第47話


    ノルア王国アルノア、コアな酒好きの間では『銘酒の泉』とも呼ばれるほどの、上等かつ絶品の酒を作り出す。


    今は年に一度の豊穣歳という事もあって、普段は閑静でのどかな村も、世界中の酒好き達が集まっている。


    アーク達もこの場所に着いてから、早々に酒を買い、走って乾いた喉を潤している。


「……」


    そんな中、宗麻はアークから渡された酒の入った木製のコップに口をつけずに、コップの中に入った酒が映し出す己の顔を見ている。


    中に入っている酒を飲もうと思ったが、自分の心の中にある善心が止めた。


「どうした、飲まないのか?美味しいぞ、ここの酒は」


     一杯目の酒を飲み干し、二杯目の酒を飲んでいる途中のアークが宗麻の様子を心配したのか、声をかけて来た。


「ああ、飲みたいのはヤマヤマなんだが。どうも、手が進まない。元居た世界だと、酒は二十歳になるまで飲めなかったからな」


    自分の世界にあった法律の事を考えると、宗麻は酒を飲めなかった。だが、隠れて友人達とこっそり酒を飲む事はあった。


    そんな宗麻の姿を見て、アークは笑った。


「何がおかしい」


「いやな、つまらない事で悩んでいると思ってな。飲みたければ飲めば良いだろ。ここでは欲を遮るモノは何もない。己の行動を決めるのは、己の心だ」


    言葉を聞いて決心がついたのか、宗麻は酒を一気に煽った。アークに煽られてムキになったわけではなく、ただ自分の好奇心に従ってみただけだ。


    それを見て、アークは軽く拍手を送った。


    口の中にアルコール特有の熱さのようなモノが一気に広がる。あまり酒を飲んだ事のない宗麻にとっては、少し刺激が強すぎたようだ。


「うわ、度数キツイ……でも味は良いな。美味しいや」


    正直な感想を述べてみた。


「そうだろ、ここの酒は素晴らしいからな。なにせ『魔女への供物』として選ばれるくらいだからな」


「魔女への供物?なんだそれは」


    アークから飛び出した聞き慣れない言葉に対して、宗麻はそれを聞き返した。


「魔女への供物、最禍の魔女からの災害を避けるための捧げ物。選ばれるのは世界中の美味、原初の時代から続く慣わしだな」

 

「あー、つまり地震みたいなモノなのか?災害を防ぐために取り敢えず捧げておくか、みたいな?」


    宗麻は最禍の魔女についてよく理解していなかった。それが実際に存在している人物なのか、それとも唯の地震や噴火のような、この世界に存在する特有の自然災害の一つなのか。


    もし人であれば原初の時代という、宗麻が知る限り遥か昔から存在しているモノという事になってしまう。

     

「いや、最禍の魔女は一人の人間だ。原初の時代より存在している、今世でも魔法使いの実力は三本指に数えられるほど」


「1人?でもなんでそんなに恐れられているんだ?たった一人の魔法使いでも、そこまで怖くはないだろ」


    宗麻にはアークの言葉に疑問が生まれた。いくら強いと言っても、一人の人間には限界があるはずだ。


「それほど迄に怖いのだよ。君の世は知らぬが、この世には常識離れした強さを持つモノ達がいる。有名なのは『始まりの魔人』や『大魔導師』、『最禍の魔女』もその一人だ。彼女はつい最近、小国とは言え、一つの国を滅ぼしたそうだ。自分を手に入れようとしたという理由だけでな」


    言葉を失った。衝撃的というよりか、理解できないというのが正しいだろう。自己中心的な精神、それも規模が違いすぎる。


    それ以上に一つの国を相手取って滅ぼせるというのは余りにも強すぎる。だがそれと同時に己の肉体を蝕む槍の持ち主もまた、一国を相手取った実力者だということを思い出した。


「アーク、ソウマ、早く酒を買いに行くぞ」


    人混みの中から、先を進んでいるシキノが二人を呼んだ。





「それでどれほど買うつもりじゃ?ちょっとやそっとの量じゃないのだろ?」


    酒蔵の中で、酒の入った樽を軽く叩いて音を確認しながら、シキノはアークに尋ねた。


    酒蔵の中にはアーク達の他にも数人の商人らしき人間が居て、酒蔵のオーナーと売買の相談を行っている。


「そうだな、取り敢えず大樽十ほど欲しいな。金に余裕もあるわけだしな」


「なあ、それって総額どれくらいなんだ?」


    恐る恐るといった様子で、宗麻は二人に尋ねた。


    先ほどから商人がオーナーに渡している硬貨はどれも金色に輝いているのを宗麻は見逃してはいなかった。


    この世での金の価値を宗麻は知らないが、元の世界でのことを考えると、それなりに高価なのだろうと思った。


「そうだな、確か王都勤めの衛兵二、三年分くらいじゃないのか?まあ、どこの国の衛兵にもよるがな」


「そんなに、そんなに」


     宗麻は自分なりに、値段を計算してその高校生である身としては高価すぎる値段に驚いた。


    アークは購入する樽を決めたのか、商人と商談を始める。


「やっぱり、ギルドにいる奴らは稼げるのか?」


    こんなに羽振りがいいとなると、余程稼げるはずだ。隣にいるシキノに尋ねる。


「そうでもないぞ、ここまで稼げるのは妾達のような実践要因としての最高位Sランクにいるようなやつだけじゃ」


「それ以下の奴らとはそんなに違うのか?」


「簡潔にいえば、Sの人間に直接依頼を出したならば、それ以下の人間に出す時と比べて桁が一つか二つほど違う」


「そんなにか!?」


「そんなに、じゃよ。Sランクの上位陣は可笑しな強さをホコッていてな。Sランクがいるだけで戦局は大きく変化する。一騎当千に相応しい。故にギルドは高い金で雇わせ、国は勝つために高い金を支払う。それ程までに価値がある」


「確かあんたらもそのSランクだとか言ってたよな。それで、あんなに強いんだ。納得したよ」

  

    宗麻は近くにあった椅子に腰をかけてアークの商談が終わるのを待つ。


    静かな酒蔵に、商談の小さな声が木霊する。


    それは突然だった。


    酒蔵の扉がいきなり大きく開け放たれて数十人の鎧に身を包んだ兵士がなだれ込んできた。


    宗麻にはその兵士たちに見覚えがあった。確かノルア王国の兵士たちの鎧だ。


    そしてその中に一人、明確に覚えている人間がいた。数人いる副騎士団長の一人、そして紅一点である唯一の女性の副騎士団長だった。確かブーメランを使っていたと宗麻は思い出していた。


「貴様ら、動くな!今からこの酒蔵にある酒は全て我々が貰っていく。これは国王からの命令だ!」


    副騎士団長からの命令で、兵士たちは次々と酒樽を酒蔵の外に運んで行っている。


    その様子を傍観していたオーナーは我に帰って副騎士団長に詰め寄った。


「ちょっと待ってください。これはどういうことですか?国王様からの命令?聞いてないですよ!」


「黙れ、金は後で国から払われる。今は黙って従え!それとそこのお前!」


    副騎士団長はアークを力強く指差した。


    アークはそんな副騎士団長を無視して、焦っている商人と落ち着いて取引を行っている。


    そして取引金額が決まったのか、ポケットから金貨を取り出して、商人に渡した。


    目線だけを宗麻とシキノに向けると、二人はそれの意味を察知した。


「宗麻、顔を隠せ」


    シキノは一枚の布を取り出して、それを宗麻の顔に被せた。宗麻も頭を深く下げて、他の奴らから顔を見られないようにする。


    ここで宗麻が生きていることが暴露てしまっては面倒なことになってしまう。だから、宗麻の存在を隠す。


    一人の兵士がアークが購入した酒樽に手を出した。


    次の瞬間。手を延ばした兵士が地面に倒れた。


    緊張感が酒蔵の中を支配した。シキノと宗麻を除いた全員が息を呑み、動きが止まった。


    何故倒れたのか原因がわからない。


「貴様!」


    副騎士団長は赤い翼のようなデザインの短剣としても使用できそうな魔法具のブーメランを手に持った。


    それに合わせて、他の騎士たちも剣を抜いた。


    敵対心を持って、アークに立ち向かう。


「これは俺の酒だ。手を出すなよ。それとも、死ぬ…………か?」


    アークから放たれる煉獄のように粘性の高い熱い魔力が兵士たちを包み込んだ。


    生命力の象徴である魔力は本人にとっては薬だが、なんの調整もなく他者が吸い込めば、毒になってしまう。


    一人、また一人とアークの魔力を感じ過ぎた人間が地面に倒れ出した。


「ああ、運が良い。死んでない。さあ、死にたいのならば一歩踏み出しなさい。眠るように死なせてあげよう」


    両手を広げて、アークは兵士たちを待つ。


    兵士たちは無意識のうちに一歩後ろに下がった。


「死を拒んだな、ならば去れ。でなければ、追って殺す」


    アークが兵士たちに向けて歩き出した。アークから漏れる魔力は兵士たちに死を連想させた。死神が具現化したように、アークの背後には死が広がっている。


    兵士たちが我先にと、アークの買った酒樽以外を持ち出して、逃げ始めた。


    酒蔵に溢れていた兵士たちは、副騎士団長だけになってしまった。


    一触即発、もし僅かでも気を緩めてしまったならば副騎士団長は確実にアークに殺される。


「貴様……我が国に刃を向けて、タダですむと思っているのか!?」


    騎士の持つブーメランに火炎が宿る。自分の面に泥を塗りたくられるような行為に、怒りを露わにしている。


「思っているさ、なんなら今此の場で貴様を殺して、その首を王に献上してみせようか?それから先は、喧嘩だ」


    アークが自分の右手を不気味に動かして、指の骨を鳴らす。その音はまるで岩を砕くような、人間の肉体から鳴っているとは到底思えない音だ。


「貴様は!」


    騎士がブーメランをナイフのように構え、アークに向けて斬りかかろうとする。しかし、それよりも早くアークの体が動いた。


     一歩で騎士のいる場所まで詰めると、右手で首を鷲掴みにして酒蔵の外まで連れ出した。


「どうした?貴様は?何が?どうするんだ?」


     アークは騎士の肉体を軽々と持ち上げる。鋼鉄の鎧を身に纏っていても、アークにとってその程度の重さは関係ない。


     騎士は必死に暴れて拘束を振りほどこうとするが、アークの腕は空間に固定されているかのようにピクリとも動かない。


「なぜこんなことをした。国の指示と言ったな、俺が殺す前に教えてくれ」


「くっ……この手を……ッ!」


    騎士の動きが止まる。


    見てしまった、本能が恐怖した。


    アークの瞳の奥に住むナニカを見た。そして理解した。こいつは人の皮を被った獣……いや、人の皮を被ったバケモノである。今にもその皮を突き破ってしまいそうな、強烈な強さが見える。


(こいつに常識は通じない)


    何か手は無いか?この状況を脱せるのは。


    思考を張り巡らせる。


    しかし、存在しない。


    無惨だ。


「質問ではない。命令だ。答えろ」


    バケモノの瞳は一瞬にして彼女のプライドを喰らい尽くした。


    涙が零れる。ここまでの恐怖心を感じたのは初めてなのだろう。


「話します、お願いです離してください」


    必死に懇願する。無駄死には避けなければならない。


「わかった」


    アークは騎士の首から手を離して解放する。


     騎士は自由になった気道から大量の空気を取り込む。


(生きるって……ありがとう)


    騎士は心の中でそんな事を思い、そして目の前の死を直視する。


    気を抜けば、失禁してしまいそうだ。


(どうしてこうなった。女の身でありながら、若くしてその実力を評価されて、王都の副騎士団長を務めるというエリート道を突き進んでいたのに。後数年もすれば何処かのお金持ちと結婚して、悠々自適に暮らすつもりだったのに)


「さあ、話してみろ」


(なんだろう、この声。耳の奥から、耳の裏をこそぎ舐められるような、艶のある声。状況が状況だからだろうか、すごく不気味だ)


    騎士はアークの問いかけに答えずに、目の前の現実から逃げるように己の世界に逃げ込んでいた。


「そうか、死ぬのか」


    その言葉で、騎士は一瞬にして現実に引き戻された。


「待って!話す、話すから」


「さっさと話せ、俺は気が長くない方なんだがな」


    脅しの言葉。本気なのか嘘なのか、騎士にはわからなかった。


「戦争だ、魔族との戦争が始まるんだ。数日前、魔族がこの国に近づいている事が判明した。だから、戦う為の兵糧に酒や食料を片っ端から集めていたんだ!」


     その言葉は嘘では無いと恐怖の涙があふれる騎士の目が語る。 


    ノルア王国は海に面している国であり、その海の先には魔王が治める魔族領が広がっている。


本当に戦争が始まるのであれば、それはアークにとって無関係と言える話ではない。


「…………開戦か、思っていたよりも早かったな。もしそれが本当ならば、急いで戻った方が良さそうだな。はあ、この一週間殆ど外界の情報を遮断していたのが、災いだったな」


    アークは一人、思考の海に意思を預ける。ボツボツと独り言を喋り、騎士を無視する。


「あ、あの。私はもう帰っても」


    ギョロリとアークな目が不気味に動き、それと同時に騎士の肉体が固まった。


「そうだな、帰っていいぞ」


    その言葉を聞いた瞬間、騎士は動かない体を必死に動かして、ハイハイの様な形になりながら逃げ出す。


    その姿に騎士の誇りは感じられなかった。


「…………ああ、止まれ」


    その言葉に反応して、騎士は動きを止め、お尻をアークに突き出す様な形になりながら、顔だけをアークに向ける。


「何でございましょうか?」


     何か機嫌を損ねる様な事をしたのか、それとも乱暴され慰み者になってしまうのか、必死に考える。


「貴様の国に大魔導師を語る三流がいるだろ?そいつに伝えておけ、『いづれその称号を捨てさせに参ります』と」


    その言葉を聞いた騎士の顔は青ざめ、逃げ出した。


「……戦争か、さてどうしたモノか」


    蔵の外でアークは顎に手を添えて考え事をはじめた。


「アーク、終わったか?」


    蔵の中から樽を抱えたシキノと宗麻が出てきた。


「何かあったのか?」

  

    シキノはアークの顔つきから何かを察したのか、尋ねた。


「……戦争が始まる。魔族の奴らがこの国に攻めてきている様だ。どうやら俺たちが宗麻の看病をしている間に状況がだいぶ変化した様だ」


「嘘……だろ。待てよ、それなら皆はどうなっているんだ!?」


    宗麻は王都に残された皆の事を思い、アークの両肩に手をかけて聞き出す。


「落ち着け」


    アークは両肩に添えられた宗麻の手を払い、一度落ち着かせる。


「まだ戦争は始まっていない。つまりお前の仲間は、今のところ無事だ。けれど、戦争が始まれば違う。十中八九前線に出る事になる。だから死ぬまでに何とかしてみろ…………行くぞ、戦争が始まるとなると急いで戻らねば」


     アークはシキノが持っていた樽を受け取ると、魔法糸を使って縛り上げ、背中に担いだ。


    宗麻は強く歯を食いしばり、骨が折れるほどの強さで拳を握りしめた。俯いて顔色はよくわからないが、髪に隠れる瞳からは強い決意がみえていた。


「ああ、何とかしてやるさ」


    誰に向けたわけではない小さな言葉。


「それにしても、閑散としてしまったのう」

    

    周囲を見渡せば、先ほどまでの祭りの賑やかさは感じられず、兵士たちによって奪われたモノの残滓が存在するだけであった。


「はあ、どうしたモノか」


「どうしたモノじゃないだろ。いくら国が後で金を払ってくれると言っても、魔女への供物まで奪って行った。一年を越せる食べ物が残されても、供物がなければ年は越せない。魔女の怒りが我らに向けられてしまう」


     アルノアの村人達は、己達が陥ってしまった現実に嘆く。


     食べ物はある、金も後で渡される。


    しかし、魔女への供物を奪われてしまったとなると話が違う。魔女の怒りを買ってしまったら、こんなちっぽけな村、下手をすればこの国が滅ぼされてしまう。


     個人であり、地震や噴火などに並ぶ天災の象徴。それが最禍の魔女。


「どうする、新たに供物を捧げるか?そうすれば魔女も怒りを収めるんじゃないのか?」


「馬鹿を言うな、魔女への供物はその年に作り上げられた最高の品物達を捧げる事になっている。それが奪われてしまったのだ、どうする事もできない」


    村人達はどうしよう出来ずに、目の前の現実にうち崩れていた。


    最禍の魔女について全く知らない宗麻でも怯えようから、どれほど厄介なのかは想像がついた。しかし、本当は自分が想像する以上なのだということも考えた。


「あらら?どうしたことかなんでこんなに静まり返ってるんだい?酒も飯もない。これの何処が豊穣祭って言うんだい。ふざけているの?」


     酒蔵を出て、村の出口に向かっている時のことだ。


    若い女性の声がした。アークとシキノの二人はその声に聞き覚えがあった為、そちらの方を向いた。


「ああやっぱり、リリスさん」


    アークが女性、リリスに声をかけると、リリスは三人の方を向いた。


    ドレスとローブを掛け合わせた様な衣装、先の折れたとんがり帽子を被っている。髪の色や瞳と合わせて、服装の全てが漆黒。それゆえに肌の白さが際立つ。


「おお、久しぶりだねえ二人とも……そして、新しく一人」


    リリスは三人に手を振りながら近づいてくる。


「あんたらも豊穣祭に来てたのかい?」


「ええ、無事に目的の酒は買えましたよ」


     アークは自分の背負う酒樽をリリスに見せた。


「はあー、そりゃあよかった。あたしは在庫がなくて変えなかったよ。どういうことだい?例年ならまだ在庫に余裕があるはずなのに、今年は何があった?」


     アークの酒樽を羨ましそうに見ながら、リリスは尋ねた。


     どうやら、リリスが来たのはついさっきのことのようで、王国の騎士とは入れ違いになったのかもしれない。


「騎士が来たんですよ、それで戦争をする為の兵糧が必要らしくて全部持っていたんでよ。最禍の魔女に捧げる供物も含めて」


「そう、そうかい。ノルアの奴らか……舐めてるねえ、潰そうか」


    その言葉は冗談なのか、ニヤリと笑ったが、目だけは笑っていなかった。寧ろ怒りが見えた。


「……良かったら、この酒いりますか?複数買ったのは良いんですけど、飲みきれないと思うんで」


    そう言って、アークは自分の近くに置いた酒樽の一つをリリスに差し出した。


    彼女を怒らせてはならないとアークの本能が告げている。だからこそ、彼女を宥めなければならない。


「おお、良いのかい。見たところそいつは最高級品のようだけど」


「価値なんてどうでもいいですよ。集めるのではなく、飲む方が好きですから。飲まなきゃいくら高くてもゴミですからね」


「ははっ、言うねえ。確かに飲まなきゃ価値は無いね。馬鹿な金持ちは酒を飾る事に満足して、真価を味合わず終わる」


    リリスはアークから酒を受け取ると、その酒樽を自分の影の中に沈めた。沈んだ直後は揺らめいた影も、直ぐに何もなかったかのように静まった。


    それを見て宗麻は驚いたが、周囲二人は何も反応しなかったのを見て、こちらの世界では当たり前の光景なのだと事故完結を行った。


「高い酒も貰ったし、これはそのお代だよ」


    そんな事を言った直後に、リリスはアークの頬に口付けをした。


    一瞬の出来事であった。滑らかな動きでアークに近づいて、そして口付けした。


    シキノもアークも特にこれと言って反応するわけでもなく、慣習の一つであると割り切った。


    頬を軽く撫でながら、アークは軽く首を傾げた。

    

「それじゃあ、あたしはもうここでやる事もないし、何処かに行くわ。また何処かで…………」


     帽子を深くかぶり、漆黒の挑発とスカートを翻しながら振り返るとそのままリリスは何処かに向けて歩き出した。


「なあ、アーク」


    遠くに過ぎ去って行くリリスの背中を追いながら、宗麻はアークに声をかけた。


「どうした?」


    アークは宗麻達にゆっくりと近づいて行く。


「あの人は何者なんだ?只者じゃない雰囲気を感じたが」


    その言葉を聞いて、アークは意外そうな顔をした。


「凄いね、今の時間で其処まで見抜けるなんて。予想以上に素晴らしい」


    宗麻がリリスの力を見抜いた事が予想外だったらしい。


「それで、結局何者なんだよ」


    アークは見えぬ姿を追いかけながらつぶやく。


「あの人は、今の俺より強いヤツさ」

    

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勇者と魔王の息子の冒険録 ぼんたん @nonono

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