3-3 妨害魔と刃を交える (終)
3人は階段を上って、ネフィリムがいる部屋へ、こっそりと近づく。扉の向こうから声がする、とドアノブに触れようとした瞬間、その姿が見えているわけでもないのに、中にいるネフィリムが興奮したように暴れ出した。と同時に、扉越しでも耳を塞ぎたくなるほどの、鉄塊を鉄板に叩きつけたような鈍い大きな音を鳴らし始めた。
「こりゃ、相当大きい獲物だな」
両耳を塞ぐ白桃が恨めしげな声を上げる。
「とは言っても、音から察するに、ネフィリムは檻と格闘中のようだね」
片手で耳を押さえているウィスタリアは余裕綽々の顔でドアを開けると、その言葉の通り、ネフィリムは自分を捕らえている檻籠の鉄錠を食いちぎろうとしていた。
しかし、そのウィスタリアも、暴れているネフィリムを見て困惑した。その後ろから中を覗いた白桃とガーネットも同じく、戸惑った。
「おい、このネフィリム……見たことあるか?」
白桃の問いに対し、ガーネットは大きく首を振る。ウィスタリアは聞こえていなかったように返事を忘れていた。
その姿はライオンのようで、ライオンよりさらに凶悪な方向にかけ離れていた。筋肉がむき出しの胴体に、恐竜の足を無理やり圧縮したような、ぎっしりとした脚、そして何より、一匹の象をそのまま丸のみできそうな大きな口と、その一本一本が100センチほどの大きさまで異常発達した巨大で鋭利な歯である。顔面だけでそれほど小さくない胴体2つ分ほどの大きさで、非常にアンバランスな姿かたちだったが、その不安定さが逆に3人に恐れを感じさせた。
(こいつと戦ってはいけない)
という第六感の警鐘は鳴りやむことを知らなかった。
「まるで”キマイラ”だな」
「とりあえず、GARDENに連絡を取るべきだ。僕たちではとても手に負えない」
ウィスタリアの提案に2人は無言で頷く。それを確認したウィスタリアがポケットから通信端末を取り出した。
「ちょっと待って!」
ガーネットがキマイラを見て、あることに気付いた。キマイラはガーネットの胸に当てた包帯から染み出た血の臭いに興奮しているようだ。キマイラは鉄格子にかぶりついている。
「——ここから逃げるほうが先かも」
ガーネットが言い終わるや否や、檻から、バキッという音が鳴った。格子はスナック菓子のように、キマイラの口内で噛み砕かれ、消えていった。
「冗談じゃねえぞ、おい……」
「逃げろ!」
3人が部屋のドアを閉めた頃、キマイラはタックルで格子を捻じ曲げ、檻からの脱出に成功した。自由を取り戻したそのキマイラの次の目的は鉄の臭いを漂わせた少女を食らうことに変わった。
3人は廃屋を出て、森の中へ走っていった。
「応援部隊を呼んでみたけど、来るのに5分ほどかかるらしい!」
「幸いにもこのあたりはめったに人が通らないからな、とりあえずは逃げ回るしかねえ!」
その後ろで、キマイラが廃屋の玄関を突き破る音が聞こえた。もともと古びていただけに、あっさりと破壊された。
「これ、私だけ離れて逃げたら2人は安全なんじゃないの?」
ガーネットの提案は一瞬でバッサリと切られる。
「「論外だ」」
「自分の為に仲間を囮にするような卑劣な手は好きではないからね」
「そうだ。仮にお前が食われでもしてみろ。俺のクビも飛んでっちまう」
「はいはい」
と、ガーネットが溜息をついている頃。キマイラが3人を発見し、雄叫びを上げた。
「っと、冗談もほどほどにしねえとな」
「なるべく姿が見えにくいところを進もう」
ウィスタリアの指示で木の多いところを進むことにした。
その後、地面のぬかるんだ場所を走り抜けたり、草むらに隠れてやり過ごそうとしたりしていたが、4分間の逃走劇の末、ついにキマイラに追い付かれてしまった。
「チッ。どうにかやり過ごすしかねえか……!」
「あと1分!」
「アイツはガーネットを狙って来るはずだ。俺が先頭に立って陽動してやるから、死んでも避けろ!」
「わかった!」
白桃は衝撃波をキマイラに放つ。だが、キマイラはお構いなしに突進を続ける。
「思っていた以上にヤバい相手だな」
「あの感じだとマフラーを巻くどころじゃないし、応援部隊の人に現在地を知らせておこう」
と、ガーネットは火の玉を空高く投げ、頂点で爆発させる。音も大きさも、森の外から見て十分に知覚できるものだった。一方、ウィスタリアはもうすぐ攻撃してくるであろうキマイラの行動を読むことに集中していた。
キマイラはギチギチとした脚を収縮させ、一気に距離を詰めた。その先にはガーネットがいた。
「左に飛んで!」
「っ!」
横飛びをしたガーネットの足先すれすれをキマイラが通過して、その勢いのまま都会に建てられている小さなマンションほどはある大樹の腹を、ソフトクリームを食べるように
木を飲み込んだキマイラの食欲は止まることなく、再び3人に向かって飛びかかろうとした。
「くそっ。まだ来ねえのか、応援部隊は!」
と、悪態をついた白桃の後ろから、何者かが現れた。
「あ、お前は……」
キマイラの脚を一瞬で破壊し、左手に持っていた刀で胴体を貫き、飛ぶように森の奥深くへと消えていったそれは、先ほど廃屋の中で闘いを繰り広げた妨害魔であった。妨害魔が絶命したキマイラの胴体から引き抜いた刀には、赤黒く光る、丸い塊が刺さっていた。
3人は岡山支部へと戻り、報告をした。
「——とりあえず、怪我で済んでなによりです」
支部長は難しい顔をして座っていた。大ケガをしていたガーネットも、
「めちゃくちゃ痛いけど、死ぬよりは」
という気持ちでいっぱいだった。
「あなたたちが言っていたネフィリムも、一応は新種ということで間違いないです。念のために本部へ送りましたが」
「一応は?」
「もしかしたらの話ですが、あれは自然発生したものではないかもしれません」
支部長の意味ありげな言葉に首を傾げるガーネットと白桃。一方、ウィスタリアがハッとして呟く。
「——H∴H∴H∴《トリプルエイチ》が人工的に作り上げたネフィリム?」
「もしかしたら、ですが。現に、0.1%ほどの調査でも複数のネフィリムに似た遺伝子構造がいくらか発見されたようですし」
支部長はウィスタリアにネフィリムのデータをまとめた紙を手渡す。
「人口だの何だのはよくわからねえが、何やら面倒くせえことになってきてるようだな」
他人事のように呟く白桃を、支部長は笑顔で睨みつける。
「そうですね。美味しい料理を食べ歩く暇もなくなる程度には」
白桃は目をそらして口撃をかわす。
「私はとにかく、これを早く治さないとだね」
ガーネットは胸に巻かれた包帯を指す。
「そうです。もう次の任務は決まっているので、できるだけ早く治してほしいです」
「うーん。そう言われちゃうと、なんだか治したくなくなっちゃうような……」
「ガーネットさん?」
「はいすいませんゴメンナサイ!」
白桃の自室。布団にくるまった白桃は、妨害魔の刀捌きを思い起こしていた。
(あの構えといい、どこかで見たことがあるんだがな……)
妨害魔はキマイラを左手の一撃で絶命させた。しかし、ガーネットは殺さなかった。このことからして、白桃たちの相手をしている時は手を抜いているようだった。そして、キマイラを倒した時も、まるで白桃を助けるように現れた。
(やっぱり、俺が知っている奴なのか……?)
と、刀を使う知り合いを次々と連想しているうち、ある少年の姿を思い出す。
(まさか……!)
白桃は布団から飛び起き、そのまま静止する。
(いや、そんなはずはないか……)
はあ、と息をついて再び布団に寝転ぶ。
(——あいつはもう、死んだんだからな……)
そう自己暗示をかけるものの、その夜は眠ることができなかった。
御後が楽しいようで エルシエロシ @nyarsell
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