


「……わかってるよ。別称を使ってるんだもんな」


お前しか頼れる奴がいない。助けてくれ。


別称はそういうとき使うと決めたはずだ。わがままのために使うものじゃない。


土樹は少し目線を上にあげ、黙った。ゆっくりとまばたきを繰り返すが、口は開かない。やがて、チャイムがなって、ホームルームが始まる時間になった。土樹は去り際、


「少し考える。今日の放課後、予定空けとけよ。相談だ。これからのこと、煮詰めるぞ」


そう言い残し、教室に戻った。




昨日土樹がそうしたようにぼくも時間を空けて教室に戻ると、草臣くんは神栖くんたちと話していた。神栖くんはぼくの椅子に座っていたが、ぼくを見つけると立ち上がって席を譲る。


「いいよ、座ってて」


「いや、持ち主に返すよ」


神栖くんが席を立ってしまっていたので、素直に従うことにする。


「じゃ、またあとで」


神栖くんが自分の席に戻っていく。ぼくのせいで会話を終わらせてしまったのだろうか。だとしたら、悪いことをした。


「どうだった?」


草臣くんが身を乗り出してきく。


「なにかされた?」


一瞬なにを話しているかわからなくなったが、草臣くんの視線が土樹に向いたことで全てがわかった。


「なにもないよ。暴力もカツアゲも」


「そっか」


「そうだよ」


良かったね。と反応に困るセリフを吐く草臣くん。その笑顔を見ていると、不安になってくる。


ぼくは誰を友達としているのだろうか。


ぼくは友達を騙しているのだろうか。

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