The First Date with My Dear Lover

龍々山ロボとみ

The First Date with My Dear Lover

*


 ボクには最近恋人が出来た。


 生まれて初めてのことで、ちょっとドキドキしている。


 相手は背が高くて、少し目付きの怖い人。


 まわりの皆は、その人のことを不良だとかヤンキーだとか言って、近寄っちゃ駄目だと言う。


 確かに、伸ばした髪は金髪に染めてるし、耳にはピアスがぶら下がってる。


 いつも遅刻してくるし、先生とかに怒られても「うっせーな」と言って言う事を聞かない。


 言葉遣いも悪いんだ。誰に話しかけられてもつっけんどんな感じで、怖い先輩たちとよくケンカしては顔に絆創膏を貼って学校に出てくる。


 制服をまともに着ているところなんて、一度も見たことがないや。


 うん、そう考えたらやっぱり不良なのかな、きっと。


 でもボクは知ってるんだ。


 本当は優しい人だってことも。


 学校の体育館の裏手、校内のゴミを一旦置いておくゴミ置き場の横で、その人は野良猫に餌をあげていた。


 その日ボクは、美術部の顧問の先生のお手伝いで、ゴミ袋を運んでいたんだけど。


 ゴミ置き場にゴミを捨てた後で、近くから声が聞こえてきて。


 どこから聞こえてるのかなー、と思って近くを探したら、その人が居たってわけ。


 ボクが見つけたとき、その人はまだボクに気付いていなかったなあ。


 だってさ、普段からは考えられないような優しい声で、猫ちゃんに話しかけてるんだよ?


 「美味しいか?」とか、「お前も一人なのか?」って。


 ボク、とっても失礼なことだとは思ったんだけど、その様子があんまりにも微笑ましかったから、つい、笑っちゃったんだ。


 ふふふ、って声が出て、そしたらその人もボクに気付いて、慌てたように立ち上がった。


 とっても驚いてたね。思いっきり目を見開いてた。


 何が起きたのか、分かっていないみたいだった。


 ボクはそれが余計におかしくて、たぶん笑顔を浮かべたままだと思うんだけど、その人に近付いてみる。


 それから、「猫が好きなの?」と聞いてみたんだ。


 その人は、一瞬言葉に詰まって、それから不貞腐れたように「ああ、悪いかよ」って言って。


 それを見てボクは、「ああ、君は、そんな可愛らしい顔もするんだね」って、そう思ったんだ。


 それでその人は、それ以上何も言わずに黙ってしまったんだけど、まだ足元で猫ちゃんが餌を食べてたから、ボクはしゃがみ込んで猫ちゃんを撫でてみた。


 野良のくせに全然逃げようとしないから、たぶんその人が何度も餌をあげてる内に、人に馴れてしまったんだと思う。


 ノドをゴロゴロ鳴らして、とても気持ち良さそうだったな。


 で、しばらく撫でてたら、頭の上から声が降ってきた。


 「どうするつもりだ」って。ムスッとした声だった。


 ボクが顔を上げると、その人が顔を顰めて見下ろしていた。


 「オレが、こんなところで猫と遊んでたって、誰かに言うのかよ」なんて、そんなことを聞いてくる。


 ボクは別にそんなつもりは全くなかったんだけど、なんだかそう言っても信じてもらえないような気がしたから、「じゃあ」とお願いをしてみることにした。


「このあと時間ある? ちょっとお茶でも付き合ってよ」


*


 オレには最近恋人が出来た。


 生まれて初めてのことで、メチャクチャ緊張している。


 相手はちっちゃくて、なんかフワッとした感じの奴だ。


 ぶっちゃけ言って、スゲー可愛い。マジ天使だ。


 ちょっと眠そうな目とか、でもわりとコロコロ変わる表情とか、見ていて全然飽きねえ。


 本当にオレと同じ生物なんだろうかってぐらいだし、正直言って、オレとは住む世界が違うと思う。


 だってよ、オレなんて自他共に認めるヤンキーだぜ?


 センコーの言うことなんかまともに聞いたことねえし、ケンカ売られりゃ誰でも相手になってやるって人間だ。


 クラスメイトからも思いっきり疎まれてるだろうよ。


 それに比べてソイツは、いわゆるクラスの人気者だ。


 男女どちらからも好かれてるし、ダチだってスゲー多い。センコーからの信頼もデケえだろう。


 いつ見たって誰かと一緒にいて、一人でいるところなんて見たことねえよ。


 オレなんかとは大違いだ。


 どうやって接点があるってんだよ。


 ソイツとの関わりなんて、せいぜいが同じクラスにいるってだけだ。


 ……だと、思ってたのに。


 「猫が好きなの?」なんて、いきなり聞かれて何て答えりゃ良いんだ?


 体育館の裏のあんなところでソイツと出くわすなんて、思ってもみなかったよ。


 しかもオレは、猫にエサやってるところだったんだぜ。


 「美味しいか?」とか、「お前も一人なのか?」って言いながら。


 恥ずかし過ぎんだろ。普段のオレを知ってる奴が見てたら、ゼッテー指差してバカにしてくるような状況だ。


 そんなところ見られて、ただでさえ頭真っ白になってるってえのに、ニコッと笑ったまま近付いてきて楽しそうにそんなこと聞かれたら、「ああ」としか答えようがねえよ。


 チクショウ、本当にとんでもないところを見られたもんだ。


 で、何も言えずに黙ってたら、ソイツはオレの足元にしゃがみ込んで猫を撫で始めた。


 それ以上、何を言うわけでもなく。


 オレはどうすりゃいいか分かんねえまましばらく突っ立ってて、ようやく落ち着いてきてから声を掛けた。


 足元でしゃがんでるソイツの、フワフワと柔らかそうな髪に向かって「どうするつもりだ」と。


 その時オレが思っていたのは、この事を誰かに言いやしないだろうか、ということだ。


 オレにもメンツってもんがあったから、好き勝手言いふらされたら流石に困る。他の奴らに嘗められたら面倒なんだ。


 だから、「オレがこんなところで猫と遊んでたって誰かに言うのかよ」って聞いたんだけどよ、ソイツは何を思ったのか、こんなことを言ってきた。


 「このあと時間ある? ちょっとお茶でも付き合ってよ」って。


 正直、意味が分からなかったよ。


*


 先生のお手伝いを終わらせて裏門のところに行くと、その人はきちんと待っていてくれた。


 ボクが「お待たせ」って声を掛けたら、小さい声で「おう」だって。


 照れてるのかな、そうだったら余計に可愛いな。


 そう思いながら、その人を案内してあげる。


 ケーキの美味しい喫茶店。


 ボクがよく行く、お気に入りのお店。


 店内に入ると相変わらずガラガラで、ボクはいつもの如く心配になるんだけど、前にマスターに聞いたら「老後の趣味でやってるだけですから」と言って笑っていたんだよね。


 潰れてしまわないように、これからもご贔屓にしよう。


 それで席に着いて注文してたら、マスターから「新しいお友達ですか?」って聞かれた。


 すかさずボクが「そうだよ」って言ったら、その人は慌てて否定しようとしてたなあ。


 その動きがまた、可愛くてさ。


 一頻り眺めてたら、キッと睨まれちゃった。


 「ごめんごめん」とその事を謝ったり、機嫌悪くしたその人を宥めたりと、なんだかんだしてるうちにケーキが運ばれてきたんだっけ。


 ボクはチーズケーキとアメリカンコーヒー、その人はイチゴのショートケーキとカフェオレだった。


 見かけによらず甘党なんだなあ、ってこっそり思いながらケーキに手を伸ばす。


 一口食べて「やっぱりここのは美味しいな」って考えてたら、その人が「……美味い」って。


 その直後、「しまった!」みたいな顔で口元を押さえるものだから、堪えきれずにまた笑っちゃった。


 顔真っ赤にして怒ってくるんだけど、普段と違って全然怖そうになくて。


 それで、ボクが笑ってばかりいたら拗ねたみたいになってケーキをパクパク食べ始めて、そういうところを見るたびにどんどん「可愛いな」って。


 ついつい、ほっぺに付いてるクリームを取っちゃった。


 甘かったなあ、あれ。


*


 初めてソイツに連れられていった店は、落ち着いた雰囲気の静かな喫茶店だった。


 他の客なんて一人もいなくて、ばったり知り合いに鉢合わせるということはなさそうだったが、あの店、これでよく潰れないなと思ったもんだ。


 席に着くなりそこのマスターとソイツにからかわれたりはしたが、出てきたケーキは素直に美味かった。


 ただ、思わず「美味い」って言っちまってたらしく、ニヤニヤとソイツが笑ってたのが癪だったけどな。


 で、そのあとだ。


 ソイツはオレの頬に付いてた生クリームを指で取って、な、な、舐めやがったんだ……!


 「んー、甘い」……って、バカか!?


 そういうことは、軽々しくしていいもんじゃないだろ!?


 しかも怒ろうとしたら、スゲー良い笑顔で「いつもより美味しー」って言うしよ。


 そんなわけないだろって、言うのも忘れてさ。


 ソイツが、本当に美味しそうに自分の指を舐めてるとこ、見ていて目が離せなかったんだ。


 オレが見つめているのに気付いたソイツが、楽しそうに微笑んでみせるまで。


 オレは、ソイツに見惚れていた。



 そして気が付けば、オレのケータイにはソイツの連絡先が入っていて。


 それからちょくちょくと、一緒に帰るようになって。


 また喫茶店に行ってケーキつつきながらダベったり、ソイツをゲーセンに連れて行ってみたり。


 クレーンゲームでデカいヌイグルミを取ってみせたら、「意外と乙女チックだね」とか言われて。


 カラオケに行ったらソイツ、びっくりするぐらい歌上手かったんだよな。


 プロみてーだって言ったら、スゲー喜んでくれてさ。


 かと思えば、雷が怖いからって電話かけてきたりするし。


 そういうことやってるうちに、だんだん一緒にいるのが当たり前になってきて。


 数日前に、とうとう、告った。


 オレの方から、体育館の裏に呼び出して。


 あのまま、だらだらと一緒にいるのは、なんか嫌だったから。


 駄目なら駄目で、潔く諦めようと思って。


 だってのにソイツ、「あれ、ボクたちまだ付き合ってなかったの?」なんて言いやがった。


 オレが、どんな思いで告白したと思ってるんだ……!


 腹立たしい! 何が腹立たしいって、そう言われて思わず喜んじまったオレ自身に腹が立つ!!


 チクショウ! 嬉しかったよ! 「改めて、こちらこそよろしくね」なんて言われて、嬉しくないわけないだろうが!!


 それで、「じゃあ、今度遊びに行くのは初デートかな?」なんて言われた日には、もうこの髪をバッサリ切っても良いって思えたぐらいだ!


 初デート!!


 なんて甘い響きだ!!


 オレみたいな奴には一生縁のない言葉だと思ってたのに!


 そして、だからこそ迷う。


 明日は、何を着ていけば良いんだ……!?


 チクショウ、族の頭とタイマンしたときの方が、よっぽどマシだぁ!!


*


 今日は、楽しい、初デート。


 いやあ、とっても、ドキドキするなあ。


 数日前に告白されて、そのときついでにデートの約束しちゃったけど、デートとなるとやっぱり違うよね。


 いつもの三割増でウキウキしてる気がする。


 隣町の遊園地に行こうって誘ったはいいけど、一時間も早く着いちゃった。しばらく時間潰さないといけないや。


 そうだ、この服。


 いつもよりおめかしして来ちゃったけど、変じゃないかな?


 考えてみれば、いつも遊ぶときは学校の帰りで制服姿だったから、私服姿をみせたことないんだよね。


 ボクも、私服姿見たことないし。


 どんな格好で来るのかな?


 私服までバリバリヤンキーみたいな格好だったら、それはそれで面白いなあ。


 そんな事を考えてたら、後ろから「よお、早いな」って声が聞こえた。


 おやおや、もう来たの?


 「君だってじゅうぶん早いじゃん」って言いながら振り返ると、そこにいたのは――。



「…………!」



 愛しい愛しい、ボクの恋人。


 でもその格好は、普段とは全然違ってて。


 ボクにはそれが、とっても華やいでみえた。


 凄い、そんな姿にもなれるのか。


 やっぱり君は、可愛いな。


 「な、なんだよ……、あんまりジロジロ見んなよ」なんて言って恥ずかしそうにしてるのが余計におかしくて。


 ボクはついつい笑っちゃった。


 また不機嫌そうにムスッとする君に謝ってたら。


 君はいきなりボクの手を掴んで。


 そのまま園内まで引っ張られちゃう。


 恥ずかしがってるの?


 とってもとっても、似合ってるのに。


 そんな君も、素敵だよ。


 ああ、ボクの愛しい人。


 これからも、色んな君を見せてほしいな?


*


 チクショウチクショウチクショウ!!


 せっかくの初デートだから!


 気合い入れてきたっつーのに!


 なんだよ、メチャクチャジロジロ見られたぞ!?


 ゼッテー似合ってないんだって、この格好!!


 クッソ! お袋に騙された!


 しかも、コイツの格好超可愛いってのに、オレがこんなんだったらハジかかせるじゃねえか!


 あー、もー!?


 手ぇ引っ張って前歩いてないと、恥ずかしくてコイツの顔見れねえよ!!


 しかもちょっと振り返って見てみたら、案の定笑われてるし!


 チクショー!!


 やってらんねー!!


*

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The First Date with My Dear Lover 龍々山ロボとみ @Robo_dirays

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ