第172話 ペリリュー・ロケッティア

 1952年11月10日 ペリリュー宇宙基地


  南洋特有のスコールが降り注いでいた島に、再び力強い日差しが照りつけはじめる。


 日本からの信託統治終了通告と、独立に向けた支援プログラムの実施を受け入れて独立する事となったパラオ共和国。その共和国内に日本が租借しているペリリュー島には、JAXAの宇宙基地が置かれていた。


 元々の経緯として戦中に種子島が国防宇宙軍に接収されたことが原因であった。


 種子島基地に代わる宇宙基地の建設予定地として白羽の矢が立てられたのは、『一度目の世界』では日米激戦の地となった島、ペリリュー島であった。


 ロケット打ち上げに有利な赤道に近い場所であることが最大の理由だった。


 ロケット打ち上げ時には赤道に近いほど、静止軌道にあげるための軌道傾斜角が少なくて済む。つまりエネルギーのロスが少なくて済むので、経済性が高いという利点がある。


 元々日本の信託統治領であったことから現地政府も親日的かつ協力的。政情も安定しており、代替地としては問題なかった。


 日本国内でという声もあったが、人口密集地からの距離や将来的な拡張計画を考えるとペリリュー島に分があった。  


アメリカ軍の基地の置かれているフィリピンに近すぎるという問題こそあったが、他の候補地はどれも難があり消去法で選ばれたとも言える。


その管制塔が置かれているビルの最上階に降り立ったのは、真田重工製の輸送ヘリだった。


 最近政府機関に採用が相次いでいるBH-17とかいう大型輸送ヘリコプターだ


 ヘリの扉から降り立ったのは、アロハシャツにショートパンツという、研究機関においては異端とも言える出で立ちの男だった。

 

 木村という名前の若いロケット技術者だった。


「久しぶりです、財部さん。先の大戦……ええ三次の方です……の後は初めてでしたかね。今は開発部長でしたっけ」 


 第三次世界大戦は、二年前にソ連の独裁者スターリンの死によって終結していた。


 アメリカをはじめとした国際連盟軍により、ドイツ、フランス、ポーランドをはじめとする東欧諸国やバルト三国などが次々と共産主義の恐怖政治から解放された。


 ソ連本土までの侵攻は行われなかったが、敗戦によるショックからソ連内部では各地で反乱や独立運動が相次いだ。


 スターリンの死去により政権を握ったフルシチョフ書記長は、国際連盟による講和を受諾。翌年ウィーン平和条約が締結され、第三次世界大戦は終わった。


 散発的な戦闘のあった樺太以外で日本の領土で戦争に巻き込まれたところが無かったために、日本人にとっては他人の戦争というイメージが強かったが。


「ああ、そうだな。戦争終結で世はすべて事も無し、だ」


 木村のいささか緊張感に欠ける物言いに、出迎えた財部卓司はいささか昼食を食べ過ぎただけではない出っ張ったおなかをさすりながら苦笑する。


 財部は、5年前に完成したばかりのペリリュー宇宙基地に異動を命じられ、それ以来ロケット開発部長を任されている。


 木村はあの種子島基地での勤務を続けていたが、財部の再三の要請で出向先の国防宇宙軍から呼び戻されたのだった。


「南の島から、またさらに南の島ですよ。これじゃあ、独身のままさらに年を食いそうで嫌だな」


「ぬかせ。なんなら、ここで婚活でもすりゃあいい」


「まあ、まずはここでの生活に慣れてからにしますよ……仕事までまだ時間があるでしょう。少し話しませんか、久しぶりに会ったんだし」


 言うと、木村はは屋上にいくつか備え付けられているベンチの一つを指さす。


 木製のベンチはさっきまでスコールが降っていたにもかかわらず、南洋の日差しですでにからりと乾いている。


 木村はそこに腰を下ろすと、財部にさりげなく缶コーヒーを差し出す。

 手荷物のクーラーボックスにでも入っていたのか、キンキンに冷えていた。


「JAXAに引き戻してくれた財部さんには感謝してますよ。軍はなにかと面倒くさい場所なので」


そう言って一応は頭を下げると、木村はのんきに笑う。

財部は鷹揚に手をあげてそれにこたえると、缶コーヒーを開ける。


 口に入れると甘ったるい日本の缶コーヒーの懐かしい味がした。

 この基地にも日本製の自動販売機くらいはあちこちにあるが、コーヒーにはうるさい財部がそれを利用することはあまりない。


「それにしても、豪勢な基地ですな。広すぎて迷子になりそうだ」

「なにしろ、予算が潤沢だからな。政府の肝いりというのは大きいよ」

「えらい違いですよねぇ。これまで消極的な方針しかなかったのに」

「まあ、相手があるからな」

「アメリカですか。戦争はもう終わったのに」

「仕方あるまいよ。今度は民主党政権だからな。まさかトルーマンが返り咲くとは思わなかったが」

米国にとって早く忘れ去りたい過去となったルーズベルト政権、その副大統領であったトルーマンは大統領の座から遠く離れた人物とされていた。

 しかし、その汚名の元となった『パペット事件』には無関係であったことが裁判で立証されるとともに、精力的な政治活動を開始。

 民主党候補の予備選を勝ち抜き、ついには数日前共和党候補を破って次期大統領の座を射止めていた。

 これを機に、日米対立の時代が再びやってくるのではないか、そう懸念されていた。

「まあ、それを機に米ソならぬ日米宇宙開発競争、ですからね。歴史は繰り返す、ですかね」

 皮肉な物言いは、あの種子島の頃と変わっていないな、と財部は苦笑する。

トルーマン次期大統領は日本の宇宙計画に対して、露骨に対抗措置としての宇宙計画『オライオン』計画をぶちあげている。

 まだ詳細は不明ながら、衛星軌道上への人工衛星投入や宇宙への有人ロケット打ち上げなどを計画しているという報道がなされている。

「おかげで、我々としては助かるがね。このパラオにも宇宙基地職員の雇用が生まれる」

 日本がこのペリリュー島を宇宙基地として租借するのと引き換えに、「職員の過半数を現地雇用とすること」という契約が盛り込まれている。

 食堂職員から警備員、整備員に至るまで現地の住民からの雇用は多い。

 また、日本からの租借料を財源に、パラオ共和国の教育水準は目に見えて向上しているというのが日本政府の触れ込みではあった。

「違いありませんな。もうけ話はみんなで分け合うに限ります。まあ、米国が反応兵器の開発を再開することが原因ともなれば、手放しで喜べませんけどね」

「まあそうなるだろうね。まあ、ロケットもミサイルも基本的には同じものだからな。のせているものが貨物か反応兵器かの違いだけだ」

 日本が宇宙開発に本腰を入れ始めたのは、表向きは宇宙の平和利用を促進するためという名目だが、米国の反応兵器開発が背景にあるのは明らかだった。

 日本の戦闘機や対空誘導弾が米国のそれをしのぐ高性能である今、日本を叩くには弾道ロケットをおいて他に手段がないという現実がそれを加速させていた。

 日本にミサイル防衛技術はあるが、それとて飽和攻撃-対処不可能な数の弾道ミサイルをたたき込む-には対処できない。

「大陸間弾道ミサイルを突きつけ合う冷戦時代の再現ですか、笑えませんね。それは」

「まあ、俺たちにとっては利用すべき状況だよ。なにしろ、ソ連は崩壊してしまったが、米国はそうそう崩壊しないからな。競争相手としては理想的だ」

「確かに予算獲得はずいぶんと楽になるでしょうね」

「もちろん、それをバネに宇宙ロケットの開発もやりやすくなる。あれだけソヴィエト連邦相手に弾道ロケットを飛ばせたから、データも潤沢だしな」

「まさにフォン・ブラウン。因果な話ですな」

「違いない。とはいえ、ロケット屋ならば、この機を逃す手はない」

「政府に例の計画を焚き付けたのは、そういうことですか」

「知らなかったのか、私は機会主義者なのだよ。ロケット屋たるもの、コンスタンチン・ツィオルコフスキーのごとくあれさ」

 財部はそう言いながら、目の前にそびえ立つ発射塔に格納されている液体燃料ロケット『H3B』を見つめる。

 彼の計画を実現するのに必要不可欠な、重力の鎖を引きちぎる力を秘めた鏃。

 たしかにそれは見蕩れるに足る、人類の到達点の一つではあった。

「まずは月面基地、つづいて火星基地、いずれは木星圏までも、か。なんとも豪勢な計画ではありますな」

「なにしろ、生存がかかっているからな。相互確証破壊なんて狂気じみたものが成立する前に、日本人の新たな生存圏を確保する必要がある」

「衛星軌道上のコロニー計画なんてのはないんですな。どこかのロボットアニメのように」

「まあ、それも提案の中には含まれてはいるが。採用されるかは怪しいね」

「コロニー落としなんてものをされても困りますしねぇ。分からんでもないですが。それにしても、この世界では月も火星も日本人が一番乗り出来そうですな、気分がいい」

「明日は銀河を、という訳にはいかないがね。まあ、それくらいは実現出来るとは思っているよ」

そう言って財部は笑って見せた。

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