第8話 新しい職場

その日の夜は仕事にならなかった。つまり王女が来なかったのだ。しかし、この時間に自宅に帰るのも大変なので、この詰め所に泊まることにした。メイドによると、練習後に食事を済ませると、城内の自室でそのまま眠ってしまったというのだ。このことに、王と側近は大層喜んだらしい。母を失い、さらに自分の居場所を失いかけ(と感じ)固まっていた心が、月日の経過と愛する人を得たことによりほぐれ、さらに適度に体を動かしたことで眠りにつけたのだろう。

お城から詰め所に移動する途中に買った缶酎ハイに口をつけながら、今朝渡された辞令を改めて眺めた。観光施設部門の総務課は外され、王女付きの執事を命ずると書かれていた。これって出世なのかな?とりあえず、明日からはお城に上がり、王女のお側に仕えよとのことだった。ちなみに王女も今日付けで秘書課を、というか会社を辞め、花嫁修業と内政に専念するそうだ。ちなみにお相手は同性で?近隣の友好国の同い年の姫君?だそうだ。う〜ん、最先端すぎてついていけない。ちなみに2人はこの国で暮らすそうだ。

このことについて、王女は相当悩んでいたらしく、それこそが不眠の原因だったらしい。何じゃそりゃ。弟君の誕生が明らかになったことで、結婚の決心がついたらしい。王もびっくりしたらしく最初は反対したが、王女の意志の強さに折れ、王女が国内に留まることと内政の一部を担うことを条件に結婚を認めたとのことだ。良かったね、お姫様!

王女がなぜソフトボールに興味を示したのか、

また、その類似競技を考えたのか。それは、亡き母君が若い頃ソフトボールの選手だったこと、そして国のスポーツ振興省の大臣として国政に携わることになったからだそうだ。現在、一応観光立国として潤っている我が国であるが、それ以外にも何か特色を出したいと王女は考えているらしい。そこで、亡き母が愛した競技を自分がアレンジし、その振興を通じて国をさらに栄えさせたいとのことだ。立派ですよ、お姫様!最後に王女はどうして同性婚をなさるのか。これは誰にも分からない。王が若い後妻を迎えたことで、男性不信になり女性を愛するようになったのか。それとも、ひどい失恋をして男性を避けるようになったのか。まあ、今度聞いてみよう。

翌日、お城に参上し王女の執務室に通された。パリッとした紺色のスーツに身を包み、漆黒長い髪は後ろで一つにまとめられていた。綺麗だな〜と思っていると、早速初めての仕事を仰せつかった。それは、この後3ヶ月かけて、婚儀の準備を整えること、その日に余興として我が国と結婚相手の国とで例の球技、両周りソフト(仮)をやるから騎士団の連中と私と練習しながら、ルールブックを作ることだった。その余興の結果で、どちらの姫君が家庭で主導権を握るかが決まるらしく、負けたら国外追放よ!と笑いながら言われた。本気なのか冗談なのか分からない。何だか以前よりハードになった気がする。でも王女の、いや大臣の吹っ切れた様子を見るのは爽快だった。

そしてこう付け加えた。このことは内緒だけど、私のお相手の姫君はもう数年前に亡くなっているの。それをどうしても受け入れられないご両親は、お葬式の代わりに結婚式をして彼女を送り出したいと希望されたの。でもなかなかお相手が見つからなくて困っていたらしいわ。そこで私が手を挙げたら、とても喜んでくださって、今回の婚姻に結びついたの。

どうしてそんな機密を御存知なんですか、と尋ねたら、王族同士のネットワークは密なのよ!とお答えになった。でも何でこんなことをするんですか?大臣に何のメリットがあるんですか?と尋ねると、はっきりと、私は恋人はほしいけど、いろいろ面倒な結婚は嫌なの。でも、しないわけにはいかないでしょう?だから今回の話に乗ったの。知っての通り、もうすぐ新しい王子が生まれわ。そうなると、私の継母と腹違いの弟の時代よ。私の立場はないわ。だからさっさと独立したかったの。その手段が死んだお姫様と結婚することと、大臣として国政に携わることだったのよ。

う〜ん。何て言うかびっくりした。大体こんなに饒舌な大臣を見るのは初めてだ。以前は、眠れなくてイライラしている、か弱くて保護されるべき女の子だったが、今目にしているのは、自分の未来は自分の手で切り開き、自国の発展

に寄与して行こうとする力強い女性だった。眩しかった。しかし僕は少し寂しかった。幼子が急に成長して、自立したようだったからだ。

今夜は財界の要人と会食があるから、その後離れに行くわね。先に酔って寝てたら殺すわよ!お茶ぐらい用意して待っていなさい。もう下がっていいわ。自分の仕事にかかりなさい。

大臣との面会を終え、昼夜の仕事場である離れに向かった。あれっ、練習は?まあいいや。紅茶の葉とレモン、後ケーキを買って帰ろう。







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眠れぬお姫様と寝付かせ係 @keyinc

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