物質マイク

風見 新

第1話

 22世紀最大の発明といったら誰もが『物質マイク』と口を揃えて言うだろう。


 『物質マイク』とは人間の作りだした物の声を聴けるマイクだ。

とはいっても、四六時中物質が声を発しては耳障りな事間違いないため、基本的に物は人間の質問に答えるだけだ。


 例えば、機械の調子を知りたいのであれば、エンジニアが検査をするのではなく『調子はどう?』と直接、機械に尋ねると良い。

 そうすると機械の方が『最近気温が高くて少し冷却器の調子が悪く、それ以外は好調です。』と自分から答えてくれる。

まるで機械そのものが感情を持った生き物の様に人間の問いに答えてくれるのだ。

 

 他の例を挙げるのであれば、もっと日常に付随したものもある。

 例えば、普段の生活の中で物がなくなることは多々あるだろう。


 それはさっきどこかに置いたはずの個人認証カードや、今まで使っていたはずの部屋の太陽光調整用のリモコン、朝出勤に必要な低軌道進行機の定期に至るまで人によって様々だろうが、どれもこれも常に人の心をくすぶらせてきたものだという。

 そんな時でも物質マイクは重宝される。


 なにせ物質の声を聞くことが出来るのだ。居場所など声を上げて尋ねれば、物そのものが答えてくれる。

 『カード、どこー?』『多機能机の下です。』

 『リモコンは?』『3D カーペットの上にいます。』

 『定期!!』『あなたのポケットの中です。』

 とこんな調子で解決してしまう。

 

 こうして大幅に人の負担を解消し人間のさらなる産業発展に貢献した『物質マイク』は、まさに人類の最大の発明といえる。

だから一秒間に100桁以上の演算をこなせるウルトラコンピューターでも、脳内に直接情報を取り込めるセル端末でも、人間の体感温度を自在に操作できる生体保護膜でもなくこの物質マイクこそが人類の英知の代表として挙げられるのだ。


 ここで遅まきながら自己紹介をしておこう。

 私の名前は『星空2113』、空のはるか上、大気圏を超えたさらにその上の宇宙を浮遊する無人衛星だ。

 その主な仕事は眼下の地球上の異常気象や電子ハリケーンの観測とその報告で、その際にはもちろん物質マイクを用いる。

基本的には投げかけられた質問にしか答えない私達物体だが、人の会話はちゃんと理解は出来る。

 だからこそ思うことは皆様々だろうが、誰もが人間に敬意を抱いている。


 なんせ生みの親であり、彼らに使われることで存在意義を得られる私たちに人間への恨みを持つ物などいない。

ただ、皆が共通の疑問を持っていた。


 それは

 ウルトラコンピューターも

 セル端末も

 生体保護膜も

 多機能机も

 3D カーペットも

 ズボンのポケットも

そして私も抱く疑問……


 



 どうして物言わぬ物質の声は聴くのに、悲鳴を挙げ続ける地球の声は聴かないのか……と

 

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物質マイク 風見 新 @mishinn

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