3-2 妨害魔と刃を交える

 白桃たちは地図に丸印が付けられていた廃屋の付近で車を降りた。

「これから乗り込むの?」

「ちょうど乗り込むか辺りを調べるか迷っているところだ。だからお前らが決めていいぞ」

「僕はもう少し情報収集しておきたいな。念には念を入れておきたい」

「私も。親玉の能力とか全然わかんなかったしね」

「じゃあ周辺住民にでも聞き込みしてみるか?」

その時、少し歳をとった女性の通行人が話しかけてきた。

「その家ね、最近はガラの悪そうな大男だったりひ弱なもやしっこだったりが出入りしてるんだけど、あなたたちが来るちょっと前にガラスが割れる音がしたわ。危なっかしくて近くを通れないわ!」

「ガラスの割れる音……?」

何かを察した白桃とウィスタリアは急いで廃屋に向かって走っていった。ガーネットは二人の突然の行動にえっえっ、と挙動不審な声を漏らす。

「なんかすいません。ありがとうございますお姉さん!」

「よくわかんないけど、頑張ってねー」

「どうもでーす!」

白桃とウィスタリアは、廃屋の玄関を上がってすぐそこにあった、さまざまな資料や機材が散在している部屋に入った。部屋の中では黒服の男や、ガラの悪そうな大男が倒れていた

「遅かったか」

「みたいだね」

部屋の入り口で立っている二人の後ろで、走って二人を追いかけていたガーネットが立ち止まった。

「ごめん。皆の思考回路が意味不明だから説明して?」

「男Aの話は覚えてるか?」

「とうとう男Aって言っちゃったよ。いちおうは聞いてたつもりだけど」

「彼は"自分たちの計画が誰かに妨害されている"と言っていたのは?」

「うん。言ってたね」

ガーネットは前に立つ二人の間から部屋の中を覗く。あっ、と声を出した。白桃は部屋の中へ入り、部屋で倒れていた男の手首を掴んで脈を測る。白桃の指は一切の振動を感じなかった。

「ここでオネンネしてるこいつらも男Aだってことだ」

「確か、ここの親玉ってかなり強……」

突然、二階からネフィリムらしき叫び声が響いた。死にかけの断末魔というよりは、元気満タンと言いたげな大きな声だった。

「……退治するべきだよね」

「そりゃあな。外にはお婆さんもいたしな」

「あんたのがバリバリ歳取ってそうだったけどね。どうしたの、ウィスタリア?」

ウィスタリアは無言のまま目を閉じながら立っていた。ゆっくりと目を開けたウィスタリアは、静かに二人に囁いた。

(玄関から物音がする)

(ネフィリムじゃないのか?)

(いや、足音が極端に小さいんだ。相当、足音を殺すことに慣れていると思う)

(一人なの?)

(おそらく)

(例の"妨害魔"だろうな)

(それってかなりヤバいじゃん! どうするの!?)

ウィスタリアには聞こえていた。階段方面ではなく、部屋の隅でコソコソ話をしている自分たちのほうに近付いている足音が。|得物<武器>をゆっくりと構える風の揺らぐ音が。

(僕の提案としては、逃げられるなら逃げたいところだけど……)

(味方って可能性はないの?)

(僕には殺意しか感じられないけど、白桃の意見としては?)

(こいつはヤバいだろうな。まあ、言い出しっぺが交渉してみろ)

(え、ちょっと!)

(まあ、何かあっても僕ができるだけフォローするよ)

(さすがウィスタリア! 頼りになる!)

(俺は?)

(鬼)


「あのー……どなたですか?」

返事はなかった。ガーネットの声は虚空に散った。

(あれ? 今、私、声は出てたよね?)

(無視されただけだ)

「私の名前はガーネット。あなたは?」

(おい! やたらめったに名前をベラベラ喋るな! バディの俺まで巻き添えを食らっちまうだろうが!)

(うっさいわね鬼のくせして!)

(もう、かなり近くまで来ている!)

白桃はそっと刀を抜いた。その時、刀が震えて共振するような音が鳴った。ガーネットは白桃の刀を見たが、その刀から発せられた音ではなかった。

(今の音、白桃?)

(妨害魔だ)

(じゃあ相手も……!)

(しかも、相当の手練れだろうな)

「! 来るっ! 二人とも避けて!」

声に反応してガーネットと白桃は前方向に飛んだ。妨害魔の刀は壁ごと、二人が元々立っていた部分を斬った。壁が崩れ、妨害魔の姿が見えた。しかし、その姿は例によって黒ずくめだった。今回はさらに、顔に仮面を着けて何の判別もできなくなっていた。妨害魔は、しばらくの間、刀を構えることも忘れ、白桃の顔を直視していた。白桃もそれには気付いていたが、無視して淡々と臨戦態勢を取る。妨害魔も攻撃を開始する。その刃が白桃に向く。だが、妨害魔が近づいたのは、白桃ではなくガーネットだった。

「ガーネット、君も狙われているぞ!」

「マジで!?」

ウィスタリアの警告を受けたガーネットは即座に後ろへ飛ぶも、妨害魔の攻撃はガーネットの手首に切り傷を付けた。傷は血管まで届いていたため、手首から血液がポタポタとこぼれ落ちる。妨害魔はガーネットを切り付けた後、体をグニャリと曲げ白桃に切りかかる。白桃も刀を構え、鍔迫り合いになる。刀を弾き飛ばして、互いに刀を打ち付けあう。キンキンと金属音と火花を散らしながらの攻防が続き、白桃は妨害魔の腕を足で蹴って距離を取った。

「お前の剣さばき、どこかで見た覚えがあるぞ」

妨害魔は一瞬だけ体を揺らしたが、何も答えなかった。

「答えねえか。倒して仮面を外してやるしかねえか……」

(白桃の知り合いなのかい?)

(私にもわかんない。けど、本気で戦わないといけなくなったみたいだね)

ガーネットのマフラーが燃える。マフラーは妨害魔の手首に絡まり、火が妨害魔の服に燃え移った。火はじりじりと妨害魔の服と肉を焦がすが、気にしている様子はなかった。

「知り合いだったら悪いが、こっちは遠慮するわけにもいかねえぞ」

白桃は妨害魔を切ろうとするが近寄ったところを妨害魔に蹴り飛ばされてしまい、攻撃は未遂に終わった。

「覚えがあるんだがな……」

どこかで見た動きを思いだそうとしている白桃をよそに、ウィスタリアは照準を妨害魔の手首に合わせる。

「相手が刀なら僕には有利な相手だ。できるだけ最小限のダメージで無力化するべきかな」

遠距離から狙いを定めた銃弾は妨害魔の焦げた手首に命中する。服に燃え移った火を消そうとしていた妨害魔は刀を落としかけた。ウィスタリアは攻撃をしようとしたガーネットに指示を出す。

「ガーネット、手首を重点的に狙ってくれ!」

「いえっさー!」

ガーネットはマフラーを妨害魔の腕に引っ掛け、力いっぱい締め上げる。妨害魔も強情で、なかなか刀を放そうとしない。

「しぶとい奴だな!」

「サンドバッグはガーネットで間に合ってるんだよ!」

白桃は、自分の刀を、バットを振るように振る。それを、妨害魔の刀にぶつける。意固地になって刀を放さない妨害魔の腕が軋む音が鳴る。たまらずうめき声を上げる。刀捌きに対しては若すぎる声だったが、その声はガーネットによって書き消される。

「あんたは自分の娘をなんだと思ってんのさ!」

「真面目ちゃん」

「そうじゃなくて!」

自分と戦っている最中に親子喧嘩を開始する二人を見て、妨害魔は小さく舌打ちをする。そして、走って二人の間を裂くように接近する。右手に持つ刀は、白桃のほうのみへ向いていた。

「そんなボロの右手て俺と勝負するとか正気か? ……いや、これは!」

妨害魔の左手から仕込み刀が飛び出した。白桃はガーネットを庇おうとするも、右手に持つ刀に阻まれてしまう。ガーネットが助かるには、彼女自身が避ける以外になかった。

 しかし、彼女は動かなかった。

 動けなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように、ただ突っ立って、その刃が自分の身体に刺さるのを凝視しながら待った。

「避け──」

ウィスタリアが指示を出すには遅く、刀はガーネットの左胸にめり込んでいった。そこまできて、ガーネットはようやく反射を働かせた。身体を大きく後ろにのけ反らせ、刀が深くまで届かないようにした。

 ガーネットは血を吐く。吐いたまま、あたふたし始める。

「ヤバい! 痛くないんだけど! 心臓刺さったこれ!?」

「そんな元気なら刺さってねえから黙って安静にしてろ!」

ウィスタリアは、ガーネットの様態も気にしてはいたが、その目は真っ直ぐと妨害魔を睨んでいた。まるで、獲物を狙う蛇や鷹のように。

「後の戦いに備えて温存しておきたかったけど、そうも言ってられないな!」

瞳にうっすらと緑色が浮かぶ。その肩からは緑色の光が服を透いて漏れる。

 ウィスタリアは妨害魔の右腕の、もっともダメージを受けている部分を狙って、弾を撃つ。妨害魔もそれを避けようと腕を振る。が、銃弾はそれを見越していたかの如く、その腕を貫いた。妨害魔は刀を落としてしまう。

 妨害魔は慌てて刀を左手で拾って、窓から逃亡した。

 誰もそれを追わず、ガーネットのそばへ駆け寄った。

「大丈夫かい?」

「えっとさ。史上最強に痛いんだけど」

ガーネットは身体をぷるぷると震わせる。

「寒いのか?」

「いや、メチャクチャ痩せ我慢してる」

「脅かすなよ」

「二人とも。本当に頼むから戦ってる最中くらいには真剣にやってくれない? それ以外の時はふざけても何も言わないから」

「やった。おふざけ禁止令解除だ!」

「言い方がマズかったな。戦闘中じゃないからこうなっちまうぞ。こいつバカだから」

「勘弁してくれ……」

上の階では、ネフィリムがバタバタと暴れていた。

「忘れて帰りそうになってたね」

「それはガーネットだけ」

「相手にもよるが、お前は休んでてもいいぞ」

「いや、私も戦うよ」

ガーネットは立ち上がる。その胸に強烈な傷みが走ったその瞬間、大ジャンプを決める。

「痛ああああああ!」

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