第1章 旅路
風に揺られた髪が頬をさするのをベルダは静かに感じていた。結った髪からほつれ出た毛が、少しくすぐったい……そんなことを頭の端で考えながら、ただひたすらに暗闇の中を進む。
元々鬱蒼とした薄暗い森として知られる場所だが、月の出ていない今日は木々の影さえ闇に飲まれ見分けがつかない。
辺りはしんと静まりかえり、聞こえてくるのは生温い向かい風と自らの足音だけだった。
どれだけ進んだろうか。
最後の村をたってから、休息ともいえる休息もとらずに歩き続けて、はや三日。
森を抜けるまでには、まだあと一日は歩き続けることになるだろう。
国境に立ちふさがる森は流石に険しく、道のりもまた長い。
ベルダの故郷である東の大国から北方の小さな諸国に抜ける道は、この [繋ぎの道] 一つしか整備されていない。最も、整備されていると言っても砂利や雑草に覆われていて、獣道と呼ぶ方が相応しいだろう。この他には動物たちが自然に作ったであろう道なき道しかなかったが、今の荒れた繋ぎの道に比べればましにさえ思えた。
だからわざわざこの道を選ばずとも良かったのだが、ベルダはあえてこの道を選んだ。
ベルダの故郷である東の大国、ジアンは、南の帝国ローガンと長い間戦争状態にあった。両国とも長い歴史を持つ大きな国だったためなかなか決着はつかず、その闘いの歴史は1000年以上に及んだ。
ベルダも徴兵の任を解かれるまでの10年間、その最前線で戦ってきたのだ。
しかし、南の大国ローガンの皇帝が亡くなり、冷静冷酷として知られる息子が後を継いだことで、闘いは冷戦を迎えることとなった。
そして冷戦により任を解かれたベルダは、色々な経緯により、母の故郷である北の国を目指すことにしたのだ。
そろそろ道も終わりに近いのか。
暫くの間、暗闇の中をただひたすらに進んでいると、少しずつ辺りが白み始めた。小鳥の囀りが遠くで聞こえ始め、そろそろ朝がくることを本能的に感じる。
ベルダは少しずつかじかんでいく指先に少し力を入れ、朝陽が登り始めるまで黙々と歩みを進めていった。
太陽が丁度真上まで登る頃、ベルダは
そこには広々とした草原が広がり、丘陵の下には小さな村が見える。
鬱蒼とした森を歩き続けていたベルダにとって、そこはとても開放的な地であったが、同時に不安も感じた。
目の前に広がる大きな空虚感。
乾いた風に後押しされるように、その中へとベルダは足を踏み入れた。
§
森を出て間もなく、ベルダは小さな村へ入った。
然程森から離れていないこの村は北の国の入り口となっているため、小さいながら賑わいのある場所となっている。
ベルダは今夜はここで休息をとろうと思い、一番安く小さな古民家で宿をとった。
宿の主人は優しそうな老婆で、新しいとは言えない内装も思ったほど悪くなかった。
闘の護神 ベルダ 朔月 更夜 @kouya
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